お泊まりイベント(1)――まずはゲームでプチ盛り上がり――
電車で四駅。
一時間もしないうちに俺の家に着く。
だが長く感じてしょうがない一時間だった。
「……お前ら、いい加減に腕を離せ」
家の前まで来ても、相変わらず左腕には小葉子、右腕には緑奈が抱きついている。
「こんな状態じゃ家に入れないだろ」
「インターホンなら、わたしが押してあげるよ」
「両手が使えないって問題じゃねえよ。親に見られたら恥ずかしいだろうが。電車の中でも目立ってて恥ずかしかったんだぞ、すごく」
平日の午後は電車も空いている。
そんな車内で、両腕を女子につかまれている姿は、おいしいというより羞恥プレイに他ならなかった。
「まさか家までずっとこんな状態とは思わなかったよ」
「うふふ。まるで犯人の連行みたいでしたね、フミヤさん」
「自分の家だっての。とにかく親の目もあるんだから、うちではそういうの禁止な。それと、お前ら勝手に泊まるとか言ってるけど、もちろん暗くなったら帰れよ」
「でも、嫁は一緒に寝泊りするもんでしょ。特に夜は大事だよ」
小葉子はまだ「嫁」とか言っている。
俺たちはまだ高校生だぞ。嫁の前に、恋人とかそういう段階があるだろ。
「そんなうまくはいかないよ。俺の家、父親は理由あって居ないけど、母ちゃんは普通に居るから」
「ぐ……それじゃ仕方ない。夜ご飯までに帰ればいいんでしょ」
「そうそう。良い子は暗くなったら帰りなさい」
「夜までにどちらが嫁か決めればいいんだもんね」
「決まんねえよ。ま、ここまで来て帰すのも悪いし、あがっていけよ。高校生らしく遊ぶだけだけどな」
俺の家は建てられて十年ちょいの、どこにでもあるような中流の家である。
リビングに居る母親に軽くあいさつだけして、二階の俺の部屋へと向かう。
二人を自分の部屋に案内し、パチッと電気をつける。
オタクといっても俺の部屋はわりと片付いている。
フィギュアやポスターみたいな飾りもないし、見られて恥ずかしいものは目につかない位置にしまってある。
「これがフミヤの部屋かぁ……」
「こんな感じの部屋なんですね」
小葉子が珍しそうに部屋を見回す。緑奈はすーはーすーはー、深呼吸していた。
「あまりいじくるなよ。ほら、座布団はこれ使って。今から飲物とお菓子もってくるから」
俺はリビングにおりて、ジュースやお菓子を用意する。
母親には「女の子のお客さん? 珍しいね」と言われ「んー」とだけ返事しておいた。
自分の部屋に戻ると、小葉子と緑奈が上着のブレザーを脱いでいる。
「ハンガー借りるね」
「ああ」
「フミヤさんのも、おかけしますよ」
緑奈が俺のブレザーをハンガーに通し、壁のフック部分にかけてくれる。そしてすぐ隣に、自分のをかけた。
小葉子も上着を壁にかけた。
そしてさり気なく俺の上着を横にスライドさせ、自分のと隣あわせにする。
俺は二人が目を離したすきに、自分のをちょうど真中にしておいた。
「さてと、何をすればいいのかな」
まずはジュースを一口飲んでみるが、学校と違って落ち着かない。
女子を部屋に連れて来るなんて考えたこともなかったからな。
こういう時、カップルがすることとは……いやいや、俺とこの二人はそんな関係じゃない。
「よし、ゲームやるぞ」
俺が言うと、二人は「えー!」と不満そうな声をもらす。明らかに乗り気じゃない。
「だって、普通に高校生らしく遊ぶだけって言ったろ」
「高校生ったって、カップルなら他にやることあるでしょ」
「カップルじゃないし」
「小葉子さん。やっぱりフミヤさんは『嫁』じゃないとダメなんですよ」
「早くも亭主関白かぁー」
二人がぶつくさ言っているが無視だ。
俺はテレビ台の下からサッカーゲームを取り出す。
2011年版と少し古いが、対戦できるのはこれしかない。
幸いコントローラーは人数分あった。乗り気でない小葉子と緑奈に無理やり渡す。
小葉子は時計を見ながらそわそわして、
「あーん、こんなのやってたらすぐ夜になっちゃうよー」
泣きそうな顔で不平を鳴らす。
「暗くなったら帰る約束だもんな」
男女でチーム分けして、俺はポーランドを、二人にはスペインを選ばせた。
「なんでポーランドなの。イタリアとかブラジル使いなさいよ」
「ハンデだよ」
「く……舐められたものね」
舐められているのは俺じゃなくてポーランドのみなさんだが、それは置いといて。
俺はこのゲームの持ち主だし、相手が女の子だからというわけではないが、はっきり言って「手加減」してプレイしていた。
ところが――。
「また入った!」
小葉子が操作する選手がゴールを決めた。前半だけで“2-0”に。
「小葉子……お前、意外とやるな」
「へへん。お正月に親戚の子とやりまくってたから、慣れてるんだ」
なんてことだ。
接待プレイで時間をつぶすつもりだったのに、やりがいのある相手じゃないか。
これは普通に楽しい対戦相手を見つけてしまったぞ。
俺は手加減するのをやめた。そして、気づけばゲームに集中していた。
しかし、小葉子は楽しんでくれてよかったが、緑奈がちょっと退屈そうだ。
サッカーなんてルールもろくに分からないみたいだし。
それにさっきから小葉子の足を引っ張っている。
緑奈に回ったボールは、俺の操作する選手にすぐ奪われてしまう。
「なあ小葉子、俺と緑奈を同じチームにして、お前は一人でやってもらっていいか?」
「なんでよ」
「初心者を順番に受け持つわけだから、そうした方がフェアかと。それにお前、緑奈に何も教えてあげてないし」
ゲームの設定を変えて、俺と緑奈を同じチームにする。
席順も変えて、俺の隣に緑奈が座った。
それを見て、小葉子は「ずるい! わたしのが勝ってるのに!」と立腹だった。
「フミヤさん、よろしくお願いします」
「うん」
「手取り足取り、教えてくださいね。わたくし、フミヤさんがコーチなら『理想のフォームはこうだよ』と言いながらさり気なくお尻を触ってきても平気ですから」
「しないって。まあとにかく二人で協力して、後半戦で逆転しようよ」
試合再開して間もなく、2-0が2-1に。
小葉子が追加点を入れて3-1になるが、それもすぐに俺のシュートで3-2に追いつく。
緑奈も俺の教えることをすぐ飲み込んで上手くなっていった。
その上達が目に見えるほど、小葉子は不機嫌な顔をして無口になっていく。
「打っちゃっていい。シュートシュート!」
緑奈の操作するフォワード選手がキーパーと一対一になって。
「えいっ」
絶妙な強さで放たれたシュートがキーパーの頭上をかすめる。
「入ったーーーー!」
「入りました! やりました、フミヤさん!」
緑奈のシュートで、試合は3-3に。
「入ったよ、緑奈」
「嬉しいです。わたくしとフミヤさん、一つになれたんですね」
緑奈は涙ぐみ、嬉しそうに顔を赤くして目の下をこする。
ゲームとはいえ、この瞬間だけは二人で一つになれた気がして嬉しかった。
ハタハタ。ハタハタ。
「……ん?」
ふいに、熱くなった身体を、そよ風が撫でる。
見ると、さっきから一言も喋っていない小葉子が、ブラウスの襟をはためかせている。
「いやー、熱戦で暑い暑い」
ゆるやかな風は、そこから吹いていた。




