表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺と許嫁  作者: シラバス
2/13

許嫁



「許婚っていいよな~」



「ぶふっ!!」

「あぁ? 丘村の奴は何言ってんだ?」



 祖母から唐突に許婚の存在を教えられた翌日。俺は内定を貰った事を先生や学校に報告するために大学に来ていた。

 一通りの報告を済ませて研究室を覗いてみると、友人の丘村と藤田がいるのが見えたので折角だからコーヒーでも淹れて一息していくことにした。


 俺の所属する研究室では四年が十人いる。

 三年が正式に入って来るのは夏季休業後なので再来月まではこの研究室には四年しかいない事になるが、その四年も半数は就活で忙しく、余り顔を出さない。

 この研究室の教授はかなり優しい方で、就活が終わるまで新しい課題を出さないので全然出席していないからと課題とか単位の心配もしなくて良い。俺も前期はそれにかなり助けられた。


 そんな研究室の中で特に親しいのが今、目の前にいる丘村と藤田だ。


 大学一年からの付き合いで、ちょっと肥満気味なオタクの丘村と金髪でヤンキー気味の藤田は普通に生活していたら絶対に友人にはならなかったと断言しても良い。


 工業系の大学に通う学生は極端に三つに分類出来て、オタクとヤンキー、そして普通っぽい人が共存している。そのため少々全体の雰囲気が独特だったりする。そんな中で綺麗に三つの各派閥にはまらず仲の良い俺達三人は大学内でもかなり珍しいだろう。


 まあそうなった原因というか出来事もあるのだが、今は置いておこう。


 問題なのは丘村が今言った発言である。

 余りにタイムリーな話題過ぎてコーヒーを噴き出してしまった。


「良いじゃん。 許婚って憧れない? 俺は彼女より“嫁”が欲しいんだよ。……出来れば二次元のだと尚良いよね」

「ゲッホ!!ゲホゴホ!!」

「お前が変なこと言うから西城が咳き込んだぞ」


 確かに丘村が言ったことに驚いたのも確かだが、一番驚いたのは昨日の今日で“許婚”という単語を聞いたからだ。

 オタクの丘村は偶にこんな話を振って来る事がある。いつもは適当に流すか返すが、今回ばかりはさり気なく丘村の意見を聞いてみたい。


「ゴホッ……。丘村は何でいきなりそんな話を?」

「ん? 昨日買ったラノベに許婚設定の女の子が出てきてね、その子がめちゃくちゃ可愛いんだよ」


 ラノベ……。設定とか身も蓋もないがそういえば最近小説やドラマも観てないし、架空の話でも参考くらいにはなるかもしれない。

 ぶっちゃけ非現実的過ぎて昨日の電話は直ぐに切ってしまったが、現代の許嫁の扱いはどうなっているんだろうか……?


「小説で許嫁って珍しいのか?」

「いいや? 貴族とか権力者が出てくるファンタジーとか、社交界とか上流階級が舞台の現代物、後は歴史物やコメディだと一般の小説でも珍しくないよ?」


 うん、俺の家は別に金持ちでも何でもないし昔からの仕来たりが残る由緒正しき家でもない。先祖が偉い武将だったという話も聞かない。ハッキリ言ってどれも当てはまらない。


 唯一、曾祖父がそこそこの資産家だったという話は聞いている。戦争で亡くなった人達の為に慰霊碑を建てたり、祖父母の住んでいる地域に高速道路を通す為に尽力したとかで曾祖父だけは地元で有名人だ。

 しかしそれも昔の話。そこから許婚の話に繋がる可能性は無いだろう。

 正直この問題を一人で考えるのは限界がある。俺の家庭事情を知らない丘村と藤田に話しても困らせるだけとは思うが、ひょっとしたら参考になる意見が聞けるかも知れない。

 だがここでも問題がある。



「丘村は現代でも許婚ってあると思うか?」



 俺の発言にどれだけ信憑性があるかだ。

 この話の流れで「俺、実は許嫁がいるんだー」なんて言っても冗談にしか聞こえないだろう。

 だから質問の返答で判断することにした。流れ次第では打ち明けるタイミングがあるかもしれない。



「ないよ、絶対」



 しかし丘村にバッサリと全否定された。当然、打ち明けることなど出来なくなったと言っていい。まあ普通はこういう反応だろう。

 と、ここで俺と丘村の話を聞いていた藤田が会話に入って来た。


「珍しいな、丘村がそこまで断定して否定するなんて。オタクなんだからそういうのは信じたりするところじゃねえの?なんか根拠でもあんのか?」


「オタクだからって言うのは納得いかないけど……。まあ時代が違うってのもあるよ。でもね、小説で取り上げられる許婚が上流階級の話ばかりの様に今の許婚ってどちらかというと政略結婚に近いと思うんだ。そりゃあ日本の何処かには親同士が決めた許婚がいる家庭もあるだろうけど……、それこそ数は少ないじゃないかな。許婚でも結局別の人と結婚することもあるだろうし」


 ……政略結婚か、それは考えていなかった。でも幾ら考えても俺と許婚になる事で発生するメリットはない気がする。

 そういえば許嫁って“親同士”が決めた相手だったっけ。なんでお祖母ちゃんが俺に教えたんだろう?

