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俺と許嫁  作者: シラバス
12/13

混迷のお祭り(1)








 研究室から出た俺は丘村について詳しい話を聞く為に場所を食堂に移した。


 話しの内容が内容なだけに食堂で話して良いのかと疑問に思ったが、昼時から少し経っているのと、美味しくないと評判が在る所為か席はがらがらに空いていた。


 これくらいの人の量だと別に誰かに聞かれる事も無いだろう。寧ろ藤田の顔にビビって誰も近付いて来ない。



「さて、まずは何から話すべきだ?」


「一応聞くけど、行方不明って病気や怪我でって訳じゃないんだよな?」



 食堂の空いている席に座った俺達は早速話を始めた。


 実は大学生の行方不明や音信普通というのは割と良く聞く話で、大体が病気や怪我が原因で入院する等で携帯も繋がらない状況なだけだったりする。


 大学側には休みの理由が伝わっている場合があるが、小中高のようにホームルームが無い大学では他の学生に休みの理由が伝えられる事も無い。そこから発生する誤解も珍しくは無いのだ。


 まずはその事についての確認を込めての質問した。



「それは県外から来て一人暮らしをしている奴に多い事だろ? 丘村は県内出身で自宅通いだから当てはまらねえよ。……て言うか、俺に丘村の親から電話があったから少なくとも自宅に居ないのは本当だと思う」


「えっ……? 丘村の親から電話があったのか? 何で?」


「……それについてはやっぱりファミレスで昼を食った日の事を話さねえとな」



 藤田は静かにあの日あった事を語りだした。



「さっきも言ったけどよ、あの日、丘村は研究室のパソコンで会社選考の結果を確認していたんだよ」



 会社選考の結果。内定を貰った俺でもその言葉を聞くと胃が痛くなる。


 そもそも会社の選考結果がメールで返ってくるのは殆どの確率で落ちている。大抵は受かっていれば書面で結果が送られてくるが、もちろん合格の結果がメールで届く会社も在り、不合格通知も書面で届く場合も在り、それは会社ごとに違うので一概には言えない。



「そうしたら五社からの結果が返ってきていてな、丘村も開く勇気が無かったんだろうな。その場に居た俺と青木と森野さんも巻き込んで全員でメール開く手伝いをしてやったんだよ」



 青木と森野というのは俺達と同じ研究室の四年だ。青木は丘村と同じ高校出身とかで丘村と一番親しかった。そして森野というのは理系大学ではかなり珍しく、女性だ。そして俺達の研究室で唯一の女性でも在る。



「青木は兎も角、森野まで手伝ったのか?」


「……丘村が騒ぐから煩かったんだろうな」



 丘村がメールの確認で騒ぐのも就活を終えたばかりの俺には頷ける話しだ。正直、会社選考の結果確認は怖い。


 この時期まで決まらなかったのだ、今までに何回同じ結果の文面を見て来たか分かったものじゃない。俺でも就活中に二通同時に結果が来た時が在り、その時は両方とも落ちているのを見てかなり気持ちが沈んだ。


 その事を考えると五通同時に来た丘村の不安も察する事が出来た。きっと一通一通の確認は気持ちが擦り切れるような思いだったに違いない。



「まあ、俺も青木も森野さんも五通もあればどれか一つくらいは受かっているだろうと思っていたんだけどな……」


「……無かったんだよな?」


「ああ、それで流石に丘村になんて言って良いか分からなくなって、つい言っちまったんだよ」








『運が悪かっただけさ、次を頑張ろうぜ』


『しゃきっとしなよ、気持ちを入れ替えないとまた落ちるよ?』


『こんな事もあるって! あんまり気にすんな!』



 それは皆の気遣いだった。普段、丘村と話しをしない女性の森野まで声を掛けると言う事はその時の丘村は相当酷い状態だったのだ。


 しかし三人の言葉は丘村に届かなかった。





『ふざけるな!!』



『!?』


『――!』


『お、丘村氏?』



 三人は驚いたのだろう。丘村が怒鳴る事なんて今まで無かった藤田も俺も、恐らく高校が同じだった青木も見た事が無い。俺も話しを聞いただけではあの丘村が怒鳴ったなんて俄かには信じられない。


 しかし、丘村の気持ちが少し理解出来る俺には三人のタイミングと何処の言葉が悪かったか理解していた。



「“とっくに頑張っている”、“気持なんて簡単に切り替えられるか”、“こんな事があったら気にするに決まっているだろ”。……丘村が言った事はそんなところか?」


「……凄いな西城、殆ど丘村が言った言葉そのものだ」


「就職活動をやっていれば誰だって一度は思う感情だと思うからね」



 就職活動が上手く言っていない人は軽い鬱病に掛かっていると言われている。そんな中で中途半端な励ましは本人を追い詰める結果にしかならない。


 無論励まそうとした三人にも全く非はない。丘村がそんな反応をするなんて予想出来なかっただろう。


 藤田は俺の言葉を聞いた後、自嘲気に呟いた。



「……俺はそんな事も分からなかった。だから丘村にも言われたよ」


「……何をだ?」










『親族のコネ内定の藤田には俺の気持ちが分かるか!!』



「――っ!!?」


 流石にその丘村の言葉には俺も目を見開き息を呑んだ。



「いや、分かっているんだ。俺の家も色々事情が在るんだけどよ、他の誰よりも早く就活を終わらせたのは事実だろ? 内定の報告をした時、何人か面白くなさそうな顔をしていたのには気が付いていた」


