続・ぬれぎぬ――みんなの学びの空間で(2)――
とりあえず廊下に出てきたが、ここでも人の目はある。
学校内なんて、どこへ行っても他人の視線はあるものだ。
「んー、どうしたものか」
俺の目の前には、ムチを持つ小葉子と、ピンクのロープを持つ緑奈。
とにかく学校内でこんな物を持ってたら大変だ。どこかに隠すか、捨てるかしないと。
「二人とも、持ってる物を俺によこせ。女子が(男もだけど)そんなもの持ってちゃまずいだろ。俺がどっかに処分してくる」
俺は手を差し出すが、小葉子はムチを後ろ手に回して拒否する。
「渡さないよ! わたしや緑奈との仲が発展したら、そのうちこれで叩こうと思ってたんでしょ!」
「そんなわけないだろ。っていうか、仮に思ってたとしても学校にまで持ってこないだろ」
「思ってたとしても? 聞いた、緑奈? やっぱりそうなんだよ。フミヤは、そういう趣味を持ってる男なんだよ!」
小葉子が非難するように、俺を指さす。
「フミヤはご覧の通り、アブノーマルな性癖の持ち主なんだ。朝のブルマの件もそうでしょ。だから、とても緑奈にはついていけないね!」
小葉子が緑奈に視線で「そうだよね?」と訴えかける。
「お前な……」
俺は軽く頭痛がして、額に手を当てる。
内心、俺はこいつが犯人だと気づいている。
朝のブルマもそうだ。小葉子が俺をハメようとしているのだ。
「でもね、わたしなら」
「え?」
小葉子はお祈りでもする時みたいに胸の前で手を組み合わせると、優しい瞳で俺の方を見た。
「わたしなら……フミヤがSMグッズ集めてても、色んなカラーのブルマ収集家でも、嫌いになったりしないよ」
小葉子のいつになく優しい目が、「ありのままのあなたが好きよ」と言っていた。
その目を見て、気づいた。
小葉子は俺を変態に仕立て上げ、緑奈を幻滅させようとしている。
そうすることで、ライバルを一人消そうとしているのだ。
緑奈と張り合うよりも、緑奈が俺を嫌いになるよう仕向ければいい。そういうことだろう。
やり方は最低で卑劣極まりないが、例え俺が変態でも許してくれるという、その気持ちはありがたい。
そろそろ本気で叱りつけてやるつもりだったが、ここは穏便に済ませてやろう。
「もう分かった。小葉子、今日の件はすべて許すから、ムチとロープをよこせ。マジでそんな物を学校内で持ってちゃまずいから」
言われて、小葉子の表情がゆるんだ。うまくまとまりそうだ。
「いいえ。まずくなんかありませんよ」
「え?」
見ると、緑奈が何やら決意を秘めたような目をしていた。
「フミヤさんがしたいなら、わたくしも我慢して受け入れます」
真剣な顔をする緑奈の手には、ムチがにぎられている。いつの間に?
「落ち着け、緑奈。すべて嘘だから。俺はそんなこと望んでないから」
「いいんですよ。アザになるくらい、叩いてやってください」
「そんなことしないって」
「そしてその、アザになる前のわたくしの肌と、真っ赤なアザのできた後のわたくしの肌の、ビフォーアフターを見比べながら、悦に浸ってください」
「落ち着け緑奈。危ないから、ムチを返しなさい」
「こんな感じに叩くんですか」
ピュッ――。
緑奈がムチを振り下ろすと、乾いた風を切る音が鋭く響いた。
廊下を歩く生徒たちが「何の音?」と不思議そうな顔をして振り向く。
それがまさか神聖な学舎内に響くSM用ムチの音とは誰も思わないだろう。
「うぅ……こんな音がするんですね。痛そう……」
緑奈がムチを手に持ったまま、怯えたように身体をちぢこませる。
「もう分かったろ。ほんとに危ないから、こっちによこせ」
「痛いのは嫌です!」
俺に渡すまいと緑奈は手を振り上げた。
その手から、後ろへピョーンとステッキがすっぽ抜ける。
それがバコンと天井に当たり、跳ね返って床に叩きつけられる。
バチコンッ! カツンカツンコロコロ――。
突然の飛来物に生徒たちが慌ててよける。
思った以上に遠くへ飛んでいってしまった。
そしてムチの転がっていった先には、制服ではない、ヒールを履いた女性の足。
「あなたたち」
怒りに震える声の主は女性教師のFだった。




