都会は怖いところ?(2)
翌日、俺は昼頃と言われたので多少早めの十一時に駅前へ待機していた。
本当は着いたら携帯に連絡して貰うようにして俺はその辺の本屋や喫茶店で時間を潰そうと思っていたのだが、案の定というか、予想通りというか、期待を裏切らず、三塚由奈は携帯を持っていなかった。
しかも何時発進、何時着の新幹線かも聞いてない。
そのため俺は何時に到着するのか分からない新幹線を待つために改札口と睨めっこをするハメになった。
今も新幹線が止まったみたいだがそれ乗っているのかも分からない。
「……暇すぎる」
ふと駅の中を見渡してみるとお土産コーナーや試食コーナーには旅行中と思われる人達が溜まり、スーツを着たサラリーマンや学生が行き交う。平日の昼間だと言うのに人の流れが途切れる気配は無い。
暫くぼーっと眺めていると後ろからチョンチョンと叩かれた。
「こ、こんにちは」
「あっ……」
振り向くと其処に居たのは三塚由奈だった。
一週間前に会った時と同じく地味な印象を持たせる服装なのは相変わらずだが、決定的に違うのは髪型だ。
あっちに居た時は自然の儘にしていた、腰に届きそうな長髪を下ろした状態に後ろで髪をゴムで縛っている。
女性の髪型について余り詳しくないが、たしかひっつめ髪とか言った気がする。
その為以前会った時と大分印象が変わっていた。
「(哲史が言っていた事は本当だったか……!!)」
髪型一つで大人しそうな印象変わらないが、行動的な一面も持たせつつ年齢より少し幼く見える。見る人次第で可愛いとも綺麗とも言って差し支えが無いくらいだ。始めに抱いたのが良くも悪くも普通という印象だったので俺は素直に驚いた。
髪型でそれだけ効果が在ると言う事は服装も変えたらどうなるのだろうか……。
「あの、西城さん……?」
三塚由奈が不安そうに小首を傾げたのを見て俺は我に返った。
俺は三塚由奈から荷物を預かりながら慌てて声を掛ける。
「一週間振り、移動は疲れた?」
「いえ、寧ろ楽しくてずっと乗っていたいくらいでした」
三塚由奈は楽しそうに新幹線に乗っている時の様子や景色の話を話した。乗り物での移動は俺も結構楽しく感じる方なので気持ちは分かる。就活の為に乗った深夜バスにはもう乗りたいとは思わないが。
「じゃあ荷物はコインロッカーにでも入れて、昼を食べつつその辺を案内するよ。何か必要な物があったらその時についでに見よう」
「あ、はい」
俺は十一時からスタンバイしているため昼食を食べていないのでお腹が空いていたが、三塚由奈は新幹線の中で食べているかもしれないと思ったが、どうやら三塚由奈も昼は食べていないようだ。
俺は荷物をコインロッカーに預けると、コインロッカーを珍しそうに眺めている三塚由奈を連れて駅を後にした。
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駅の外に出ると視界が開けて行き交う人々、車の量が嫌でも目に入る。三塚由奈はその光景すら珍しいのかキョロキョロと周りを見渡している。
「……人、多いですね」
「そうかな? 此処より東京や大阪の方がもっと凄かったけど」
「私の居たところと比べれば何処も変わりませんよ」
「確かに」
あそこと比べれば此処も十分都会だろう。同じ県内なのに違いが多い。三塚由奈やお祖母ちゃんの住んでいる地域では小学校に行くのにも自転車が必要だし、自転車に乗るのにヘルメットも被る。後は周りの人は大抵知り合いなので誰かと出会えば自然と挨拶や立ち話に発展するように挙げれば切りがない。
三塚由奈も同じ国、同じ県内に住んでいるが少なからずカルチャーショックを受けているのかもしれない。
「何ていうか……、空気も全然違うんですね」
「あっちに比べたら緑も少ないからね。直ぐ慣れると思うけど」
そう言って俺は昼を何処で食べるかを考えながら歩きだす。駅地下の飯処は割高なので避け、全国展開しているファーストフード店に入る。
店員さんの零円スマイルを受けながらカウンターでメニューを眺める。
「三塚さんは何が食べたい?」
「えっと、……西城さんにお任せします」
