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最後で最初の笑いの種を

作者: 楼源
掲載日:2026/03/28

『もし世界が終わるなら、何をするか』


 退屈な授業の中で、友人との他愛ない会話の中で、現代の平和な日本に生きる誰かのうち少なくとも一人くらいはこのことについて考えたことがあるだろう。


 自分だったらこうする、僕だったら、私だったら。互いに意見を出し合った後に、それぞれの意見を肯定したり否定したりして、ありもしない妄想に一時浸る。そして最後には一時の些細な思い出として、記憶のどこかにしまわれる。実際俺も話したことはあるが、確かにあれは面白かった。


 まあ、それはさておき。そんな話をするとき、上がって来る意見といえば、決まってどこか叶いそうにない夢のようなものじゃなかっただろうか。


 真面目に考えるなら、それらしい意見なんていくらでも出せるだろう。ただ、何故か人々は空想のような事ばかり口にして、ああだこうだと言いながら笑いあう。それはきっと、話の話題自体が日常からは想像しえないものだからだろう。


 もしもというのは実に自由だ。そう言ってしまえば、どんな馬鹿なことだって好き勝手に語れる。そして、これもまたもしもだが、それにもかかわらず生真面目に考える人間がいたとしたら、きっと最後には、どんなものよりも自分の意見をばかばかしく感じて終わるだろう。


 だって、ありもしない事をいくら真剣に考えても、答えはくだらないになるのだから。



「……なんて、いちいちそんなこと考えてる俺もか」


 脳内で結論を出したうえで、さらにその結論に結論を付けた俺は、吐き出すようにつぶやく。あまりに暇だったんで考えてみたが、やっぱりそう真面目に考える物じゃなかった。それに、今現在考えて大して面白いものじゃない。



だって、もう終末はきてしまったから。



※※※※※※



 世界がどうして滅びたかなんて、面白くもないことを語る必要はない。ただ、言うだけ言っておくとするなら、人類は大まじめに馬鹿だった、そして、自然というものはそれよりも遥かに大馬鹿だった。


 そして、その結果世界は終わり、この世で最も繁栄していた生物にんげんは、大体99%程が消えた。そして、残った僅か1%に、俺は奇跡的に滑り込んだ。


 便利さに染まりすぎた人間だったが、知恵というものは未知でこそ発達するようで、世界が終末を迎えた後でも、俺はなんだかんだでその命を過ごしていた。それこそ、こんな風に考える事だけに浸るほどには快適に。


 いや、文明社会と比べればずいぶん不便ではあるが、俺は高尚な研究者なんかじゃなかったもんで、ある程度まででもう満足してしまったから、これ以上何かが発達することはないだろう。


 変わってしまった、変わらない日々。でも、いま生きていればそれでいい。途方もない多くの人間が生きれなかったその先で、平穏な日々を生きているんだから。



『じゃあ、その先って何があるんだろうな』


 くだらない思考をしてからしばらくが経った日、そのことを聞いた奴が、そんなことを言ってきた。


 そいつもまた、限りある1%に入った奴の一人で、普段はお茶らけている癖に、そういうときに限って妙に理性的なことを呟く奴だった。


『その先って、どの先だよ』


 そう聞くと、そいつは真面目な笑みを浮かべながら、


『奇跡的に生き残った奴すらいなくなった後の話だ』


 随分と真剣そうにそう言った。



 生物というのは、本質的には子孫を残して繁栄するために生きている。三大欲求の中に性欲が混じっているのは、個ではなく種の存続のためだと誰かが言っていた。


 数少ない人類の生き残りである俺たちも、きっとそうするべきではあるのだろう。だが、生憎俺が平穏に生きる場所はメスなどおらず、それどころか気づけばいい年になった冴えないオスが二人だけの、むさ苦しい楽園だ。


 そして、そうである以上、俺たちがいつか来る死を素直に迎えたら、ここにはきっと何も残らないだろう。そんなこと、知恵がある人間なら百も承知の話だった。


 だが、それが分かっていても、俺は何かをしようとは思っていなかった。だって、する意味がないから。


 人類が俺たちホモサピエンスへとたどり着くまでに、およそ百万年ほどかかった。その間に生まれた他の人類は全て滅び、最後には俺たちの一人勝ち、というのが有史以前の人類史だが、仮に俺たちが全てこの地球上からいなくなったとして、この世界に俺たちと同等の何かが生まれるまでには、一体何年かかるというのか。


