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夢見の館  作者: トウリン
4/6

 次なる『特ダネ』を求めて、晃一(こういち)は歩く。一歩を踏み出すごとにギシギシと床が音を立て、確かに前に進んでいることを教えてくれる。

 が。

(ちゃんと、進んでるんだよな?)

 あまりに変化に乏しいから、思わずそんな疑問が頭に浮かぶ。

 廊下は延々と続き、暗い所為か、果てしなく伸びているように思えた。強力な筈のマグライトを真っ直ぐ前に向けてみても、それは暗闇に飲まれるばかりで何も照らし出してはくれない。


 こんなに長い廊下があっても、いいものなのだろうか。


 疑念はチラリチラリと晃一の頭をよぎっていくが、実際のところそうなのだから、仕方がない。多分、暗いから距離感が狂っているのだ。きっと、そうだ。

「実は、この廊下、少しずつカーブしてて円になってるとか、さ」

 ついつい、そう声に出してしまう。

 普段は独り言なんて滅多にない晃一だが、無意識のうちに呟いてしまうのだ。


 こうやって暗い中を独りで歩いていると、どうしても、背中に何かが感じられて仕方がない。視線にも似た、何かが。教室なんかで、フッとそれを感じて、目を向けてみると相手と視線が合ったりする。そんな感じの、何か。

(でもほら、風呂なんかで同じ感じになっても、別に何もないじゃないか)

 打ち捨てられた廃館に、誰かが――何かがいるはずがない。

 視線を感じさせるようなモノなど、いるはずがない。

 気の所為だということは判っている――判っているけれど、気になる。振り返って懐中電灯の光を向けてみれば、何もないということが確認できる筈なのに、晃一はそうする気にはなれなかった。

 代わりに、声に出して言う。

「誰かが見ているなんて、そんなことはある筈ない。ホントにただの気の所為さ。ここは空き家なんだから、そんなことは、有り得ない」

 独り言にしては少々大きすぎる声での呟きは、マグライトの光同様、闇の中に消えていった。


 もう少し。

 もう少しだけ、粘ろう。 

 あと二、三箇所の写真が撮れれば、さっさとおさらばだ。


 背骨の両脇の筋肉が逆撫でされるような感触を無視して自分自身にそう言い聞かせながら、今すぐにでも来た道を引き返したくなるのを何とか堪え、晃一は進む。


 そうして。


 何番目の扉だったかは、もう判らなくなっていた。

 とにかく、数え切れないほどの部屋の中を覗いて、また次のドアノブに手を掛けた時だった。


 開けたくない。


 触れた瞬間に、晃一の中にはそんな気持ちが閃いた。根拠は、全然、ない。ただ、そう思ったのだ。

 思わずパッと手を放した晃一は、後ずさり、その場を離れようとする。が、そんな自分の行動に気付くと、舌打ちをして両手のひらをズボンにこすりつけた。

 理由もなく怖じ気つくなんて、情けない。

 もう一度手を伸ばし、今度はしっかりとノブを握る。ゴクリと唾を呑みこみ、ゆっくりと手首を捻る。


 ガチ。


「あれ?」

 晃一は、ガチャガチャとノブを回そうとチャレンジするが、鍵が掛かっているのか、錆付いているのか、一向に動いてくれない。

 かなり乱暴に揺すってみたが、サッパリだった。

「何だよ……」

 緊張の後の拍子抜けで、晃一の気は、パンクしたタイヤさながらに、音を立てて抜けていく。


 一つだけ鍵の掛かった部屋なんていかにも意味深だ。こうなると、何とかして中を覗いてみたいものだが、どんなに頑張っても、扉はビクともしなかった。よく見ると、ノブには鍵穴がある。他の部屋は、どれも鍵などかかっていなかったが、ここは数少ない例外らしい。

「っちぇぇ。しょうがねぇなぁ」

 未練がましく舌打ちをして、晃一は扉だけでも、とシャッターを切った。下からライトを当てて雰囲気を出すのは標準装備だ。

 ――そうしながらも、部屋に入らずに済んだことに何となく安堵を覚えている自分には、気付かないふりをして。


「この開かずの間には、いったいナニが――て、とこかな」

 そう呟きながら扉に背を向けた時だった。


 カチ。


 微かな音が、静寂の中に響く。

 晃一は、一度奥歯を噛み締めて、ゆっくりと振り向いた。


 果たして。


 彼の手はとうにノブから離れており、窓一つない廊下には埃を動かすほどのそよ風すら吹いていない。

 にも拘らず、薄っすらと、扉は隙間を作っていた。

「錆が取れたんかな」

 あるいは、古くなった鍵が壊れてしまったのか。

 彼は、理にかないそうな理由を思い浮かべる。有り得そうな理由を。

 とにもかくにも、これで入れるようになったことは、確かである。

 晃一は、ゆっくりとドアを奥へと押し開く。


 ギ、キィィィ――。


 蝶番が錆びていた証のように、軋んだ音が重苦しく響く。

 中は、真っ暗だった――異様なほどに。それに、暗いだけではない。息苦しいというか、押し潰されそうというか、明るさだけでは語れない、何かがある。

 廊下や他の部屋も、確かに暗かった。ベニヤ板が打ちつけられた窓から入り込むのはわずかな光だけで、照明の助けにはならない。だが、この部屋にはそれすらなく、それ故なのか、不快な閉塞感が室内に満ちていた。


