親睦
辺りが夕焼けで紅く染まる時頃、俺はお祖母ちゃんに買い物を頼まれスーパーへ買い物に来ていた。
田舎――地方のスーパーや電機屋、本屋等は消費者が買い易いように密集する傾向にある。スーパーが二件や三件密集しても別に良い事などは無いのに、何故か友人の藤田とツーリングで色々な所へ回っても何処も同じ傾向が見られた。お盆やお正月は人で溢れかえるので余り移動せず物を揃えられるのは助かると言えば助かるのだがそれ以外の日はがらがらだ。
しかも密集する場所が悪い。ここはお祖母ちゃんの家から車やバイクでも三十分掛かる。一応ちゃんと塗装された道路は通っているし一本道なので歩きや自転車でも行けることには行ける。だが途中に恐ろしく急な長い坂道があるため俺も弟も挑戦したことは無い。挑戦すれば俺と弟でも二時間は掛かるんじゃないかと見込んでいる。行ったら行ったで帰りもあるし、そう思うと挑戦する気も起きないと言うもんだ。
「兄貴、こんくらいでいいんじゃね?」
「だな。……しかし多いな、全部積めんのか?」
「まあバイク二台なら何とかって感じだな。帰りは下り坂だし、スピードは出さない方が良いと思うけど」
スーパーが気軽に行けない所にある関係上お祖母ちゃん達は余り買い物が出来ない。お祖母ちゃん達は車を持っていないし自転車も漕げない。特に車に関しては年齢的にもう乗らない方が良いと判断して自分から乗るのを辞めた。自分はともかく誰かに迷惑を掛けるかもしれないからだとか。全く、全国の事故を起こす運転者にも見習って欲しいね。
話が逸れたがつまり買い物が出来るときはまとめ買いになってしまい荷物が多くなってしまうのだ。
「早めに冷蔵庫に入れないといけないのは俺が一足先に持って行くから兄貴は電機屋で他の買い物宜しく」
「なんだ? 殊勝な事言いやがって。悪い物でも食ったか?」
「ええー? ただ刺身とか痛ませたくないだけなのにそんな反応されんの?」
「あー、はいはい。 分かったからさっさと行け」
「ひでえなあー」
要冷蔵の食材を持って一足先にお祖母ちゃんの家に帰る哲史を見送り俺は足早に電機屋へ向かった。
何故足早かと言うと去り際の弟の口元が妙にニヤニヤして気になったからだ。あれは間違いなく何か悪い事を企んでいる。
電機屋に入ると冷房の冷たい風が肌を撫でる。
外の暑さが嘘みたいに感じる店内ではスーパーと同じく全然客がいなかった。
しかも商品の並びが雑で何処に何があるのかも分からない。
「すいませーん」
「はいはいー」
仕方なく店員さんを呼ぶ事にした。店員さんも暇だったのか直ぐに来てくれた。
明らかに店長みたいな格好の人が来たのは予想外だったが……。
年齢的には俺とそう変わらない様な男の人だった。
「これと同じ電球と蛍光灯と電池の場所をお聞きしたいのと……、あと扇風機の配達をお願いしたいのですが」
「少々お待ち下さい」
電球や蛍光灯はお祖母ちゃん達が暮らしている家では生命線とも言える。お祖母ちゃんの家の近くには道路灯が無いので切れると本当に真っ暗なのだ。まあ寝るのが早いようなので余り実害は少ないように見えるが食事時などに電灯がチカチカしていると結構つらい。
別に家中の電球が切れた訳じゃないので沢山買わなくてもいいかもしれないが、買い溜めしておかないと俺と哲史が帰った後に電灯が切れた時困るかもしれないと思い余分に買っていく事にした。
扇風機は単純に来客用――この場合は俺と哲史が使う部屋に置いてある扇風機が壊れているのが発覚し買うことにしたのだ。お盆に家族で寝泊まりする時にも使うと思われるので無駄にはならないだろう。
まあ、届くのは明日なので俺と哲史は今回は一回も使わずに帰るのだが。
「では此方にお名前と住所をお願いします。電球と蛍光灯も一緒にお送りしますか?」
「いえ、そっちは持って帰ります。」