「藤田、丘村が言った事は……」


「たぶん本心じゃない、って信じたいけどな」



 気持ちが沈んでいる時に思っても無い事を言ってしまう事は普段から良くあることだ。


 それに、藤田は俺や丘村、他の研究室の四年の就活のサポートも積極に行ってくれた。それを知っている丘村が本気でそんな事を言ったとは思えなかった。



「俺も様子が気になったからさ、その日の夜に丘村に電話したんだよ、……出なかったけどな。俺も少し気持ちの整理をする時間が在った方が良いと思ってそれ以上電話しなかったんだ」


「そうしたら昨日、俺と別れた後に丘村の親から電話が在った?」


「そうだ。西城の部屋から出て直ぐだな。丘村の携帯から電話が来て、出たら母親だった」



 此処まで聞くと大体の状況が理解出来た。


 しかし一つだけ分からない事がある。



「なんでお前に電話が来るんだ?」


「携帯が置いてあって、丘村の携帯に最後の電話をしたのが俺だったみたいでリダイヤルで掛けて来たらしい。話しを聞くと家でもちょっと揉めたらしくてな。家を飛び出したって」


「携帯を家に置いて行ったのか……。じゃあ俺にもそのうち電話が掛かってくるのかな?」



 自分の子供の行方が分からなくなったらその知人全員に連絡をして確認をするだろう。でも俺の携帯にはそんな着信はない。



「いや、俺が西城悠斗の家にはいませんでしたって言っといた。お前は三塚さんの問題で手が一杯の様だしな。本来なら西城には知らせず、俺と青木と森野さんの三人で片付ける心算だった」


「……確かに俺は今色々大変だけど、友人が困っている時に何も知らないで過ごす方が嫌だ!」


「……そうだな、お前はそういう奴だった。でも、なるべくお前は三塚さんの事だけを考えていろ。丘村の事は見かけたら俺に連絡する程度で良い」



 それでも藤田は強情に手伝う事を拒んだ。何を考えているのか分からないが、そこまで強く言うのなら藤田にも何か考えが在るのだろう。


 丘村を個人的に探すくらいなら俺一人でも出来る。見かけたらまずは自分で声を掛けて様子を見ようと思った。



「……分かった。何かあったら俺にも連絡してくれ。今日はもう帰るよ」


「そうだな、俺も研究室に帰るわ」


「……って藤田は丘村を探しに行かないのかよ!?」


「西城、丘村が言った言葉を忘れたのか? 俺が見つけても丘村が嫌がるのは目に見えているからな、それは青木と森野さんに任せて俺は連絡係」


「なるほど」



 俺は藤田と別れた後、念のためラウンジに顔を出した。三塚由奈が迷ったら此処に来るように言っておいたのでもし居たら連れて行こうと思ったからだ。


 しかし三塚由奈は居なかった、多分迷わずに散策出来たのだろう。



「あれ~、西城先輩じゃないですか~?」


「ホントだ!」


「今日はどうしたんですか!?」


「うおっ!? 何故取り囲む!?」



 学生ラウンジをキョロキョロ見ていたらサークルの後輩に見つかり囲まれた。


 俺は天文部に所属し部長もしていた。就職活動が忙しく最近は全く顔を出していなかったため、後輩達は俺が現れた事に驚いたらしい。


 理系で女性は珍しいのに我が天文部は女性部員を何人か獲得している。今俺を取り囲んでいる三人も女子だ。


 確か三年の小井川さんと一年の飯澤さんと花崎さんだった筈、全く顔を出さなかったのでもう名前がうろ覚えだ。



「と、取り合えず今急いでいるからどいてくれない?」


「え~? じゃ、今度サークルに顔を出してくだいよ~?」


「そーだそーだ、サボんなー」


「いやいや、俺は今まで就活で忙しかった訳でしてね?」


「終わったじゃないですか」


「……ソウダネ」



 ある程度やり取りをすると彼女達も用事が在るのか直ぐに去って行った


 俺はしっかりと次のサークル活動に来る事を約束され、グッタリしていた。本来四年は自由参加なのだが、女子のあのパワーに負けて就活中も度々呼び出されていた。


 俺は溜息を吐くと帰る為に足を進めた。







********







 家に帰ると三塚由奈が居た。どうやら本当に道に迷わずに済んだらしい。



「あ、西城さん、お帰りなさい!」


「……ただいま」



 自分の家なのに自分の家じゃないような妙な感覚を感じながらもお帰りと言って貰えるのって良いなと素直に思うのだった。


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