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俺と許嫁  作者: シラバス
5/13

対策






 夜とはいえ季節は七月の中旬、まだまだ蒸し暑い。 そんな中、俺と三塚由奈はとある広場で向かい合っている。


 結局、あの後バイクで二十分近く走った。三塚由奈の家は、例の長くて急な坂道を超えてスーパー密集地域の方向とは別の道の先に在った。車で三十分っていうのはたぶん安全で遅めに走っていたからだろう。


 一瞬、何でお祖母ちゃんの家の近くの空き地じゃ駄目なのかと思ったらバイクでその近くを通った時に直ぐ分かった。唯でさえ少ない道路灯がその周辺には全く無く、広場は見ていて不安になるほど暗闇に包まれている。


 三塚由奈が指定した広場には明かりが適度に灯ってあり相手の顔を見れるくらいには視界も確保出来る。この広場は集会場の前にあり、夏休みシーズンには余り規模は大きく無いがお祭りも行われる。お祖母ちゃんの家の近くの空き地は昔から誰も住んでいなく、近所の子供がボールなどで遊んでいるのが精々だ。道路灯の数の違いはその辺から来ているんじゃないかと思う。


 それはともかく、ようやくこの地に来た本来の目的を果たせそうなのだ。成り行きで夕食を食べたりバイクに乗せたりもしたが、俺の気持に変化は無い。許婚の話しの件について気になる点は多いが、それは親父から聞き出せば良い。ここで問題なのは三塚由奈自身の考えだ。




「で、早速昼間の話の件で話をしたいんだけど……、時間も遅いし幾つか簡単に聞くよ?」


「はい」



 既に時間も十時に近い。


 相手の御婆さんの家には俺が送ると連絡をしているが余り遅くなると心配するだろう。だから気になっている事の中でも今直ぐ聞きたい事を聞くべきだと思う。



「三塚さんは許婚の事を聞いたのはいつ?」


「一年前です。その時ちょっと色々あって……、その時に私のお祖母ちゃんから聞きました」




 んん? 今、あからさまに言葉を濁したよな?




 その「ちょっと色々あって」も気にはなるが今は置いておく。時間が限られているし、他に話さないといけない事と聞きたい事は沢山ある。それに、この話が本当なら許婚の話は少なくとも一年前にはあったという事になる。



「今後の対策って、三塚さんはどう考えている? このままいくと俺たちは半年間共同生活する事になるんだけど」


「確かに、共同生活は無理があります。私も反対です」


「じゃあ――」


「――ですが、お祖母ちゃんの悲しむ顔も見たくありません」


「……なんで御婆さんが悲しむの?」


「やっと話が進んだって喜んでいて……、言いにくいというか……」


「……俺のお祖母ちゃんも同じようなもんかも」


「西城さんは二十一歳ですよね? 世間的にはもう“大人”な訳ですから、やろうと思えば力尽くで断る事が出来るんじゃありませんか?」




 その事については何度か考えた。


 幾らなんでも個人の意思を無視して許婚や共同生活を強制される謂われは無いんじゃないかと。



 いっその事、全部嫌だと突っ撥ねればいいのだ。そうすればお祖母ちゃんだってもう何も言わないだろう。



 ……言うだけなら簡単だけどね。


 それを行うとしたら色々な物を失う覚悟をしなければならないだろう。そしてその失った物は簡単には取り戻せない。




「俺の場合は事情が全く分かっていないからね。自分の意見を通した場合、誰に迷惑掛けるか分からなかったんだよ」



 例えば、内定の報告をして初めて許婚の話を聞いた時に断っていたらどうなっていたか?


 それは今も分からないが、色々な人に迷惑掛けただろうということは分かる。



「……西城さんのお祖母ちゃんと少し考えが似てますね」



 その口ぶりから俺のお祖母ちゃんが車に乗らなくなった経緯を知っているようだ。しかし別に俺は似ているといった意識はない。多少回りを見ることが出来る人は必ず考えることだと思う。



「三塚さんも、成人したとか関係なく無理やりにでも断らない所を見ると俺と同じ事を考えてたんじゃないかと思うんだけどね」


「……そうかもしれません」


「三塚さんは許婚についてはどう思っている? このままでも良いと思っている?正直な意見を聞きたい」


「それは……、西城さんには申し訳ありませんが私はどっちでも良いという感じです。此処に住んでいる限りそういう人との出会いも無いでしょうし、私自身余り顔が良くないと言うか……」



 三塚由奈の意見に俺は一応納得した。昼間の様子を見ると許婚に関して心から反対している様にも賛成している様にも見えなかったからだ。


 あと、本人が言っている容姿は別に変じゃない。印象は普通というか地味な部類に入るが哲史も少し弄れば綺麗になると言っていた事もあり、案外整っている方かもしれない。哲史は遊び歩いている所為か女性を見る目に関しては良い方なのだ。



 さて、となると俺の意見次第となるわけだが、それはもう出ている。面と向かって言うのはかなり勇気がいるが、三塚由奈だって俺に正直に言ってくれたんだ。俺も正直に言おうと思う。





「俺は許婚に反対だ。三塚さんがどうって訳じゃなくて……、俺の恋愛観とか話しても仕様がないから省くけど、どんな人が許婚って言われていても断ろうと思っていた。昼間にも言った通り来年は大変そうだから結婚とかそんな余裕なさそうだし」