そう言われたので適当に注文して商品を受け取った後、店内で座って食べるため空いている席を探した。
店内を見渡すと丁度空いている席が見つかったのでそこへ座り、俺と三塚由奈は注文したハンバーガーやポテトを置き、食べ始める。
「……こういうお店って修学旅行以来かもしれません」
「マジで!?」
確かにあっちにはファーストフード店は一店も見かけなかったが、修学旅行ってことはそれ以前は一回も食べたことが無いのかもしれない。
薄々気付いていたが、三塚由奈には田舎っ子だけではなく世間知らずな面が在ると言って良い。常識が無い訳ではないので慣れれば問題は無いだろうが、それまでは余り目を離さない方が良いだろう。
「三塚さんはこの後どこか行きたい所ってある?」
「まだ来たばかりで何処に何があるか……」
「そうだね。じゃあ軽く雑貨でも見ようか、共同生活と言っても何が必要か分からないから、必要そうな物があったら遠慮なく言ってね」
「はい」
その後はお祖母ちゃん達の近況を聞いたり、この一週間何していたのかを聞きながらハンバーガーとポテトを食べた。三塚由奈は本当に久し振りに食べたのか少しずつ食べていた。
********
「さーて、じゃあその辺のデパートにでも行きますか」
「は、はい!」
「……何故そんなにビクビクしながら周りを確認しているのかな?」
ファーストフード店を探している時から気付いていたのだが三塚由奈はビクビクしながら周りを警戒している感じがする。始めは人の多さ等に慣れていないだけかと思ったが、昼食後も続けば流石に気になる。
それを俺に問われた三塚由奈はその理由を言った。
「都会は怖いところだから気を付けろって友達が……」
「友達?」
「高校時代の友達なんですけど、こっちの大学に通っているらしくって。私もこっちに来る事を教えたら『都会は怖いところだから気を付けて』と言われたんです」
まあ考えてみれば同じ県なのだし、三塚由奈にも交友関係というものは有るのだろうから友達がこっちに居てもおかしくはない。
なんとなくその友人とはいずれ会う事になりそうな予感がするが、どうやら三塚由奈のこの過剰な警戒はその友人の忠告の所為らしい。
その友人も初めて来た時に何か苦労したのか、それとも冗談でからかっただけなのか、それは不明だが余り変な偏見を持たれても動き辛いし目立つ。
「その友達に連絡して今日来てもらう?」
「いえ、西城さんがいますし、その友達は確かテストで忙しい筈ですから」
「あー、確かに」
「私も落ち着いたら連絡するつもりです」
その友人がどの大学に通っているかは分からないが、テスト期間というのは大体どの大学も似たような時期に行われる。俺の大学は今日がテスト期間最終日だが、哲史の大学は来週からテスト期間に入る筈だ。
しかし三塚由奈はそんなに周りをキョロキョロ注意して見ていて疲れないのだろうか?
……いや、案外これだけ警戒心を持っていてくれているのなら俺も常に注意して三塚由奈を見ていなくても良いかもしれない。
俺の中で友人の言葉を鵜呑みにして体からピリピリするくらいの警戒心を放つ三塚由奈の評価は“純粋で世間知らず”が不動のモノとなった。
まあ、こっちに居る間に三塚由奈に何かあったら俺はお祖母ちゃんや御婆さんに顔向けが出来無くなりそうだからある程度の注意は向けなければいけないだろうが、三塚由奈も子供ではないのでそれ程心配する必要はないだろう。
と、考えていると目的の建物が見えて来たので未だ周りを警戒しているであろう三塚由奈がいた方へ振り向く。
「取り合えず今は直ぐそこのデパートで雑貨を――っていない!?」
振り向いた先には誰も居なかった。というか三塚由奈は携帯を持っていないので逸れたら連絡手段がない。一瞬慌てたが落ち着いて周りを見ると特徴的な長髪の主を発見した。何やら看板を持った男に話しかけられているらしい。
「ねえ、出会いカフェって興味ない? 女性は半額なんだけど」
「え? ええええ!?」
どうやらお店の勧誘らしい。明らかに怪しい雰囲気の店の勧誘なのでサッサと断れば良いのだが、三塚由奈は急に話しかけられたのか、慌ててながら混乱して戸惑っているだけだった。
……やっぱり目は離さないようにした方が良いだろう。