 これは親父辺りから聞きださないといけないな。




 その後も丘村と藤田に色々許婚について話をしていると流石に丘村も疑問を抱いたのか「そういや今日はやけに喰いつきが良いけど、西城は許婚に興味でもあるの?」と、質問してきた。



 丘村にそう聞かれ俺は思案する。これは打ち明けるチャンスなのだろうか?


 ここで考えてみよう。

 この場で俺に許婚がいるらしいということを事を打ち明けるとどうなるか。


『あははは! 面白い冗談だね! 頭大丈夫?』

『この暑さでとうとう頭が逝っちまったか……。もう就活は無いんだ、ゆっくり休め』


 ……百パーセント信じて貰えないだろう。




 だったらとる行動は一つしかない。


「ああ、内定貰って気分が良いから偶には丘村の話も聞いてやらないとな」

「ははは、それ内定を貰っていない丘村への嫌味だろ」


 結局誤魔化すことにした。

 言っても信じて貰えないだろうし、今じゃなくても、その内ちゃんと話せる機会もあるだろう。

 土日は許嫁の件でお祖母ちゃんの家へ行かなくてはならないし、今日は早めに帰って休む事にしよう。

 藤田の悪のりは予定外だが丘村も特に気にはしてないし、帰るために椅子から腰を浮かせる――

 

 ――と思っていたが丘村の目がキラリと光った。



「ふっ! 良いだろう、ならば今日は命一杯話を聞いて貰おう!」



「え?」

「ん?」



 俺と藤田の動きがピタッと止まった。

 嫌な予感しかしない上に丘村はポケットから手帳を出してパラパラと高速でページを捲り何やら確認している。

 俺は藤田と目線を合わせて逃げる合図を送ったが、遅かった。



「ではまず、男の娘の素晴らしさについて二時間ほど!!」

「男の……、娘だと……!?」

「に、二時間!?」


 ……墓穴を掘ったらしい。残念なことにこういうときの丘村は止まらない。

 藤田も顔が引きつっている。

 結局解放されたのは3時間後で、一息つく為に立ち寄った研究室で余計に疲れる羽目になった。




*****




 そして土曜日。


 俺は高速道路をバイクで北上していく。

 普段は親父が運転する車で通る道をバイクで通るのも変な気分だ。

 そもそもバイクは藤田とツーリングに行く時しか乗らないのでバイク自体に乗るのが久々だったりもする。しかも何故か俺一人ではない。


「兄貴、着いたな!」

「……ああ、着いてしまった」


 丘村から解放され家に帰った後、俺は直ぐに親に電話をして許嫁について聞いてみた。一瞬間を置いた後「ああ、そんな話もあったな」と流され呆然とした。しかも確信に触れる相手の事とか経緯等は一切聞き出せなかった。

 一人暮らしをする時はムキになって反対していたのに、何故か許婚の話はアッサリとしている。


 ……ていうか当人である俺へ説明不足にも程があるだろう。


 そして話を聞いていたらしい弟が面白がって着いて来た。

 弟は哲史と言い、俺の一つ下で俺とは違う大学の三年だ。今年から俺が最近終わらせたばかりの就職活動を始める予定だが、俺のように一人暮らしせず自宅通いのため金銭に余裕があるらしくお気楽にも毎晩遊び回っている。

 そんな哲史だが今回の話には興味を持っているみたいだ。多分次の飲み会とかでの話の種にでもするつもりだろう。


「哲史、お前が何を期待しているか分からないけど、俺は許婚の話は断るからな」

「えー! 何でだよ勿体無い」

「テメェ……、面白がっているだろう」

「あ、わかる?」


 弟は完全に野次馬根性で着いて来たようだ。取り合えず弟の頭を殴ってから家のドアを開ける。

 哲史との会話でサラリと言ったが、色々考えてこの件の話は断るという結論に至った。親同士が決めたことだが、結局は本人の意思の問題だろう。相手の人も案外無理やり話を出され嫌々で従っているだけかもしれないし。


 そもそも詳しい事を一切話さない両親に不信感があるのも確かだ。なんと俺はまだ相手の名前すら知らないのである。

 別に付き合っている彼女がいるわけでもないから許嫁が出来ても困る状況にはならないが、やはり現代社会で許嫁というのは上手くはいかないだろう。


 つまりこの話は断るのが最善。まあ既に親同士が了承しているので許嫁という関係や繋がりは変わらないかもしれない、だが相手本人と直接今後の対策なり対応の話しをした方が意思の疎通が容易になりお互い後腐れ無くこの話しを無かった事に出来るだろう。

 俺が今日此処に来た目的はそんなところだ。




「こんにちはー! 悠斗と哲史です。」

「お邪魔しまーす」


 外に見慣れない車が止まっていたので接客中かと思って勝手に中に入ろうかと思ったが直ぐにお祖母ちゃんがやって来た。


「ユウちゃんにサトシちゃんもよくきたねぇ~。さ、早くお上がり。相手の人も待っているからね」

「……ああ、詳しい話だけと言いつつ本人も来ていると」

「くっくっく、頑張れよ兄貴」


 もう一回弟の頭を殴ってから俺は相手の人が待つ部屋へと足を踏み入れた。

 何はともあれ、先ずは今日お祖母ちゃんに俺の意思を伝えて、後日相手の人を呼んで貰おうとしたが手間が省けたようだ。



 さて、情報が一切ない噂の“許嫁”はどんな人物かな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