都会は怖いところ?(1)
お祖母ちゃんの家から帰ってから三日後、俺はまた大学に来ていた。
今まで就活で寧ろ大学に来ている方が珍しかったので、就活が始まる前までの様に大学に来ているのは不思議な感じだ。
とは言っても、夏季休業前で大学もテスト期間中で特にやることもない。
なら何故来たのかと言うと、内定を貰ったからという事で俺の研究室の教授に呼ばれたからだ。
「これ、夏季休業が開けたら西城君にやってもらうテーマだから良く見といてね」
「……多くないっすか?」
「就活と言う事で前期は優しかっただろ?」
「……鬼ですね」
「甘い事には何事も裏が在るもんだよ。また一つ学んだね」
俺に渡されたのは分厚い三冊の本と薄い数冊の学会のレポート束だった。
良く見ると親切に付箋が貼ってあるため全部を読む必要は無さそうだが、パラパラ捲ってみると全部英語で書いてあった。
……正直さっぱりわかりません。
俺の分野に限らず大学のレポートと言うのは英語で書かれている事がある。聞いた話だが、学会も英語で発表しろという場合もあるらしい。
「俺の英語の成績って知ってます?」
「情報系は良かったけどね」
って、知ってるのかよ!!
知っていてこの課題って酷いな……。
まあ泣き言を言っても仕方ない。時間はたっぷりあるのでゆっくり読むとしよう。
実際前期はかなり楽をさせて貰った。この教授で無ければ俺はまだ内定を貰えず苦労していただろう。
「幾つか藤田君と内容が少し被るから、プログラムや数値の確認は二人でやってくれ」
「わかりました。 失礼します」
教授の居る部屋から退室し、帰ろうとすると研究室から丁度丘村と藤田が出て来た。
御昼時だし、教授の部屋は研究室の直ぐ隣りなので出くわしてもおかしくない。
「あ? 西城、来てたのなら顔出せよ」
「そうだよ! 先週は男の娘についてまだ半分も語って無いのに!!」
「……ヲイ」
「それはともかく、昼飯食いに行かねえか?」
「お、いいね」
折角なので丘村と藤田と一緒に昼ご飯を食べることにした。
就活が始まる前まではいつもの光景だったが、今思うとかなり懐かしい。
俺の大学の食堂は正直余り美味しく無く、料金も割高で量も少ないと生徒からは不評の嵐で、大学前のコンビニやファミレスの方が混雑するくらいだ。
俺達も態々美味しく無い物を食べたいとは思わないので少し遠出して安さと量が売りのファミレスに来た。
「俺はジャンボハンバーグのライスセットで。西城と丘村は?」
「俺もそれにするかな」
「うーん、悩むけど藤田と西城と同じ物で良いや」
このファミレスは大学からも比較的に近く、周りを見渡してもチラホラ大学生っぽいのが見られる。
何やら参考書やノートを開いている人達が多い。
「そういや今週からテスト期間だっけ」
「俺達四年はあんまり関係ないけどな」
「とか言って、目の前の丘村は必死に勉強している訳だけど……」
「ぐぬぬぬぬぬぬ……!!」
「去年、必修を落としたらしい」
「なるほど」
暫く談笑していると注文していた料理が運ばれてきた。丘村も勉強道具を置いて運ばれる料理を食い入るように見つめる。
流石に量が多い。三人共同じものを頼んだので相手の料理が運ばれるのを待つ事無く同時に食べ始める。
「テスト期間中ってことはもうちょっとで夏季休業期間に入るよね」
「大学に入って四年だが、未だに夏休みと夏季休業って何が違うのか分からねえ」
「本質は同じだろ。名称が違うってだけで」
「俺達も四年なんだし、最後に皆で何処かに行こうよ」
「お?」
「いいね」
ひょんな事から夏季休業中の話になった。
そう言えば休み中に遊ぶのも久し振りな気がする。
丘村の提案に俺と藤田も乗り気になった。
「何処行く?」
「海行こうよ、海!!」
「……男三人でか?」
海に行きたいと言った丘村に対し藤田の的確な突っ込み。
確かに男三人と言うのも妙な哀愁を誘うが、小太りオタクと見た目ヤンキーと特徴無しの俺の三人というのも目を引く組合せだと思う。
「ていうか丘村、就活大丈夫なの?」
「ぎゃああああああああああああ!!」
「西城、それ今は禁句」
「……わ、分かったよ、海でもどこでも行こう」
「さいじょおおおおおおおおおおおおお!!」
「お客様、店内ではお静かにお願いします」
「あ、スイマセン」
「御免なさい!」
「……」
丘村が叫んだりするので店員さんに注意された。
結局夏季休業中に海に行く事になった。
結果として海に行くのは男三人ではなく数人増えるのだが……、それはまだ先の話。
********
会計を済ませて店を出ると藤田が煙草を吸って一服していた。丘村はトイレに行ってファミレスからまだ出てくる気配はない。
ふと、俺の研究テーマが藤田と少し被っているらしい事を教授から聞いたのを思い出した。
「藤田、俺の研究テーマがお前と少し被るらしいんだけど――」
「ん、ああ、聞いてる。ちょっとした計算の理論値と実行値が合ってるかの確認だけだからそんなに急がねえよ」
「ひょっとしてもう終わっているのか?」
「いや、詰まってる。」
藤田は地元の親族が経営する営業所に内定が決まっていて俺達の中で一番早く就活を終わらせた。その為教授から渡された研究テーマも一番難しい筈だ。その分成績などは加味されているらしい。
藤田自身はヤンキーな見た目と裏腹に努力家なので多分かなり進んでいるのだろう。
藤田は口に煙草をくわえてから煙を吐いた。
「そのうち気晴らしにバイクで遠出しようかなって思ってる」
「ん? 何処までだ?」
「北海道。遠いから野宿も視野に入れて寝袋も買ったんだぜ?」
「へえ、本格的だな」
「ああ、海に行った後にでも行ってくる。 ……にしても丘村の奴遅いな」
「……確かに」
「二人とも何してんの? 遅いよー?」
「「お前を待っていたんだよ!!」」
どういうわけか入り口からではなく全然別の方向から現れた丘村に俺と藤田は突っ込んだ。
その後は大学に戻るという藤田と丘村と別れ俺は帰宅した。
********
それからまた二日が経ち、そろそろ来てもおかしくないと思っていたところに俺の携帯にお祖母ちゃんからの電話が来た。
「もしもし?」
『もしもし、ユウちゃん?』
「ああ、悠斗だよ。それより俺に電話ってことは……」
『明日の昼頃、由奈ちゃんがそっちに行くから迎えに行きなさいね』
「やっぱり」
『遅れちゃ駄目だからね』
「分かっているよ」
一緒に住むとなるからには色々相手にも配慮しないといけないだろう。
俺の住むアパートは2DKの家賃4万円。
幸い狭いが和室と洋室の二部屋が在るので寝るときは別々で良いだろう。まあテレビとか置いてあるので色々移動する必要があるだろうが、三塚由奈がどっちの部屋が良いかによって変えるつもりの為、今は移動させていない。
『そう言えばアイツから事情は聞いたの?』
「……出張で外国行っているとかで繋がらない。しかも一ヶ月!!」
お祖母ちゃんの言うアイツとは俺の親父の事。
お祖母ちゃんの家から帰ってきた時に、さあ取っちめてやると意気込んでいたのに肩すかしをくらった。
しかも帰ってくるのが一ヶ月後とか、どれだけ待たせる気だ!!