「そう、ですか」






 言った。とうとう言った。


 しかし何故だろう? 俺は人生で告白した事もされたことも無いが、まるで告白された相手を断った様な罪悪感が暴れまわる。



「……となると、やっぱりどうやって穏便にこの話を終わらせるかですよね? 共同生活の話もありますし……」



「それなんだけど――」



 お互いの考えている事を確認した事は結果的に回り道にはならなかったと思う。俺達二人に共通しているのは周りの人に迷惑を掛けないように話を終わらせる事。


 まあ、当人である俺達に迷惑を掛けて何をって感じだが、それはもう性格なので仕方ないと思う。それに、親父達の意図が分からない内に下手な行動は避けたいのだ。


 だから俺は三塚由奈の話を聞いて、一つの方法を思いついていた。





「俺は共同生活をしても良いと思う」





 三塚由奈が驚いた顔をした。当然だ、最初と百八十度意見を変えているんだから。


 問題は山積みだが、それもやり方次第だろう。お互いの気持ちが向いていないのなら寧ろこれが一番穏便に済む方法じゃないだろうか。




「半年も一緒に住む事になるんだったら、きっとお互いに合わない事も出てくるんじゃないかな?」


「あっ」


「それに半年は猶予が出来る訳だからその間に別の方法を探せば良い」




 そう、お祖母ちゃん達は結婚の前段階の練習として共同生活を提案したのだろうが、これには決定的な穴がある。


 何事にも相性という物はある。


 俺と三塚由奈が一緒に生活する上で「全く合わない事があったらこの話を無しにする」と言えば良い。実際に一緒に生活してから言うのだから、合わないと言う説得力もある。


 この方法なら二人は合わないと言う事で当たり障りなく話を終わらせられるだろう。


 お祖母ちゃん達の考えの裏を突いた形だ。しかも半年と言う時間があるのでその間に別の方法も考えると言う二段構え。ひょっとしたらもっと簡単な方法があるのかもしれないが、親父達の意図を聞いてから判断しても遅くは無いと思う。



「で、でも……」



 三塚由奈は決めかねている様だった。何故なのかは大体予想は付くけど。

 しかし、もうそろそろ広場に来て三十分になる、もう余り時間がない。



「俺との共同生活が不安でもそれはやり方次第でどうにでも対策が打てるし、もし嫌なら違う案を考えても良いけど――」


「ち、違います! 私は此処をずっと離れた事が無くって、その、不安なんです」



 俺の予想とは違った。俺との生活が心配と言われなかったのは少し嬉しいが、その答えに思わず噴き出してしまった。



「ははは、男と一緒に生活するより都会に行く事の方が不安なの?」


「あぅ……、そうじゃなくて! いや違わなくて?」




 三塚由奈は混乱して慌てふためいたが、本当に俺との生活が不安じゃないのなら説得も簡単だろう。寧ろそっちが不安だったらどうしようかと思った。無理に説得出来無いし。




「ああ、ごめん。でもなら尚更言ってみた方が良いよ。俺の住んでいる所も東京や大阪とかよりは劣るけど東北の中では都会の部類に入ると思うし」


「……」




 顎に手を当てて必死に考えている。




「最悪、半年間タダで旅行出来るって割りきれば良いよ」


「……分かりました。そこまで言うのなら宜しくお願いします」


「うん、いつから一緒に住むとかはお祖母ちゃん達が勝手に決めそうだけどね。半年間、宜しく」



 ある程度話しは終わったと思う。何か重要な事を忘れている気がするけど。


 とにかくもう夜も遅いのではやく三塚由奈を家に送る事にした。



「あの、送っていただいてありがとうございました」


「……まあ、もともとは哲史の提案の所為だから気にしないで」







 俺は三塚由奈が家に入るのを確認してから広場まで戻りバイクでお祖母ちゃんの家まで戻った。






********






 翌日、俺と哲史はお祖母ちゃんとお祖父ちゃんに挨拶してから高速道路をバイクで南下した。




「兄貴さあ、共同生活でどうしても合わない所があったらこの話は無しにって言ったんだって?」




 途中のパーキングエリアでコーヒーを飲みながら休憩していると哲史が唐突にそんな事を言ってきた。ていうか哲史が寝ている間にお祖母ちゃんに言った筈なのに……。




「……なんでお前が知っている?」


「まあ良いじゃん。それより大丈夫なのかよ? 俺的に兄貴と三塚さんはピッタリの様な気がするんだけど」


「そうか……?」




 俺と三塚由奈がピッタリと言われても全くピンとこない。




「……ひょっとして兄貴、心の中で三塚さんをフルネームで呼んでたりしてない?」


「――っ! お前、エスパー!?」


「いや、兄貴が分かりやすいだけっていうか……、ってマジだったのかよ!? 呼び方一つでお互いの距離が変わるもんだぜ。今度会ったら名前で呼び合ってみなよ」


「うーん?」





 それってどうなんだろ?



 俺と三塚由奈の関係はかなり微妙な所だ。半年間一緒に暮らして許婚の話を無しにするつもりなのにお互いの距離を縮めたら本末転倒の様な気がする。











そういえば



“お互いの気持ちが向いていないから”と言って共同生活を逆に利用する事を思いついたが、もし三塚由奈が許婚の話しに前向きな事を言っていたら俺はどうするつもりだったのだろうか……。



 考えても答えは出そうに無いので俺は考えるのを止め、コーヒーの空き缶を捨てバイクの方へ歩き出す。












 舞台は田舎から都会へ


田舎編(1)終了。



今さらですけどこの作品はフィクションであり、小説に出てくる人物・団体と関係ありません。

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