いつもと違う授業――ジャージとブルマ――
緑奈と小葉子は頭を下げて謝り、水沢さんに許してもらった。
その後で問題になったのは、濡れた制服だった。
午後の授業をどうするのか。
昼休みももう終わるし、考えている時間などない。
俺はジャージに着替えて教室に戻ってきた。
水沢さんが先に戻っていて、彼女は女子用の赤いジャージだった。
俺に気づくと、遠くの席からニコッと笑って目で合図する。
よかった、元気になってくれたみたいだ。
前髪もすっかり乾いて、綺麗に下ろされている。
制服の生徒たちに混じって、なぜかジャージで授業を受ける俺たち。
浮いてしまうし、何があったのか、色々と想像されてしまいそうだ。
正直な理由を言うにも恥ずかしいし、学校を抜け出したのがバレてしまう。
だがジャージ姿なのは俺と水沢さんだけだった。
やや遅れて戻ってきた緑奈と小葉子は、二人そろって体操着だった。
しかも下に穿いているのはなぜかブルマ。
「お前らはほんとに……」
俺は言葉が続かず、ただ困って頭をおさえた。
「だって、制服は濡れてしまって着られないですし……」
緑奈が頬を赤らめて言う。なぜ赤くする。
「そんなかっこうで出てこなくてもいいだろ。水沢さんも俺もジャージなわけだし。っていうかうちの体操着はブルマじゃねえよ!」
言うまでもなく女子が体育の時に穿くのはショーパンであって、断じてブルマではない。
「フミヤがさ、こっちの方が喜ぶかと思って……」
もじもじしながら小葉子が言う。
「喜ばせ方ってもんを、もうちょっと真面目に考え直してみろよ!」
教室の入口に並んで立つ二人を、まるで説教するかのような俺。
嫌でも目立ってしまう。
まさか、俺が二人にこんな格好をさせていると思われてないだろうな。
だが周囲の視線は俺なんかよりも、緑奈と小葉子の方へ向く。
男子の視線がチクチク刺さるようだった。
「なんだかみんなお尻の方ばかり見て、恥ずかしいね」
小葉子が照れながら緑奈に話しかけた。
「そ、そうですね……。早く席に座っちゃいましょうか」
言いながら、緑奈が上目遣いで俺を見る。
なんでいちいち俺の反応をうかがうんだ。
やや気まずい空気の中、俺たちは席に着いた。
小葉子は俺の隣で、緑奈は少し離れた席である。
「な……なんか、みんながこれから真面目に授業を受けようっていうのに、わたしだけこんなかっこうで、申し訳ない気持ちになるね」
横で小葉子がなんか言っている。俺は正面を向いたまま、無反応。
「教室は神聖な場所のはずなのに……。みんなは将来のため、日本の未来のため、一生懸命に勉学に励んでいるのに、わたし一人だけこんな……」
小葉子の声調には、恥ずかしさの中に、わずかながら嬉しそうな感じもあった。
こいつ……楽しんでやがる。
「フミヤ、テンション低いよ」
小葉子がジャージの袖をぐいぐい引っぱってくる。
「あがんねえよ、テンションなんて! 悪いことしてるって自覚あんならやめろ!」
「なに? わたしがこのかっこうじゃ、フミヤ嫌なの?」
「嫌っていうか、何かが間違ってるってことに気づけよ!」
「ああ、もしかしてブルマは紺じゃなくて赤の方がよかった? 赤ブルマ」
教室内の生徒が、ひそひそ話をするのが聞こえた。
俺たちの方を、ちらちら見る。
俺は黙り込み、授業に集中することにした。
間もなく先生が教室内に入ってくる。
水沢さんが手を上げて「制服が濡れてしまったので、今日だけこのかっこうで受けさせてください」と言うと、先生はすぐ認めてくれた。
よかった。あとは今日が終わるのを待つだけだ。
「紺のブルマと赤ブルマ、どっちが正解だったのかなぁ……」
小葉子がぶつぶつ言っていたが、それは無視しておいた。どっちも正解じゃないし。




