過ぎ去った記憶――あの子の面影――
その夜、自室にて――。
俺は中学校の卒業アルバムを開いていた。
「A組には居ない。B組はっと……あ、居た。水沢さんだ」
水沢さんは確かに俺と同じ中学校出身だった。フルネーム、水沢咲っていうのか。
顔はもちろん、前髪を下ろしているところも今と同じなのに、どういうわけか、雰囲気は今よりずっと陰気なものを感じた。
水沢さんって、どんな中学生だったんだろう。
中学校の頃の彼女を、俺は覚えていない。
もしかしたら一年生か二年生の時に一緒だったかもしれないが、それすらも思い出せない。
俺は中学の三年間、女子というものに興味がなかった。
「現実の女の子」との間に線を引いて、その内側に閉じこもっていた。
ゲームやラノベの中の恋愛に、密かに憧れるだけだった。
そんな中学校生活を、今から思えば後悔していなくもないが、現在は――。
塚地緑奈と能見小葉子。二人の美少女に好かれている。
これが「憧れの学園生活」ってやつではなかったのか。
そして今の俺の意中にあるのは、例のキスの相手のことだった。
ほんとに、一体誰だったのだろう。あのキスの感触を思い出すと、そのひとに会いたくなる。
緑奈なのか、小葉子なのか――。
それがはっきりするまで、俺は緑奈の気持ちにも、小葉子の気持ちにも、応えてやることができない。
俺はベッドに背中をあずけ、天井を見上げた。
そして、こうも思うのだ。
キスの本当の相手なんて、どっちでもいいじゃないかと。
美少女二人が俺のことを好いてくれているんだ。俺の男子ランキングなんて、せいぜい中の中、B級がいいところだ。
今後あるかないかの、このチャンス。
「モテ期」っていうのだろうか。これを逃していいのだろうか。後悔しないだろうか。
今日、帰りの電車で、水沢さんの中学時代の同級生に会った時のことを思い出す。
高田さんっていったっけ。俺も同じ中学になるが。
その高田さんには、当たり前のように彼氏が居た。
その男に対して「今はわたしがお前の彼女だろ」と言っていた。
「今は」ってことは、「前」とか「後」もあるのだろう。
普通は、それぐらい軽い気持ちで付き合うものなんじゃないか。
キスとか、それ以上のことなんて、みんなやってることじゃないか。
なのにどうして、俺はいちいち悩んでいるんだろう。
「んー……」
静かな部屋に、自分の溜息だけが響いた。
「もうこんな時間か。ゲームをやる時間がなくなっちまう」
結論は後にして――。
俺はゲームをやることにした。
今日中にまた一人、攻略してから寝たいのだ。寝る前に、どうしても告白シーンが見ておきたい。
こんなんだから俺も大人になれないんだろうな。




