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帰りの電車で――あの子の横顔(2)――



 電車は駅に止まっていた。俺が降りるのは、まだ三駅先だ。


 電車のドアが開く。乗降する客に合わせて立ち位置をずらし、会話がそこで途切れた。


「咲? ちょっと、咲じゃね?」


 今乗ってきた、同い年くらいの女子高生が水沢さんに話しかけた。


「ああ、高田? 久しぶりだね……元気してた?」


 水沢さんの声のトーンは上がらなかったが、相手は楽しそうに「やだー、かわいくなってて気づかなかったよぉ」と水沢さんの肩をポンポン叩く。


「なに? 同中?」


 高田と呼ばれた女生徒の隣に立っている男子が聞いた。


「あー、咲。こいつ私の彼氏。咲のそのひとも、あなたの彼?」


 高田さんは自分の彼氏を紹介した後で、俺の方を見る。


 表情で分かったが、高田さんの俺に対する第一印象は、パッとしていなかったと思う。

 彼氏の方は俺には目もくれず、さっきからじろじろ水沢さんを見ている。


「うんん、同じクラスなだけだよ。彼氏なんて居ないよ、ずっと」


 水沢さんが困った顔を浮かべて手をパタパタ振る。


「ずっと居ない? 咲、前よりよく喋るし、雰囲気も明るくなってんじゃん。高二になって彼氏の一人も居ないなんて」


 高田さんは、彼氏は居るのが当たり前というように言う。

 染めた髪に、適度にほどこされたメイクのせいか、俺と水沢さんより年上にすら見える。

 が、話しをしていると、そうは感じさせなかった。


 彼氏の方は二人のやり取りを聞きながら、目は水沢さんを見ていた。


「っていうかお前も咲のことばっか見てんじゃねーよ。今は私がお前の彼女だろ」


 高田さんは彼氏を肘で小突く。

 そして、ここまで話して満足したのか「じゃね」と言って車両の隅っこに移動した。

 彼氏が高田さんの肩に手をまわし、二の腕のあたりを撫でていた。


 あの二人って、どれくらい付き合っているんだろう。


 水沢さんのかつての友達が、男に肩を抱かれている。高二って、普通そういうものなのか。


 たかが頬にキスされたくらいでドキドキしていた、今までの俺はなんだったんだ。

 俺はものすごく幼稚なヘタレだったんじゃないか。

 強烈な劣等感のようなものを感じた。


 それにしても高田さん、どっかで見たような、見てないような……。


 ああ、帰り道が一緒なら、同じ電車だったこともあるか。



「永堀君も彼女ができたら、あれこれしてみたい?」


 水沢さんのふい打ちに俺は声をあげて驚く。


「いや……俺はべつに……そんな」


 一瞬、頭の中をエッチな映像が去来した。


 しかもそれが、緑奈でもなく小葉子でもなく、水沢さんだったことで、俺は余計にうろたえた。


 そんな俺を見て、水沢さんはなぜか安心したような笑みを浮かべた。



「次は南S駅~。南S駅~」


 車内アナウンスが聞こえた。外の景色を見て、自分の町に帰ってきたと安心する。


「水沢さん、じゃあ俺、ここで降りるけど……」


「ンフフフフ。永堀君、さっきのわたしの同級生、顔に見覚えはなかった?」


「え? 高田さんのこと? それは、まあ……」


 ないこともなかったが、それがどうした。


「永堀君は昔から、女の子の顔を覚えないねー」


 水沢さんが何か含みのある物言いで、いたずらっぽく笑う。


 そうこうするうちに電車は駅に着いて、ドアが開く。


「水沢さん、話の先が気になるけど、俺ここで降りないと……」


「だいじょぶでーす。わたしもここで降りるんですから」


「は?」


 いつの間にか「ですます体」になっている水沢さんは笑顔で、楽しそうだった。



 俺は水沢さんと電車を降り、外の空気を吸う。


 地元に帰っただけで解放感があるが、今日はそれに加えて、なんかうれしい気がした。


 高田さんと俺は同じ中学だったらしい。お互いに顔を忘れていた。


 ということは、水沢さんと俺も同じ中学なのだった。




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