都会は怖いところ?(3)
「三塚さん、大丈夫?」
「はい……」
あの後、慌てて駆け寄った俺は三塚由奈を連れてその場から連れ出した。遠くから見ていたので状況は理解していたが、いざ勧誘の人の前に立つと結構気まずいのなんの。
厚かましくも俺にまで勧誘をしてきた男をかわし俺は三塚由奈の手を引いてその場を離れた。
俺はこの手のお店に入った事は無いが、この道を通る度に開店セールと宣伝しているのは知っている。どこかの常に閉店セールを唄っている電機屋より性質が悪いのだ。
というか恐ろしいのはこの三塚由奈だ。
一緒に歩いているだけで怪しい宗教勧誘やボランティアの募金に捕まった。この辺に住んでいる俺でも半年に一回在るか無いかという勧誘ラッシュを一日で三回も体験した。
三塚由奈はその手の人間を引き寄せる謎のオーラでも出しているんじゃないかと本気で思ったくらいだ。そして話しかけられる度に三塚由奈は若干涙目になってる。
「と、取り合えず気を取り直して其処の雑貨屋を見ようよ」
「……はい」
明らかにさっきより元気を無くした三塚由奈を連れて俺は駅前でもかなりの大きさを誇るデパートへ入って行った。
三塚由奈も品物の多さに目が点になっていたが次第に先程のショックから立ち直り元気が出て来たみたいだ。
「西城さん、ところで雑貨って何を見るんですか?」
「えーと、三塚さんが使う茶碗とか箸とか、その他にも何かあったら纏めて買っておきたいなって」
「食器なら態々新しいのを買わなくても私なら大丈夫ですよ?」
「まあ二人になって何が足りなくなるか分からないし、多少余分にあっても大丈夫だから買っておこうよ」
一人暮らしの関係上、偶に同じく一人暮らしの藤田や自宅通いだが丘村が遊びに来る。その場で飲み会をしたり、丘村が持ってきたゲームをしたりと目的は色々だが、その時に会場となった家の主が食事や摘みの用意をしなければならない為、俺の家にも余分に食器はあるのだが、あくまで宴会用とかで使用するので柄や大きさに統一性がない。
と、いうのは建前で雑な扱いをし過ぎたためヒビや傷が付いている可能性が在るので確認するより新しいのを買った方が早いと思ったのだ。
「好きなのを選びなよ。俺も他に何か必要そうな物を探すから」
「はい!」
なにはともあれ、俺と三塚由奈は今後必要そうな物を購入するのだった。
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簡単な買い物を済ませた後、俺達はコインロッカーの在る場所まで戻り荷物を回収し、俺の自宅まで移動するため電車に乗った。
「西城さんの家ってどんなところですか?」
「2DKのアパートで家賃4万円。もともと一人暮らしだったから広さは余り期待しないでね。一応狭いけど和室と洋室両方あるよ」
「それも気になりますけど、周りに何が在るのかとかですよ」
三塚由奈がふと言った質問に俺が答えると三塚由奈は笑みを浮かべながら付けくわえた。
「近くに俺の通う大学があるよ。スーパーやレストランとか、生活する分には困らないけど、周りに駅とかが在るわけじゃないから少し交通の便は悪いかな。まあ、そのおかげで家賃が安いんだけど」
「近くに大学が在るんですか!? 今度行ってみたいです」
「……まあ機会があれば案内するよ」
大学を案内しても良いが、藤田や丘村を始めとした同じ研究室の連中と俺が所属しているサークルの後輩達に三塚由奈を見られたらどんな反応をされるか、想像に難しくない。
大学内での知人遭遇率は実はそれ程高く無いが、タイミングは考えた方が良いかもしれない。
「おっと、次で降りるよ。その後少しバスに乗って歩くけど、三塚さん大丈夫?」
「大丈夫です。これでもあっちでは農家の手伝いもしていましたから」
「……俺より体力在るかもね」
最近体力が落ちているのを感じている俺は静かに、体力を付けようと決意するのだった。
電車が止まり駅の構内から出ると、タクシーが沢山止まっている駐車場やいろんな路線を走るバス停が目に入る。俺は大学方面行きのバス停へ三塚由奈を促し並んだ。
暫くすると大学方面へ向かうバスが来た。
時間帯とテスト期間中という事もあるのか、俺達以外にバスに乗るのは年配のお婆さんやお爺さんが主で、知り合いと出くわすという事は無かった。
停留所を四つ程通過した時にバスを下車し、徒歩で自宅まで向かった。
「あそこに見えるのが西城さんの通っている大学ですか?」
「そうだよ。あ、そこの角を曲がるとスーパーが在って俺はいつもそこで買い物をしているから一応覚えておいてね」
俺は歩きながら逐一何処に何が在るのかを三塚由奈に教えていた。三塚由奈は携帯電話を持っていないので迷っても連絡出来無い。
そのため慣れない土地で迷子になったりしない様に詳しく説明しなければならない。三塚由奈も真剣に周辺の位置関係は聞いていたので後で実際に案内をすればこの辺りで迷子になる事は無いと思う。
そんな事を考えている内に自宅に到着した。
「着いたよ、お疲れ」
「此処ですかー」
アパートの隣人は基本的に俺と同じ大学の奴らが多いが別にそんなに交流のある奴じゃないし、そこから藤田や丘村といった知人に三塚由奈のことがばれることは無い。
