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この世で最強の竜は、運命の番に出会えない

作者: 蔦子
掲載日:2026/08/29

※ジャンルは恋愛に分類していますが、恋愛せず、ヒーローも出オチです。竜要素も出てきません。

 私の名前はシャーリー。狼の獣人である父と元貴族令嬢の母を持ち、今年で三十二になる所謂仕事女である。

 なかなかに非凡な両親から生まれた子供だったが、髪の色も、顔立ちも、頭の出来も、悲しいくらい平凡な子供だった。父親譲りの濃い灰色の髪の毛と母譲りのオリーブ色の瞳はどこにでもある色彩で、父と母の落ち着いた部分だけを受け継いだシャーリーは、結果的に母や父のように目を惹く容貌とは遠い姿をしていた。家事も裁縫も運動も、全てをそつなくこなすけれども、特に秀でたものはない。両親が大恋愛をして生まれた子供であること以外、特にこれといったものがない。そんなシャーリーだが、ひとつだけ他の人とは違うことがあった。

 それは、シャーリーがシャーリーとして生まれる前の、全く別の人間として生きていた記憶があることだった。


 シャーリーとして生まれる前の人生では、この世界ではない世界に住んでいた。この世界よりもう少し発展した世界。この世界と違って、獣人はおらず、魔法もなく、貴族もいない世界。そんな世界で、シャーリーはやはり平凡な人間として生きていた。両親にも恵まれ、兄弟も優しかった。友人にも恵まれた。そんな世界で、シャーリーは『なんでもない』人間だった。誰かに何かを与えられる人間でも、誰かを傷つけることができる人間でもなかった。そんな人格が、生まれた時から完成されていた。誰に関わっても誰にも何も与えられない人物、それがシャーリーだった。

 前世のシャーリーは、幼い頃から、誰かが泣くことが嫌いだった。誰かが悲しい顔をするのも嫌だった。シャーリー自身も罵声を浴びせられるのが嫌だった。悪感情を向けられるのが嫌だった。みんなに笑っていて欲しかった。シャーリーも笑っていたかった。そうして、人を傷つけることも、傷つけられることも厭った結果、戦争もなく、身分制度もない世界で、シャーリーという人間は誰にも影響を与えず、ただ存在しているだけの人間となった。

 そして誰にも干渉せず、干渉されないまま、世界と隔ったままその生を終えた。


 シャーリーとなる前のシャーリーは自分のことが好きではなかった。だから、『人生』に続きがあったことに気が付いたとき、心から落胆した。神様がいるとしたら、なぜ自分の記憶を消さずにここに産み落としたのだろうか。

 その答えは、十歳の誕生日に週に一度の礼拝で祈っているときに与えられた。

『あなたは九度人生を得ましたが、一度たりとも己を愛したことがありません。己を愛するため、この十度目の人生では他人から愛されることを学びなさい。番(つがい)という名の運命があるこの世界で、他者から愛され己を愛することを学ぶのです。さすればあなたの心の器は埋まり、満ち足りた人生を送ることができるでしょう』

「は?」

 天啓とでも言うのだろうか。誰もいないのに、耳元で囁く不思議な声は、シャーリーにぞっとするような不快感を与えた。

 どうやら、この世界では、運命で結ばれた『番』という相手が存在するらしい。広く語られるもののおとぎ話の類かと思っていたそれは、神と呼ばれるその存在に直接肯定された。

 神様はご丁寧にも、すべての生命に対して『番』という名の相手を用意し、その番が幸福になるように祝福を与えてくれたそうな。番であるものだけが相手に与えられる多幸感はこの世の何よりも甘美であるそうだ。神様はご丁寧に、シャーリーにもその番を用意して下さったらしい。そしてそれは『誰とも深く関わりたくない』というシャーリーの願いに反した祝福だった。

