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彼のとまどい(2)――少年にとってキスはそれはそれは重いもの――


 昇降口では緑奈と小葉子が退屈そうに待っていた。水沢さんの言った通りだ。



「どこ行ってたのよ」


 小葉子が頬を膨らませて怒る。


「まあな」


 俺は返事にもならない返事をした。


「何よ、教えてくれないの? もう、仕方ないわね」


 小葉子は怒るのをやめた。そして腕を組み、


「その……わたし……反省してたのよ。さっきのは」


 言うと照れ臭そうに、俺から視線をそらした。


「わたくしも同じです。あんなことすれば、フミヤさんだって怒りますよね」


 緑奈も反省したように、俺の顔色をうかがっている。


「まー、さっきの一件で分かったわよ。フミヤにああいう趣味はないんだなって」


「遅過ぎるだろ」


「塚地さんの意志の強さも分かったわ。フミヤを変態に仕立て上げれば嫌いになるかと思ったのに、一歩もひかないんだもん」


「わたくしがフミヤさんを想う気持ちは、そんなことで揺るぎませんよ」


 緑奈が小葉子の目を見て、ぎゅっと握り拳を作った。


 小葉子も緑奈の力を認めたかのように、目を合わせて微笑む。


 なんで俺を変態扱いしたことによって戦友みたいな友情が芽生えてるんだよ。



「にしても塚地さん、どうしてこんな普通かそれ以下の男がいいのよ」


「見た目は平均以下でも、フミヤさんはとても優しいんですよ」


「女の子に優しい男なんて珍しくもない。わたしらみたいに可愛ければ尚更じゃないの。あなた、男に優しくされた経験たくさんあるでしょ? フミヤなんて、こっちからキスしよって誘ってもしてこないヘタレなんだよ」


 小葉子が物でも指すように俺を指さして、緑奈に問う。


「いいえ」


 しかし緑奈は意志のこもった目で首を横に振った。


「それだからいいんです。そこで迷うような男性だから、フミヤさんは素敵なんです」


 迷う男だから、素敵?


 俺には意味が分からなかったが、誉められてはいるらしい。


 小葉子はそれを聞いて、黙って顔を赤くした。

 まるで、自分も同じ思いだったかのようだ。


「今、言いましたよね」


 口をはさんできたのは水沢さんだった。なぜか得意気だ。


「今の話からすると、やっぱり二人ともまだ永堀君とはキスしてなかったんですね」


「ええ、してないわよ。っていうか、勝ち誇ったような顔しないでくれる?」


 小葉子は腰に手を当てて、水沢さんを睨みつけた。


「それにさっき、塚地さんと相談して決めたのよ。今夜こそわたしたち、白黒つけてやるんだから!」


「は?」


 水沢さんの顔に、突如として不安の色が。


「今夜、わたしと塚地さんはフミヤの家に泊まりに行くわ!」


 そう宣言する小葉子の周りにはマンガで見るような集中線が……あるわけないが、そんな言い方だった。


「待ってくださいよ! それっていきなりじゃないですか」


 水沢さんが声を大きくした。


「だからなんなのよ。もう待ってられないわ。フミヤに判断してもらう。わたしと塚地さん、どちらが女として魅力的か、どっちが嫁にふさわしいか」


「嫁ってお前……冗談きついな」


「冗談じゃないわ!」



 ガシ。



 不意に、俺は左腕を小葉子につかまれる。



 ガシ。



「え?」


 見ると、右腕に緑奈がつかまっている。


 左に小葉子。そして右に緑奈。


 両手に花というか、両手に美少女な状態。


「ちょっと待ってよ」


 水沢さんの顔に不安の色が濃くなっていく。説得するような口調で、


「二人とも。永堀君はね……」


「何を待つの? フミヤはヘタレだからどうせ待っててもしょうがないじゃん。待ってるだけじゃ何も変わらないじゃん」


「うぅ……」


 小葉子に睨みつけられ、水沢さんは言葉が続かない。


 そして俺は、ぎゅっと右腕を強く抱きしめられる。


 柔らかい感触に気づいて横を見ると、緑奈が、


「わわわわたしも、小葉子さんに負けていられません。フミヤさんが望むなら、何だってしてあげられます」


 顔を真っ赤にしている。一体、何を想像しているんだろう。


「行こ、フミヤ! 水沢さんも今回ばかりはついてこないでよね」


 小葉子が憎らしそうに、眉間にしわを寄せて「べー」っと舌を出す。


「強引だな二人とも。ちょっと、近寄り過ぎるな……」


 この状態では歩きにくいし、腕に柔らかい感触が密着して変な感じだし。


 振り向くと、水沢さんは同じ場所に立ち尽くして寂しそうに俺を見ているだけだった。




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