店員さんから場所を聞き、会計を済ませた俺は扇風機をお祖母ちゃんの家に届けて貰うためにお祖母ちゃんの家の住所と俺の名前を書いた。
紙を受け取った店員さんは一瞬驚いた表情をして聞いて来た。
「西城悠斗? ひょっとして“坂向こうの西城さん”の家の人か?」
「……たぶんそうですね」
“坂向こう”というのは例の長い坂を境目としたお祖母ちゃんの家がある側をさしている。更に曾祖父がこの辺では有名だったため高齢の人に名前を名乗ると偶に似たような反応をされる。
しかし若い人――俺と余り歳が変わらなそうな人にそう言われるのは初めてだ。
「そうか、たしか今日だったっけ……。にしても偶然っていうのは……」
「……?」
店員さんは何やらメモを見ながらブツブツと呟いていた。俺と同じくらいの歳で“坂向こうの西城さん”という名称を知っている店員さんが少し気になったので名札を見てみる事にした。
田舎――地方では偶にあるのだが、自分は知らないのに相手は自分の事を知っているという状況が何度かある。地方での人間関係の繋がりの強さを表しているのかもしれないが、実際話しかけられる方としてはかなり困る。
まず、挨拶したくても相手の名前が分からない。
なのに大学に入った時や成人式等ではお祝いを貰っていたりするので、お礼を言わないといけない。しかし電話で名前も知らない人にお礼を言うのはとても複雑だった。
だからこそ、名前を確認してお祖母ちゃんに知り合いなのか確認しようと思ったのだが……。
「(あれ、三塚……?)」
名札には三塚と書かれていた。
三塚という名字はこの辺で別段珍しくない。だが、ついさっきまで別の“三塚”と会っていた俺に偶然と言うには余りにも不自然だ。だからといって三塚由奈との関連性があるとも言えない。
俺も思考の海にドップリ浸かるかと言うところで店員さんが我に返った。
「……あ! では明日の昼過ぎぐらいには届くと思いますのでよろしくお願いします」
「あ、はい。お願いします……」
俺は何となくだがその店員さんの顔を頭に焼き付けていた。“三塚”という名字が気になったのかもしれない。まあ明日にでも忘れるけど。
用事が済めばもう電機屋に長居する必要もない。俺は来た時と同じくお祖母ちゃんの家に帰るため足早に店を出た。
……店を出るまで背後に視線を感じたのはきっと気のせいだろう。
********
お祖母ちゃんの家に帰った俺はまず言葉を無くした。
まず、目に入ったのは料理を並べるお祖母ちゃん。
次に哲史とお酒を飲んでいるお祖父ちゃん。
そして――
「あの、お邪魔してます……」
三塚由奈がいた。少し気まずそうだ。
まあ明日会う約束をしておいてその日に会ってしまうんだからね。俺も少し気まずいよ。
というか何故だ!?
何故さっき帰ったばかりの三塚由奈がいる!?
「兄貴おせえぞ~」
「……お前か」
そうだ、多分コイツが元凶。スーパーでニヤニヤしていたのはこの事を画策していたに違いない。殊勝な事を言っていたからといって哲史を先に帰したのは迂闊だった。
「いやあ、お互いの親睦を深めるには食事が一番ってね? お祖母ちゃんに提案したらトントン拍子に話が進んじゃってさー」
「オマエ、アトデ、ナグル」
「何故にカタコト!?」
事情は分かった。親睦を深めるためと言われたのならお祖母ちゃんやお祖父ちゃんも賛成したのだろう。
俺は内心で溜息を吐き、仕方なしに三塚由奈と向き合う。
「さっきは車で来ていたよね? 外には車が無かったけど、三塚さんの家からどれくらい掛かるの?」
「……車で三十分くらいですね。来る時は私のお祖母ちゃんに送って貰いました」
おいおい、普通に遠いだろ……。往復一時間だよ?
相手の御婆さん、ウチの馬鹿が無理言って御免なさいぃぃ!!
哲史は俺が責任持って殴ります!!
