混迷のお祭り(2)
あの藤田とのやり取りから数日が経った。
依然として丘村は見つかっていない。丘村の親も事情が事情なだけに警察に連絡したりはしてないみたいだがこの調子だと時間の問題だと思う。
俺も人通りが多い所等ではよく周りを注意して丘村が居ないかを探していたが、余り効果は無かった。
「西城さん、どうかしました? 最近ずっと元気無いですけど……。疲れているのなら買い物くらい私一人で行ってきますよ?」
「御免。ちょっと考え事をね。大丈夫だからサッサと買い物を済ませちゃおう」
丘村の事は三塚由奈に話していない。
余計な心配を掛けたくないと言うのもあるが、見ず知らずの人間が行方不明になったと言っても三塚由奈が反応に困るだけだし、この手の話題はそう沢山の人に話すべきじゃないと思う。
そして数日という時間は俺と三塚由奈の共同生活もそれなりに慣れるには十分な時間だった。
俺の精神面へのダメージはまだまだ慣れないが、当番制にした家事はスムーズにこなせるようになったし、朝の三塚由奈は本当に寝相が悪いと言う事も分かった。同時に三塚由奈に俺が毎日夜遅くまで課題をやっている事にも気付かれた。
丘村の事は気になるが、どういうわけか課題は数日前までが嘘のように集中して取り組めた。お陰で今も少し寝不足だ。
三塚由奈はそれを気遣ってくれている様だが丘村が何処に居るか分からない関係上、外出する機会は多い方が良い。それにまだ三塚由奈もこの辺に慣れていないので此処最近は買い物に二人で行くようになっていた。
家から直ぐなので十分と掛からずスーパーへ着いた。途中、俺と同じ大学に通う学生らしき人物と何度かすれ違うが丘村の姿は無かった。
「今日は何買うの?」
「……西城さんは何か食べたい物ってあります?」
「三塚さんが作るものなら何でも食べるよ」
「じゃあ最近暑いですし、冷や奴と……」
手の込んだ物を作れない俺とは違い、家事手伝いをしていた三塚由奈の料理は一人暮らしでインスタント食品と男料理に慣れた俺に食事の楽しみを思い出させてくれた偉大な物だった。
今日は三塚由奈が作る日なので俺も内心では期待していた。
まあ、御陰で俺も下手な物を作れないと料理当番の時は戦々恐々なのだが。
「――じゃあ、西城さんは豆腐を見てきてくれますか? 私はお肉見てくるので」
「分かった、終わったらそっちに行けば良い?」
「はい、お願いします」
そう言うと三塚由奈は精肉コーナーへ足を向けた。俺も豆腐を見に行こうと顔を向けると、ジーっとこっちを見る人物がいる事に気が付いた。
「……」
「……森野?」
俺、藤田、丘村と同じ研究室に所属する唯一女性で四年、森野だった。
不思議な事に若干顔を青ざめ、目を見開き口も半開きでこの世の物とは思えない物を見た、そんな表情をしていた。
藤田と丘村とは違い俺だけは森野とサークル関係で研究室が同じになる前から交流が在ったのと、コイツの本性を知っている為、俺は森野に容赦がない
「なんだ、その俺を崇める様な眼は?」
「何でそうなるのよ!! 単純に驚いていたのよ、アンタ今誰と一緒に居たのよ?」
「お前には関係ない。それより丘村の件はお前も関わっているんだろ? どうなっているんだよ」
三塚由奈と一緒に居る事を見られていたのは予想の範囲内だ。実際このスーパーには大学の知り合いも利用するし、実際此処数日で顔見知り程度の奴とならすれ違ってもいる。
しかし藤田や丘村のような学外でも付き合いのある奴にばれなければそれ程影響はない。俺とある程度交流の在る者なら目の前の森野と同じ反応をするかもしれないが、総じて俺の大学の連中は誰が誰と一緒に居ようが基本気にしない方だ。
それより森野は丘村の件の当事者の一人だ。話題逸らしと同時に今どんな状況か気になるので聞いてみた。
「ふん、上手く話題を逸らした心算? 残念だけど、私はそれに関わっていないわ」
「は? なんで?」
藤田は青木と森野の三人で丘村の件を片付けるつもりだと言っていた。
食い違う意見に俺は混乱するが森野は尚も続ける。
「そもそも何で私が丘村を探すのに協力しないといけないのかしら? 私も流石に一度に五社も不合格なのは可哀想だと思ったから励ましてあげたのに、丘村が勝手に逆切れしたのよ?」
「……それはそうだが、森野だって就活を経験しているんだから丘村の気持ちもわかるだろ?」