藤田や丘村にもいずれは話す心算だが、話すタイミングは気を付けないといけない。
常識的に考えて、女性と二人で住むなんて事を言ったらほぼ間違いなく邪推されるだろう。
家に入って荷物を置くと三塚由奈はキョロキョロと家の中を見回している。まあ特に面白い物は無いけど。
丘村が置いて行った怪しげなゲームと本も、藤田が置いて行った怪しげなDVDもちゃんとダンボールで封印して収納スペースの一番奥へ隠している。これは俺が望んだ訳ではないの二人が勝手に置いて行った物で、ワザと置いて行くのだ。あんな物を大学に持っていく気にはならず、返す機会を窺っていたが結局そんな機会は無かったため押入れの奥底に封印する羽目になった。
それ以外は和室にテレビとテーブル、洋室にパソコンや参考書や漫画を入れた本棚と比較的にまともな物しか置いていない。
「三塚さんは和室と洋室どっちが良い?」
「え?」
「いや、流石に寝る時同じ部屋って拙いでしょ?一応和室と洋室が在るわけだし、それぞれの部屋でって思ったんだけど」
「……そうですね。私はどっちでも大丈夫ですよ?」
「そう?じゃあ三塚さんは和室にしよう。畳の方が三塚さんも寝易いだろうし、俺は夜遅くまで課題やレポートをやることもあるからパソコンのある部屋の方が移動する物が少ないからね」
そうと決まれば和室と洋室で寝るスペースを確保出来る様に何を移動するか考えないといけない。
俺は何か移動が必要な物は無いか思案していると三塚由奈は冷蔵庫の中を開けて声を掛けて来た。
「夕飯はどうします?」
「あー、冷蔵庫にあるもので手軽に済ませようか?」
「意外と沢山入ってますけど」
「俺は基本ちゃんと料理する方だからね、課題やレポートの期限が近くなったら適当に済ませるけど」
「えっと、夕飯は私が作っても良いですか?」
「んん?じゃあ、お願いしようかな。疲れているだろうからそんなに手の込んだ物じゃなくて良いからね?」
「はい!」
妙に張り切る三塚由奈に首を傾げつつ俺は和室と洋室に布団を敷けるスペースを作るために和室と洋室に入った。和室と洋室を仕切るのは襖のみで開けばそこそこ広く感じるので普段は開けっぱなしで良いだろう。
和室と洋室を覗いてみると特に移動が必要そうな物は見当たらかった。
「実際に布団が敷けるかチェックしておこうかな」
と考えてピタッと思考が止まった。
よく考えよう、一人暮らしでも食器などは多少余分に持っていてもおかしくはない。
しかし布団は?
藤田や丘村も泊っていく時は雑魚寝だし、親や哲史に妹も県内の家に居る訳だから様子を見に来ても泊って行く事は無い。
つまりだ、何が言いたいのかというと布団が一組足りないのだ。
季節は夏なので布団が無くても別に問題はない。
しかし俺が布団無しで寝ようとしたら三塚由奈はあの性格だ、自分は布団じゃなくて良いとか言い出さないだろうか?
そうじゃなくても気を遣わせるのは間違いない。
俺は少しの間考えると携帯を取り出し電話を掛ける。
プルルルルと音が鳴り少し待つと通話相手が電話に出るのが分かる。
『もしもし?藤田だけど、どうした西城?』
俺が電話を掛けたのは藤田だった。
何故藤田なのかというと、それはつい二日前に会話した内容を思い出していたからだ。
「藤田!! 何も聞かずに寝袋を貸してくれええええ!!」
『……は?』
そう、ファミレス前での会話で藤田が寝袋を買ったという話を聞いていたため、今日一日だけ貸して貰おうという苦肉の策だ。布団は明日改めて買いに行く。
しかしイキナリだからか、藤田も凄い訝しんでいるのが分かる。
『なあ西城――』
「きゃああああああああああああああああ!?」
「三塚さん!?」
『――女の声?』
藤田が何か言おうとしたところで台所から三塚由奈の悲鳴が聞こえて来た。間の悪い事にそれは電話先の藤田にも聞こえたようだ。
それに関しても気になるが今は三塚由奈の悲鳴の理由が気になる。
三塚由奈は慌てた様子で俺のところに駆け寄って来た。
「さ、さささ西城さん、大変です!!」
「ど、どうしたの?」
「ゴ、ゴゴキ、ゴゴゴキブ――」
凄い慌てて何かを伝えようとしているが、これは深く考えなくても何の事か直ぐに分かった。
「ああ、ゴキブリが出たの?」
「いやぁああああああああああ!?」
「ええー?」
見るとゴキブリが一匹壁を走っていた。この進路だと俺と三塚由奈のいる和室に侵入してくるだろう。
別に俺の部屋がゴキブリの出るほど汚いという訳ではなく、夏場だと何処からか部屋に侵入してくるのも珍しく無い。恐らくアパートの別室がゴキブリ発生源になっているのだと思う。
俺もゴキブリは完全に平気という訳ではないが、寧ろ三塚由奈の怖がり方の方に驚いている。ていうか包丁持ちながらで危ない。
俺はゴキブリから目を離さず静かに携帯を耳に当てる
「もしもし、藤田?」
『何だ?』
「寝袋貸してくれる?」
『……言いたい事はそれだけか?』
うん、どうしよう。
取り合えず携帯を耳に当てながら器用にゴキブリを退治しながら藤田になんて説明しようか考えるのであった。
「都会はやっぱり怖いところです!!」
「ゴキブリは都会とか関係なく無い?」