「あれ? でも確か約束した空き地って此処から5分も掛からない所にあったような……」
「あっ……」
三塚由奈は一瞬「しまった!」と言う様な顔をした。
……どうやら俺は三塚由奈に車で三十分掛かる距離を移動させようとしていたらしい。しかも二人で対策を考えると言っていた事を考えると、御婆さんに車を運転して貰う訳にはいかないだろう。
三塚由奈が免許を持っていれば話は別だが、もし持っていたら昼間の話し合いの時の移動で御婆さんに運転させたりはしないだろう。御婆さんも見たところ俺のお祖母ちゃんと同じぐらい高齢だったし、見ていて冷や冷やした。
しかし、となると空き地で話し合うと言うのは見なおした方が良いだろう。
「二人共、早く座りなさいー」
「ああ、そうだね」
「はい」
お祖母ちゃんに言われて俺と三塚由奈は料理の置かれたテーブルの前へ座った。奇しくも俺と三塚由奈が隣合わせになった。お祖母ちゃんの家のテーブルは結構大きいのでぶっちゃけ隣り合って座る必要も無いんだけどね。
でもここでその事を言ったらまるで意識しているように捉えられそうなので黙っている。別にならないし。
「兄貴、刺身無くなるぜ」
「あ、テメェ半分以上食ってんじゃねえか!? つうかこの盛り合わせ七人前だったのにどんだけ食ってんだ!!」
「俺の家は刺身なんて滅多に出てこないからな、食い溜めしておかないと」
「一人暮らしの俺の方が食べる機会少ないわ!!」
その後は和気あいあいと食事が進んだ。
「ふーん、三塚さんは一八歳なんだ?」
「はい、今年一九になりますけど、進学はせず自宅で家事の手伝いや畑のお世話をしています」
ねりねり。
うん、食事の場だと話が進む。簡単に歳や今の状況を聞き出せた。
雰囲気がそうさせるのか三塚由奈も質問を絶やさない。
「西城さんは大学生なんですよね? どんな事を勉強しているんですか?」
「情報工学かな。 プログラミング言語とかアーキテクチャとか基盤の――」
「??????」
ねるねる。
三塚由奈は理解しようと一字一句逃さないように聞いていたようだが傍から見ても頭の上にはてなマークが浮かび揚がりそうな程、難しい顔をして首を傾げている。
まあ知らない人に言ってもこんな反応だろう。前に家族全員同じ反応されたので慣れている。
「けっ、理系はこれだから」
「黙れ経済学部。今は手に職があった方が便利なんだよ」
「うあー、就活やりたくねー」
そう言うと哲史は現実逃避のつもりか、次のお酒を取りに居間から台所の方に向かった。
就活に関してはたぶん俺の様子を見ていただけ余計に不安があるのだろう。まあ、相談されたら相手になってやらない事も無い。
ぐりぐり。
うん、こんなものだろう。
「……ところで、西城さんはさっきから何をやっているんですか?」
「山葵と生姜とタバスコとからしとその他もろもろを混ぜた特別醤油」
余りに微量で見た目は変わらない。しかしその中身はえげつない威力を誇る俺の長年の経験が成せる作品だ。
「……何故それを弟さんの醤油と取り換えるのです?」
「え? 何のこと?」
台所から戻って来た哲史がそれを使ってどうなったか言うまでも無いだろう。
とりあえず笑いの絶えない食卓だった。
********
時計の針が九時を回った頃、テーブルの料理は片付けられて皆でお茶を飲んでマッタリしていた。
……何故か哲史は青い顔をして沈んでいたが、オレ、ゼンゼン、シラナイ。
「三塚さん、時間大丈夫?」
「あ、そうですね。そろそろお祖母ちゃんに電話して迎えに来て貰わないと……」
「兄貴、バイクで送ってやれよ……。メットは俺の使って良いから……」
「それは良いねぇ。ユウちゃん、是非送ってあげなさい」
「それよりお祖母ちゃん……、胃薬無い?」
案の定三塚由奈は帰りも、車で送って貰うらしい。そこで哲史は死にそうな声で俺に振って来た。
「え? でも……」
「いや、送っていくよ。道も暗いし、こんな時間に御婆さんに運転させるのも危ないよ」
酷い言いようかもしれないが本当の事だと思う。哲史は俺を上手く嵌めた積りだろうが、俺は始めからその事を見越して哲史とお祖父ちゃんがお酒を飲んでいても付き合わなかったのだ。
それに、結果的に二人になるので明日の約束まで待つ必要も無く今後の対策の話が出来る。
俺は哲史のバイクからヘルメットを取りそれを三塚由奈に渡した。
三塚由奈もそれを戸惑いながらも受け取った。
「丁度良いから明日の件の話を今したいけど……、時間は大丈夫?」
「そうですね……。そんなに長くは無理ですが少しなら。私の家の手前に広場があるのでそこまでお願いします。」
「分かった。しっかり掴まっていてね」
「はい」
俺は後ろから手を回してしっかり掴まっているのを確認してからバイクを発進させた。
目的地は三塚家の近くの広場だ。