さんぽ道――花の妖精さん(3)――
池の水は近くで見ると決して澄んではいない。
深緑の水面に、緑奈の髪がゆらめいていた。と思うと、
「ぷはっ」
緑奈が顔を出した。二度、三度と咳をした。
「おい、大丈夫か!」
俺が声をかける。
「ど、どうしよう……」
さすがにシャレにならなかったようで、小葉子は緑奈を見たりこっちを見たり、あたふたしている。
「ごめんなさい、緑奈。わたしが悪かったよ。もうふざけるのはお終いね?」
責任を感じてか、ずぶ濡れになった緑奈に、小葉子は手を伸ばす。俺が引いてやってもいいんだが。
緑奈は濡れてぺったんこになった髪の下、うつむき加減で表情は見えない。
黙ったまま、小葉子の手をがっちりにぎると、
「そうですね。ふざけるのはお終いにしましょう。ただし……」
顔を上げた。
髪が張りついて、片方の目しか見えなかったが、復讐を誓ったような目つきだった。
「あなたも池に落ちてからね!」
小葉子の両足が浮いた。
全体重をかけられて小葉子は、投げ出されたように弧を描いて、地面から離れる。
真下には、水。
「ちょーっと待ったー!」
もう待てないだろうが、水沢さんが反射的に手を伸ばした。
しかしその犠牲の精神は宙を舞う。
水沢さんの手は虚空をつかむばかりで、バランスを崩し、そのまま彼女も池にドボンした。
のどかな公園の池に、大きな水しぶきが上がった。
さっきまで平和だったのに、あっという間に三人とも池に落ちてしまった。
俺はその場に固まった。しかし、
「ぶぇはっ! はっ……はっ……ちょっと……ちょ……」
ただならぬ雰囲気で水をかきまくる小葉子の顔の、上半分が出たり消えたりしている。
「足つかな……足が……助けて!」
「嘘だろ、おい!」
冗談でないことは一瞬で分かった。
俺は上着も脱がずに池に飛び込む。
四月の池の水の冷たさが、服を貫いて肌に浸透してくる。
「フミヤ……フミヤ!」
「大丈夫だから、そっとつかまれって」
水位は俺の胸まであった。小葉子の身長では、ぎりぎり鼻が沈むくらいだった。
岸辺まで1メートルほどだ。
小葉子の脇の下に腕を差し込む形で抱き上げ、そろりそろりと、水中を歩く。
水底は沼でぬかるんでいるのか、足が沈む。
ズボッと踏み抜いて、バランスを崩しそうだ。
水底のぬかるみが、まるで人間の手のように俺の足にまとわりついて気持ち悪かった。
小葉子を先に陸地に上げて、俺も自分の力で水から出る。
すると、
「ずるいですよ、小葉子さんだけフミヤさんに助けてもらって!」
先に上がっていた緑奈が不平をもらした。
制服のままずぶ濡れになって、地に着く両足の間に水溜りができていた。
「二人とも、いい加減にしろよ!」
俺は叫んでいた。
相手が学年で一、二を争う美少女だろうが、そんなものは関係なかった。
「ふざけるのはお終いにしたんじゃなかったのか! お前ら二人がバカやってるから、こんなことになるんだろうが!」
緑奈と小葉子が俺を見て凍りついた。
俺は表情を固くしたまま、ちらっと横に目をやる。
二人も追ってそっちを向いた。
ずぶ濡れになった水沢さんの、無言の背中がそこにあった。
「水沢さん……」
「えっと、その……」
緑奈と小葉子が、届かないくらい小さい声を水沢さんにかけた。
「アハハハ。な、なんとか大丈夫っすよ」
振り向いた水沢さんが、力なく笑う。
ずぶ濡れになった髪の下、おでこを手で押さえていた。
「だ、大丈夫? もしかして額を打ったの?」
「いえいえ! 前髪が変になってそうなんです。見ないでください」
恥ずかしそうに後ろを向いてしまった。
明らかに前髪を気にしているので、なるべく見ないようにしてあげた。




