客室
お祖母ちゃんの家に入るといつもの居間ではなく、曾祖父の代から使われているという今では滅多に使われない客室に通された。と言っても田舎の客室なんてそれ程立派な物じゃない。高そうな絨毯も無ければ立派なソファーなんて物も無い普通の畳み張り部屋だ。精々誇れるのは部屋から見える限りない緑の景色と見栄を張って買ったであろう座り心地の良い座布団くらいだと思う。
客室に入ると一人の女性がチョコンと座っているのが目に入った。恐らく彼女が例の許婚なのだろう。丘村の影響で許婚イコール金持ちだったり、凄い美女とかを想像をしていたが我ながら馬鹿だったと思う。彼女の印象はどちらかと言うと田舎の型にハマっている格好で地味な部類に入る。顔だって俺が言えるような立場じゃないが美人と言う様な感じでは無い。それこそ可も無く不可も無い“普通”と言った顔立ちだ。しかし髪の長さには目を見張った。座っているのに畳に届きそうだと言う事は腰ぐらいまであるのだろう。これは都会と田舎の両方で珍しい部類に入るんじゃないだろうか。
ようやく彼女の情報を幾らか得たが俺にはもう関係ない。相手がどんなに美女だったり好みの女性だろうが俺は既にこの話は無しにして貰おうと決めているのだ。相手が如何に好みの女性でも俺は一度決めた事を変える気はない。
「ユナちゃん待たせたねえ~。今、ユウちゃんを連れて来たからね」
「こんにちは、西城 悠斗といいます」
「こ、こんにちは。えと、三塚 由奈と申します……」
「……」
取り合えず挨拶はしておいた方が良いだろうと思って挨拶したら相手も詰まりながらも挨拶してくれた。ここで初めて許婚の名前が三塚 由奈だと言う事が判明。聞き覚えの無い名前なので丘村から借りた小説の様に昔の知り合いとか幼馴染といったオチは無さそうだ。つまり俺にとっては本気で見ず知らずの他人と言う事になる。
そして哲史が挨拶しないと思ったら部屋に入って居らず、襖の外に待機していた。だが盗み聞きする気満々である。あの野郎……。
「(兄貴、グットラック!)」
「(失せろ)」
哲史はビシッと親指を立てサムズアップするが俺は冷えた視線を飛ばしこの場から失せるように念じる。しかし哲史は気付いていないようで全く効かなかった。後でまた殴ろう。
何はともあれ、俺とお祖母ちゃんも見栄を張った分座り心地の良い座布団に座った。俺と三塚由奈が向かい合い、俺のお祖母ちゃんと相手の付き添いの人が向かい合う。まるでお見合い様だがドラマ等で見たお互いの格好や場所、雰囲気が全然違うためやっぱり違うんだと思った。そして相手の付き添いの人も両親という感じではなく祖母という感じだ。いよいよ怪しくなってきた。
「えーと、俺は今回の経緯について何も聞いていないんだけど、そろそろ教えてくれない?」
「え? 全く聞いてない?」
「うん」
「アイツさ何考えているんだべ?」
アイツと言うのはたぶん俺の親父だ。俺の説明要求にお祖母ちゃんが首を傾げるがそんなの俺が聞きたい。しかもお祖母ちゃん東北弁に戻っているよ。聞き取りづらくなるから標準語に戻して下さい。
そして俺とお祖母ちゃんの話を聞いていた相手の御婆さんがその言葉に反応したようだ。
「つまり悠斗君は全然知らなかった?」
「ええ、そうです。三塚由奈さんの名前もたった今知ったくらいですから」
「それは変だねぇ。ユウちゃんに許婚の事を教えるのを頼んだのはアイツなのに」
俺が相手の御婆さんに返事をしていると隣のお祖母ちゃんからまた新事実が発覚した。お祖母ちゃんは自分の息子――俺の親父をアイツと呼んでいる。つまり俺が親父に電話で質問を流されたときには親父はお祖母ちゃんに許婚の件で頼みごとをしている筈で、知らない訳がないのに知らなかったかのような反応をしたのだ。
親父の意図が不明である。
「……分かった、その件は親父に直接聞くとして、今日は何をするつもりだったの?」
お祖母ちゃん達は経緯や事情を知っている様なので深く追求すれば聞けるかもしれないが、俺は既にこの件は断ると決めている。経緯や事情を話さなかったあの親父は後でキッチリ問い詰めるとして、さっさと要件を聞いて断るタイミングを計った方が良いだろう。と思ったが……。
「本人同士の顔合わせとー、今後の打ち合わせとー、結納の話とか?」
「ちょおおおおおおおおおっと待って下さい?」
最初の二つは良いだろう。何も初対面で結婚ということは無いだろうし。しかし最後の結納、これは問題だ。結納と言っても実際何の事か分からない人も多いかもしれないが、結納とは結婚の確約に伴なう儀式の一つだ。これを行うと「結婚をします」という約束を正式に交わした事になり婚約者同士となる。そのあとで婚約破棄すると最悪慰謝料も発生する。つまり断るとしたら今じゃないとトントン拍子で日程が決まり何も対策が出来なくなってしまう。
「まず本人同士の気持ちは確認しないんですか!?」
「ユウちゃんについては大丈夫だと言われたけど?」
誰に、とは聞かなくても分かった。あの糞親父め……、人の性格を熟知してやがる。確かに俺は別に許婚が出来ようと全然構わない。付き合っている彼女でもいれば色々変わるのだろうが、今まで女性と付き合った事も無い。俺は恋愛自体に興味がないのだ。だからと言って結婚したくないと考えている訳ではない。いつかは誰か、と考える時は沢山ある。だから親が勝手に結婚相手を決めたと言われても実は全然抵抗感が無かった。
しかしそれは“今”じゃない。
「仮に俺は良いとしても、三塚さんの気持ちの確認も――」
「あ、私は大丈夫ですよ?」
「――ほら、三塚さんもこう言って……ってなにいいいいいいいいいい!?」
「あらあら」
「お熱いわねえ~」
な、何だ?