 シャーリーも、番に出会ったら多幸感に包まれるのだろうか。愛し、愛されたいと願うのだろうか。

 仮にそうだと考えるとぶるぶると身が震える思いがした。

 番という名の運命がなかった世界を知っているシャーリーにとって、それは運命などではなく、ただの『呪い』だった。番という中身のない愛で多幸感を得たからといって、自分のことを愛すことができるようになるとはとてもではないが思えなかった。『呪い』のために、相手を愛してしまうことも、それ以上に見知らぬ運命から愛されることも嫌だった。シャーリーが最も嫌いなシャーリーのことを、運命という無意味な理由で肯定されたとき、平常心でいられる自身がなかった。

 そう、神と名乗る存在に訴えるも、神は聞く耳を持たない。

『いえ。深く愛されることで己を愛することを学ぶべきなのです。この世界の生き物の、つがいへの執着は本物です。つがいを愛おしむために生まれてきた生き物は、つがいなくして生きられません。あなたもつがいなくしては生きていけないでしょう。神が用意した「自己肯定感修復プログラム」は、必ず実行されます。神の言葉は有言実行なのです。シャーリー。人間は自分自身という存在から、目を背けることは出来ないのです』

 いやいや。そんなのはいらない。とんだ幸せの押し売りである。

 シャーリーが否定したそのとき、神と名乗るその声がくすりと笑った。その瞬間、真綿のロープを首にかけられたような悪寒が、ぞわぞわと背筋をかけあがった。自分と知らない誰かに勝手に縁が出来てしまったような、そんな感覚。シャーリーは声のしなくなった聖堂で自分の身体を抱き締め、その悪い予感を心の底に押し込むようにひとつの大きな決断を下した。前の人生と同様に世界と隔絶して生きていこうと。神様には悪いが、今世も誰とも関わらず、名もなき傍観者として人生を終えてやる。そう。必ず。私は番なんか作らず人知れず静かに生きて、どこかで静かにぽっくり死のう。

 そう心に固く誓った。


 それから、十四歳の春に就労を理由に家を出た。学校にも行かず家の手伝いばかりしていたと思えば、いきなり職を見つけたといって家を出たいと言う娘に、両親はどこまでも寛容で優しい人たちだった。「いずれあなたにも心から愛して寄り添う人ができるわ」そう言ってシャーリー送り出してくれた両親に、シャーリー親孝行だと思って精一杯笑顔を作った。

 何があっても自分を尊重してくれる父母。完璧な、愛し合う夫婦。その存在はシャーリーのコンプレックスだったけれど、心から大切な家族であることも事実だった。ただ一言、「早く番が見つかるといいわね」という一言。それだけがシャーリーのささくれだった心を苛み、最後まで素直な本心を打ち明けることはできなかった。この世界に生まれた父母とは、どうしても分かり合えない価値観。そして、これはどうしようもないことなのだということを、シャーリーは分かっていた。

 連れ合いが出来たら手紙を書く。そう言って家を出た。その手紙を送ることはいつまで経っても来ないだろうということは分かっていた。


 シャーリーが就職した先は、魔法理論を研究している初老の魔法使いだった。

 住み込みで弟子を募集。募集人数一名。辺境にて待つ。

 そんな張り紙に興味をそそられるのは、その老師の分野を志すかシャーリーのような変わり者かのどちらかだろう。シャーリーは張り紙の連絡先にすぐに連絡をとった。色々な条件がシャーリーの求める条件と合致していた。

 まず魔法使いは既婚者で番がいた。そして子供も弟子がいなかった。場所は世間と隔絶した山の上で生活をしていて、学会などにも参加せずひたすら本と紙に向いあう生活。必要な物は馴染みの商人から取り寄せ、山を降りる必要もない。仙人みたいな人だなと思った。当然のことながら、そんなニッチな募集に応募する物好きはおらず、すんなりと就職が決まった。

 ただ、すんなりといったのは就職までで、条件だけで選んだ職場は当然のことながら右も左も分からず、苦労の連続だった。老師は無表情な人で、問いに答えられないシャーリーに嫌な顔も優しい顔も向けなかった。シャーリーはその無表情に、後ろ向きな想像をしては落ち込みながら、無我夢中で勉強に勤しんだ。役に立ちそうな本を片っ端から読み、それを糸口に少しずつ理解を深めていった。辛いと思っていたのは最初の三年くらいで、五年もする頃には少しずつ老師が言っていることがわかるようになっていた。そして十年経つ頃には老師の人となりが少し分かってきた。亀のような歩みだったが、着実に前に進んでいる実感があった。