「そうよ、だから励まそうと思ったわ。けどその後のアイツの行動に付き合う義理は無いの」
「……」
俺は何も言い返せなかった。
本来余り親しく無い森野に丘村を探す事を強制する権利は俺に無いし、森野の言った事にも一理あると思ってしまったからだ。森野は女王様気質というか自己中心的な所が在るのだが、言っている事は的を射ている。
だから性質が悪いとも思う。
「思った事を行動に出来るのは羨ましいけど、丘村の事情だって理解しているわけだし、少しくらいは協力しても良いんじゃないか?」
「……そうね、丘村を見かけたら西城に連絡するわ。これで良いかしら?」
「何故に俺? 藤田や青木は?」
「私が連絡先を知っているのはアンタだけよ」
「さいですか」
まあ、見かけたら連絡すると言ってくれているのだし、全く手伝ってくれないよりは助かるだろう。しかしまともに探しているのがこれで実質青木一人というのは凄い心許ない。
森野は丘村の話しはこれで終わりとばかりに話題を戻してきた。
「で、さっき女性は誰なわけ?」
「しつこいな、誰でも良いだろ?」
「良くないから聞いているのだけど」
「はあ? 何で?」
「……まあ良いわ、次に会った時にちゃんと聞くから。私もサッサと買い物を済ませないといけないしね」
「その買い物籠、インスタントばかりだな」
「うるさい!!」
森野も確かこの付近で一人暮らしをしている筈だ。女性専用のアパートとかで天文部の女性部員連中も何人かそこに住んでいたと記憶している。
というか森野も俺と同じ天文部だったりする。
三年の小井川さんも一年の飯澤さんと花崎さんも、同じアパート繋がりで森野が誘って入部させたのだ。天文部が他の部活やサークルと違い女性部員の獲得に成功しているのはそんな背景が在る。
俺も豆腐を持って三塚由奈の所に行こうとすると、森野はレジに向かおうとした足を止め、此方を向かずに言葉を発した。
「西城、丘村がブログをやっていた事は知っている?」
「ああ、オタク向けの情報サイトを作ったってかなり前に研究室で言ってたっけ」
「……そのサイト、一昨日更新されていたのよ」
「――!!」
「少なくともネット環境が在る場所に居て、丘村自身が無事なのは確かね」
「……そっか、教えてくれてありがとな」
「ふん、私が知っているのはそんくらいよ」
そう言うと森野はレジの方へ歩いて行った。口ではああ言っていたけど、森野も色々やってくれたのだろう。俺は心の中で森野に感謝しつつその情報を藤田と青木に送った。
そして少し遅くなったが豆腐を持って三塚由奈のいる精肉コーナーへ向かった。
精肉コーナーへ行くと特徴的な長髪の女性が直ぐに見つかった。しかし何やらぼんやりと眺めている。
「……」
「三塚さん?」
「あ、西城さん」
「花火大会のチラシを見ていたの?」
そう、三塚由奈が見ていたのは花火大会のチラシだった。ここ等辺では毎年行われている行事で、花火は駅前でも見れる為この時期に連動して駅前でも沢山のイベントが行われる。
そのため人通りが非常に多くなる日でもある。
俺は過去に家族と行った事が在り、その人の多さで気分が悪くなったのでそれ以来行っていなかった。
しかし三塚由奈は一度も行った事が無いので興味が在るのだろう。三塚由奈が住んでいる場所から気軽に見に来れる程近く無い。県内で行われる花火大会でも割と規模の大きい物だし、俺も来年東京へ行くので最後に見ておくのも良いかもしれない。
「行こうか? 花火大会」
「え、良いんですか?」
「ついでだから花火大会当日の昼頃に駅前へ行って前に言っていた服を買いに行こうよ。携帯とかも買った方が良いかもしれないし。後は時間までぶらぶらして七時開始の花火を見て帰って来るってのはどう?」
「それは良いんですけどやっぱり服は……、うーん」
また服で葛藤している。
女性の服って何処で売っているのか分からないけど、やっぱり調べて行った方が良いのだろうか。取り合えず俺は当日多めにお金を持って行った方が良いかなと考えるのだった。
それに三塚由奈には言えないが、当日丘村を見かける事もあるかもしれない。
いなかったらいなかったで三塚由奈を案内しながら花火大会や駅前のお祭りを楽しめばいい。
「ところで花火大会っていつだっけ?」
「明日です」
「明日!?」