優しい声で
微妙な距離感。
あなたにどこまで近づいていいのかな…
それは突然やってきた。
私は1人でその講義をとっていたから、いきなり「グループを作って」なんて先生が当たり前のように言ったとき、ちょっと泣きそうになった。
周りを軽くうかがってみても、2、3人で同じ講義をとっている子たちばかりで…
必修の授業でもなかったから、私はこの授業の単位は諦めようと心に決めて帰ろうとした。
「ねぇ、帰っちゃうの?」
私の背中をつついた固い感触。
振り向いた先にいたのはいたずらっ子みたいな笑みを浮かべた男の子だった。
「俺一人だからさ、一緒に組んでほしいんだけど。」
「え、うん、いいけど…」
「やった!じゃあ決まり。今日はよろしく!…えっと、名前聞いていい?」
彼の無邪気な笑顔を見て、初対面なのに自然と緊張がとけていった。
「私は、上岡泉美。」
「いずみちゃんか。俺は山本悠斗。」
男の子に名前で呼ばれるのは初めてで、ドキッとしたけれど不思議と山本君には名前で呼ばれる方がしっくりきた。
山本君と話しているのはとても楽しくて、たった1時間ちょっとしか一緒にいないのに、昔からの友達のような気分になっていた。
授業の終わりを知らせるベルが鳴る。
「じゃあ、今日はそこまで。」
先生の言葉を合図に一斉に各自の荷物を片付け始める音が部屋中に響く。
「今日は声かけてくれてありがとう。帰らなくて正解だった。」
「俺も正直楽しかった。さんきゅ。」
そう二人で笑いあうと、じゃ、といって教室の入り口で別れた。
彼の友達は今日の講義をサボっているだけだから、彼と一緒に活動できるのは今日だけ。
そう思うとなんとなく淋しいような、残念なような切ない気持ちになった。
とりあえず次回までに知り合いを見つけないといけないなと思いながら家に帰る。
これが彼との出会いだった。
その1週間後、私は結局友達を見つけられないまま授業に参加していた。
サボろうかとも思ったけれど実行しなかったのは、彼に会えるかもしれないという少しの期待を抱いていたからなんだろうな、と今ならわかる。
授業開始の5分前についた私は、無意識に前回と同じあたりの席に座っていた。
携帯をいじって授業までの時間をつぶしていると、隣に荷物が置かれた。
びっくりして顔をあげると、山本君だった。
「おはよ。昨日飲み会でさー、眠くてしょうがない。」
そういいながら大きなあくびをひとつ。
当たり前のように私の隣に座った彼に私は少し戸惑ってしまった。
「あれ、友達は?」
「ん?あー、来ないんじゃね?俺もサボろうかと思ったんだけどさー。」
机の上に無造作に置いたリュックを覆うように座る彼が意味ありげに私を見つめる。
「いずみちゃんに会えるなら来ようかなって思って。」
私の目をしっかりと見つめて言われたその言葉に、私はどういうリアクションをとればいいのか分からなくて、ただ頬に熱が集まっていく感覚だけを感じていた。
「…なぁんてね。びっくりした?」
「…もう、やめてよ!あー、びっくりした!」
意地悪そうに笑った彼から広げたノートに目を移して熱を冷ます。
なんか暑いな、なんて小さく呟きながら手扇で顔を仰ぐ私の横で、彼がくすくす笑っていた。
その日から私と彼は自然と隣に座るようになった。
彼と一緒に授業をとっている友達は1人だと思っていたら3人もいて、気が向いた時だけ私たちのグループで活動した。
「あ、そうだ。いずみ、連絡先交換しよう。」
「あれ、してなかったっけ?」
「してないからいってんじゃん。俺が先送ろうか?」
「うん。じゃあ受信するね。」
初めて会ってから6回目の授業終わりの出来事だった。
いつの間にか私の呼び方は“いずみ”になっていて、連絡先を知らなかったことのほうが不思議なほど私にとって彼の存在は自然なものになっていた。
「あれ、ねぇ、山本君って何歳?」
「20歳だけど…あぁ、言ってなかったっけ?俺、浪人してんの。」
「え、年上!?」
「その驚きよう…どういう意味だよ。」
驚きの声をあげた私に山本君は少し怒ったように詰め寄る。
そういうところが子供っぽいってことなんだけど、なんて思ったけどそんなことは言えず、私は曖昧に微笑んだ。
「ま、いいけどさ。てか、いつまで山本君なわけ?」
拗ねたように言われて、私は鼓動が早まるのを感じた。
「じゃあ、なんって呼んだらいい?」
「んー。俺はいずみって呼んでるし、ゆうとでいいんじゃね?」
「じゃあ、ゆうと…くん。」
「くんって…まぁいいや。じゃあまたな。」
少しくすぐったそうに笑った彼はいつものように去っていく。
私は赤くなった顔を外の風で冷やしながら次の講義教室へと向かう。
この授業以外で私が彼と話せる機会はない。
でも連絡先を知って、彼の数人の友達を知って、少しずつ近づいていくこの距離。
授業以外で会ったときに彼は私に声をかけてくれるのか、逆に私は声をかけられるのか、できたとしても彼のリアクションはどうなのか…まだまだ分からないことばかりだ。
だけど、ひとつわかっているのは少しずつ少しずつ私の中に彼の欠片が降り積もってきていること。
家で過ごす静かな一人の時間にもふと頭をよぎるのは、次の講義までの日数とか、その前の講義でのやりとりや、その時の彼の表情。
「ゆうとくん…会いたいよ。なんてね。」
「 voice 」
寒い夜 ココアを入れて
立ち上る湯気を見てたら
なんでかな 君が浮かんだ
ココロぽかぽか
ちょっと話しただけ
ビックリした?なんて
意地悪な笑み浮かべて
子どもみたいに
ホントはもっと話したい
大きな瞳に私を映して
楽しそうに笑ってほしい
私の心を揺さぶる
君の優しいVoice
寒い朝 コーヒー入れて
君に逢いたいななんてね
呟いて 頬が緩んだ
ココロふわふわ
ちょっと見かけただけ
何してるの?なんて
後ろから肩たたいて
駆け寄れたらな
ホントはもっと近づいて
大きな手で頭を撫でてほしい
色んな顔を見せてほしい
私の心を掴んだ
君の愛しいVoice