 変わらない環境。変わらない関係。穏やかで変化のない日々、ただ知識だけが積み重なり、理論だけが前に進んでいく。

 そんな静かな日々の積み重ねがシャーリーの心に何年も降り積もった。そして周囲にいる人への情だけが、少しずつ大きくなく。シャーリーの周囲にいる人は、後ろ向きで卑屈なシャーリーのことを、許してくれるひとだった。二十年経つころになって、ようやくそう思えた。それから、少しだけ、シャーリーは自分の気持ちに正直になることができた。そこから、少しずつ息をするのが楽になった。老師と、先生の奥方さんとシャーリー。途中から弟弟子が出来ての四人での生活。

 変わらない人間関係の中、まずは弟弟子がやりたい研究ができたと老師のもとを巣立って行った。その十年後に先生の奥方が亡くなり、その後しばらくして先生が亡くなった。それから、シャーリーは老師の研究を一人で引き継ぎ、八十でこの世を去った。シャーリーが望んだ、静かで満ち足りた人生だった。



 そして、次に目が覚めたとき、シャーリーは再び赤ん坊になっていた。

 また新たな生が始まってしまったのか…そう落胆する間もなく、より衝撃的な事実がシャーリーを襲った。

 シャーリーを産んだのは、懐かしいあの父母だった。シャーリーは再び産まれ直したのではなく、時間が生まれたころに戻っていたのだ。

 シャーリーを取り囲んでいたのは記憶に懐かしい若かりし頃の両親で、彼らは自分のことをシャーリーと呼んだ。部屋も、記憶の中の実家と同じだった。成長して五歳になるころにはそれは確信に変わっていた。シャーリー以外のあまねく全ての時が巻き戻り、あの八十年がなかったことになっているということに。

 一体、何故時間が巻き戻ったのだろうか。一番原因としてありそうな神からも音沙汰がなかった。十歳の誕生日は流石に何か聞けるかもしれないと、あの日から行かなかった聖堂にも行ってみたが、うんともすんともなかった。

 シャーリーは頭を捻ったが、当然原因は分からない。分からないが、シャーリーを以外の全てのものが過去と同じ軌跡を辿っていることは分かった。だとしたら、シャーリーがすることは一つだ。

「先生、今日からよろしくお願いします」

 二度目の人生も先生に弟子入りした。

 一度目よりもスムーズにその環境に慣れることができたシャーリーは、前世で出来なかった魔法理論の歴史に関する論文をまとめることができた。ああ、いい人生だったな。そんな満ち足りた気持ちでベッドに横になり、そして気づいたら時には………お察しの通り、また赤ん坊に戻っていた。


 シャーリーはそれから死ぬたびに、赤ん坊からやり直すことになった。

 一度目以降、神の声は聞いていない。この繰り返しに何の理由があるのか分からないし、興味もなかった。そもそもこの繰り返しが、シャーリーを起点に起こっていることかさえ分からない。世界が記憶を失うにも関わらずシャーリーが記憶持ち続けること、そしてそれと時間が繰り返されることの因果関係を疑問に思ったこともあったが、それほど興味はそそられなかった。なぜなら、シャーリーは繰り返される人生に、満足していたからだ。

 自分というとるに足らない人間を愛し、寄り添ってくれる師父母や弟弟子ともに歩める人生は満ち足りていたし、いくつ人生があっても足りない魔法論理学の探求に人生の大半を費やせるのは嬉しかった。最初は条件で選んだ職場だったけれども、コツコツと実績を積み上げていく魔法論理学の研究はシャーリーにとっての天職だった。心から尊敬出来る師匠と充実した研究環境。少しずつ研究がシャーリーの身になり形になっていく中で、シャーリーは自分の事を肯定的に捉えられるようになっていった。それは、他でもない、師匠である老師おかげだ。シャーリーの師はあまり分かりやすく褒めることはしなかったけれど、シャーリーの努力する姿勢を折に触れて肯定してくれた。やり直しとともに身につけていった知識でなく、研究者としてのシャーリーの姿勢や人となりを評価してくれた事実は、少しずつシャーリー自身を肯定してもいいという気持ちにさせてくれた。師匠のおかげで、繰り返すシャーリーの人生は安定し、色づいていた。このまま何度繰り返しても、師匠の元で魔法理論を探求していくんだという強い思いがシャーリーの真ん中にあった。