 晃一はマグライトで室内を照らしていく。

 塗装が剥げ、取っ手のもげた木馬。

 片目が飛び出している、小さな子どもほどもある大きな熊のぬいぐるみ。

 頬にひびが入った、精巧なビスクドール。

 バラバラになった人形が散乱している、煌びやかなドールハウス。

 そんなものが、光の中に現われ、そして消えていく。


「子ども部屋、か」

 現代っ子の遊び場ではない。かなり古そうな、漫画の中に出てくる『お嬢様』が持っていそうなものばかりだ。


 晃一は適当にフラッシュをたいて写真を撮っていく。無造作にやった方が、雰囲気が出て、いい感じにおどろおどろしさが溢れてくれる。

 一通りの撮影を終えた晃一は、もう一度ライトで部屋の中を見てみた。

 色褪せてはいるが、空や鳥、花畑――そんな『風景』が描かれた壁が目に入る。だが、本来子ども部屋にあって然るべきものはなかった。本物の風景を見る為の、窓が。小さな明り取り用の窓すらない。全面が、陽気だけれどもどこか空っぽな絵の描かれた、壁だった。

 その壁に近寄ってよくよく見てみると、微かに凹凸がある。まるで、元々はあった窓を、後から塗り込めたようだ。

 普通は、子ども部屋には大きな窓があるものではないのだろうか。それとも、昔の家は違うのか。子どもの安全の為に、外から人が入れないようにしていたのだろうか。

 晃一の頭の中にはそんな疑問が次々と浮かぶ。


 そして、その裏で、もう一つの考えも。


 ――あるいは、この部屋から出さないようにしていた、とか?


 彼はすぐにその不穏な推測を振り払う。漫画か何かの見すぎだ。こんな子ども部屋に、いったい、何を閉じ込めておこうというのか。

 突飛な自分の考えに苦笑しながら手近にあったぬいぐるみを拾い上げると、長い年月の間に脆くなってしまったのか、腕のつなぎ目がほつれてボロリと落ちた。


 こんなふうに何もかもを置いて、住人はいったいどこに行ってしまったのだろう。

 ふと、そんな疑問が湧き上がる。


「その辺から話を膨らませたら、ウケそうだよな」

 ある日突然消えた家族。

 閉ざされた子ども部屋。

 屋敷のあちこちに残された血痕らしきもの

 最後の一つはちょっとしたオプションだが、そのくらいは手を加えても赦されるだろう。


「何か、いい感じじゃん」


 予想以上の収穫に、晃一がニンマリとした時だった。

「?」

 口を閉じて耳を澄ませる。

 何か、いる――?

 それは、感覚に過ぎなかった。別に、何かが見えたり聞こえたりしたわけではない。

 一つの部屋に誰かが一緒にいて、相手がぐっすり眠っていて物音一つ立てなくても、何となくいることが判る――そんな感じ。

 息遣いを感じる、と言ったらいいだろうか。

 だが、そうは言っても、そんなことは無い筈だ。この家には、誰もいない。その筈だった。

 晃一は、息を潜めて気配を探る。


 と。


 彼はギクリと身体を強張らせる。

 自分の声に混じって、何かが聞こえたような気がしたのだ。自分の声以外の、何かが。

 風の音のようにも思われたが、窓のないこの部屋では、外の音が届くとも思えない。

「……気の所為か?」

 晃一が、そう呟いた時だった。


 『クスッ』


 思わず漏れてしまった――そんな感じの忍び笑いだった。懸命に堪えていたのに、ついこぼしてしまった、笑い声。

 一つ漏れてしまったそれは、堰を切ったように、後から後から続いていく。


 『クスッ。ククッ。クスクスクスッ』


「誰だ……誰か、いるのかよ!?」

 暗闇に向けて怒鳴ってみても、応えはない。ただ、狼狽する晃一を嘲笑うような声が周囲に溢れていくだけだ


 『キャーハハハッ』


 それは、幼い子どもの声だ。だが、そこに無邪気さはない。いや、無邪気なのかもしれないが、バッタの首をむしって楽しんでしまうような、底冷えのする無垢さだった。

「ウソだ……ウソだ……」

 懐中電灯をあちこちに向けながら晃一は後ずさる。が、光の中に入ってくるのは、朽ち果てた玩具だけだった。


 不意に。

 フワリと何かが首筋をかすめた。


 咄嗟に晃一はその何かを振り払おうと手を上げたが、何もない。


 そして。


 『あそぼうよ』


 頑是無い少女の、この上なく嬉しそうな囁き。


「う……わ……うわぁ!」

 がむしゃらに手を振りまわし、絡み付いてくる気配を振り払おうとする。だが、実体のないそれが消え失せることはなかった。


「……!!」


 声のない悲鳴が、喉を突いて出る。晃一は、もつれる脚を何とか奮い立たせ、その『子ども部屋』から転がり出た。そして、後も見ずに廊下を一心に走る。

 その背中に、甲高い子どもの歓声を受けながら。

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