何が起こった?
お祖母ちゃんと御婆さんはウフフと気色悪い笑みを浮かべているし、襖の外にいる哲史は期待の眼差しでこっちを見ているのを感じる。
……失敗した。
俺の性格や気持ちがどうであろうとこの話は断るのは既に決めた事だ。遠まわしに三塚由奈に俺が断ろうとしているのを察せさせるつもりだったが、もっと強く直接的に言わないと駄目らしい。
因みに俺はこのとき、三塚由奈の返答に動揺していて、何故相手がそんな返事をしたのかに全く思考が至らなかった。
「お祖母ちゃん」
「ウフフ、どうしたの?」
「俺は来年から東京です」
「そうね」
「ソフトウェア会社です」
「大変そうね」
「給料少ないです」
「甲斐性無し」
う、うるさい!
まあ、と言っても初任給の話だ。実際に働いた事があるわけではないのでその後の給料がどうなるかは知らないけど、一年目はそれ程大きく変わる事は無い筈だ。
「つまりですね、来年は色々あって結婚はまだ早いと思うんですよ。実際いきなり聞いた話でしたし、ここは一旦許婚の話しは白紙にして――」
「うーん、つまりユウちゃんは二人で生活するのが不安ってわけね?」
「は? だから許婚の話しは――」
「なら大学の卒業まであと半年あるわけだし、その間に一緒に住んでみて練習してみたらどうかしら」
さっきから人の話に被せてきやがって……。
そして今、相手の御婆さんはなんと言った?
大学卒業までの半年を一緒に住む?
話しの流れについていけないぞ!
「あら~、それは良い考えね~」
「でしょう?」
「いやいやいやいや、それは問題があるでしょう? それに俺の部屋はそんなに広くありません」
三塚由奈の歳は知らないが、俺だって二十一の男である。いろんな意味で二人暮らしなど出来る筈も無い。
「部屋の広さは実際生活してみて判断すれば良いし、貴方達は許婚なんだから問題なんてないわよ」
東京に行くまで後半年だと言うのに狭かったら引っ越せと申しますかこの御婆様は。それに許婚だろうと今日初対面の二人が二人暮らしなど問題ない訳が無いだろう。などと思案していると肩をチョンチョンと叩かれた。
「えーと、西城さん?」
「ん?」
ここまでずっと黙っていた三塚由奈が俺にコッソリ話しかけてきた。
「ああなったら御婆ちゃんは止まりません」
「……どこか友人を思い出すけどそれは同感だよ」
オタク話になると止まらない友人の事を思い出し、げんなりとしながら頷く。そして三塚由奈は驚きの言葉を放つ。
「ここはお祖母ちゃん達の話に乗りましょう」
「ええ!? な、なんで!?」
「まず、この話し合いを終わらせないと話がドンドン進みます。なら話を合わせて終わらせ、後でお祖母ちゃん達を抜きで今後の対策を練った方が良くありませんか?」
「……確かに」
三塚由奈は発言が少ないため内気な性格と思ったが結構大胆な行動を起こす人のようだ。俺は彼女への見方を改めた。
「西城さんは今日ここに泊るんですよね?」
「うん、そのつもりだ」
「では明日の今と同じぐらいの時間にここから北に真直ぐ行ったところにある空き地に来てくれませんか?そこで今後の話し合いをしましょう」
「わかった」
彼女自身が許婚の件についてどう思っているかは分からないが、この場で話し合いをする気はないようだ。俺も変な方向に進む話し合いは終わらせた方が良いと判断したので先程三塚由奈と打ち合わせした通り、お祖母ちゃんの話を了承した。
その後は先程までが嘘の様にすんなりと話しが終わった。
今後の予定だとか結納だとかが半年の共同生活の件で今話し合わなくてもなくても良いだろうと判断され、思ったより話す内容が無かったからだ。
「では明日お待ちしてますね?」
「ああ」
帰り際に三塚由奈は俺にだけ聞こえるように囁いて御婆さんと車で帰っていった。ふと後ろを振り返ると哲史がいた。
「兄貴よお、どうすんの?」
「わからん」
哲史も心配してくれているのかそんな言葉を掛けて来た。断ろうにも何故か二人暮らしをする事になっているし、その前までは結納の話しまであった。俺が思っているよりこの件に皆本気なのかもしれない。
「俺的にあの子、ちょっと弄れば綺麗になると思うぜ?」
「そういう話かよ!!」
「ぐはっ!?」
そうだ、コイツが俺を心配するなんてあり得ん。
多少いつもより強めに殴って俺は今後の事に頭を悩ませるのだった。