 そんな楽天的な考え方を続けた十度目の人生で、シャーリーの静かな人生は突如として終わりを迎える。


「ようやく見つけた…私の運命……」


 怖いくらいに顔が整った男が、どぶのように濁った瞳でシャーリーに縋ってきた時、シャーリーは今までの繰り返しの理由を直感的に理解した。

 女神さまが用意したシャーリーの番は、自己肯定感がこのうえなく低いシャーリーのための正(・)し(・)く(・)規(・)格(・)外(・)の(・)存(・)在(・)だったんだろう。

 こんな取るに足らない番に出会うため、何度も時間を巻き戻し、やり直すくらいには。

 時を戻す。

 もちろん、そんな事が平凡な人間にできる筈がない。そんなことをやってのけるのは、非常に非凡で、規格外の存在だと決まっている。そんな人を、おそらくシャーリーがこうしてしまった。

「ようやく…ようやく会えた……私の番。…私の運命……。私は、君のために、生きてきたんだ……」

 そう言って見知らぬ男がシャーリーを抱きしめる間、シャーリーは大昔に神が言っていた言葉を思い出した。


(この世界の生き物の、つがいへの執着は本物です。つがいを愛おしむために生まれてきた生き物は、つがいなくして生きられません)


 あの時軽く捉えていたその言葉の意味を、シャーリーはようやく正しく理解した。

 女神さまの思し召しにより、シャーリーの自己肯定感を高めることを目されるほど信心深いか愛情深かった彼は、捻くれたシャーリーの抵抗により、人生を通じて番に出会う事ができなかった。そんな彼は、きっと持ち前の技量を使って、出会えなかった人生をやり直すことにしたのだろう。何せ、女神様のお墨付きをいただくほどの人物である。時を戻すほどの技量を持っていてもおかしくない。そうして人生をやり直して、またやり直して……シャーリーがすくすくと自己肯定感を育ていた中で、彼はきっとゆっくりと病んでいったのだ。番を探し、番を求め、それでも出会えず。そして、そんな理由を自分に見つけたのだろう。

 なにせここは、神(・)か(・)ら(・)番(・)が(・)約(・)束(・)さ(・)れ(・)た(・)世(・)界(・)だ。そんな中で番に会えない理由を、自分の行いや性質によるものだと思う人間が多いと、そう師父に聞いていたのに。

(迂闊だった)

 そうシャーリーは初めて、自分の能天気さに後悔した。

 もちろん広い世界の中で、番に出会えないで一生を終える人間は少なくない。

 やり直しだって、二度や三度であれば、耐えられただろう。けれど九度人生をやり直しても番に出会えなかったことにより、彼の自己肯定感は完膚なきまでに砕かれたのだ。

 お前は、番に出会えなくて大丈夫なのか?そう心配して下さった師匠の言葉が今更ながらに思い起こされる。

(やった。やってしまった………。)

 彼は、おそらくシャーリーが最も苦手とする部類の人間だろう。しかしここでシャーリーが『貴方に会いたくなくてずっと引きこもっていました』なんて言えば、シャーリーか彼かは分からないが、たぶんおそらく人死にがでる。

 

(神が用意した「自己肯定感修復プログラム」は、必ず実行されます。神の言うことは、有言実行なのです)


 確かに、自己肯定感修復プログラムは、間違いなく実行されるだろう。

(やってやろうじゃないの!!!)

 そうして、半ばやけっぱちになりながら(シャーリーによる)シャーリーの(安全を守る)ための自己肯定感修復プログラムは、こうして幕上げとなった。

つづきません。

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