 いや、そもそもの話、俺たちの後継になるような存在が生まれることはあるのだろうか。


 そう考えると、仮に俺たちがここで何かをしたとして、きっと歴史という大きな本の中では一文字にすら及ばないようなちっぽけなものでしかなくて、意味なんて、何一つないだろう。


 そう、意味なんて、何も――――――――



『でも、それはなんていうか、少しだけ、寂しいな』


 聞こえた声で、気づけば体は横を向いていた。すると、当然のことだが、隣にあるものが目に入る。


 そこには、いつものお茶らけ野郎でも、ふいに訪れる理知タイムの真面目野郎でもなく、少しだけ悔しそうな、俺の……、俺の、最後の友人がいた。



※※※※※※



 俺が奴と出会ったのは、終末の一人暮らしに慣れ、そして、慣れすぎて孤独に成れ果てそうだった頃だった。


 最初に奴の姿を見た時には、俺は幻でも見たのかと思った。ごまかし誤魔化し生きていても、何かに面影を感じ、何かで感傷に浸るたび、どうして誰もいないんだ、どうして俺は一人なんだ、どうして、どうして俺だけ生きているんだと、どれだけ叫んだことだろう。


 そして、それは奴も同じだった。けど、俺と奴で一つ違うところがあるとするならば、俺は諦めて、あいつは諦めなかったことだ。



 あいつは、旅をしていた。理由としては、一人に耐え切れなかったらしい。ただ、そこで俺は無気力になったが、あいつは一縷の望みを抱いた。


 “どこかには、まだ誰かがいるかもしれない”



 世界が滅びていく中で、俺は、俺たちは、何人もの死を眺めてきた。初めは99%の消える様を、遥か海の向こうまで。それからは、何とか生き残った1%の仲間が、様々な理由で死んでいくのを。



 生きる気満々だったあいつは、病でもがき苦しみ死んだ。


 前なら、薬で治る病だった


 ずっと明るかったあいつは、たった一人で突然死んだ。


 明るさは、ずっと作り物だった。


 皆を勇気づけたあいつは、見るも無残な姿で死んだ。


 勇気に、力は伴っていなかった。



 どれだけの理不尽があったか、全部俺は覚えている。理不尽にあったせいで、おれ以外は死んだから。


 だから、俺は諦めた。理不尽は、もっとたくさんあるだろうから。


 でも、奴はそこで考えた。理不尽で死ななかった奴が他にいるんじゃないか、だって、自分は生きているのだから。


 そうして、俺が平穏を苦痛に生きる中、奴は苦痛を平穏に生きた。


 旅の道中、どれほどの苦難があったかは想像に難くない。ただ、この場所で一人ぼっちで生きているよりは、ずっと希望にあふれていたであろうことは、もっと想像に難くない。


 そして、旅の果てに俺と出会った時、奴は、ただ笑った。そして、一言。


『やっぱり』


 わかっていなかったくせに、わかっていたようにそう言った。



 そんな奴が、悔しそうに寂しいと、諦めるように、そう言った。


 そして俺は、それがどうしようもなく悔しかった。



※※※※※※



『……ほんとにやるの?』


 準備をしている俺に対し、奴が怪訝そうに問いかける。それに俺は、


『……ああ、やるさ』


 はっきりと、笑いながらそう言った。



 『これより、終末お笑いショーを始めます!』


 高らかな宣言を終えると、そこから始まったのは、実にくだらない、素人の考えたお笑いだった。


 どこかで見た、誰かの何かの真似事。そのどれもが、俺がかつて大笑いした記憶のある何かだった。


 俺が文字通り滑稽な何かを見せるたび、奴は点数を付けた。10だと寂しいので、100点満点。その分、点数は実にシビアだった。そして、何より、俺と奴とではあまり笑いのツボが合わなかったらしく、奴の口元はピクリとも動かず、それは、俺が体験した何よりも理不尽さを持っていた。


 ただ、それでも俺はやり続けた。実にくだらない、滑稽な何かを。


 それは、友人に笑ってもらうために。


 そして、この世界に、一つ、俺たちが残すために。



 ※※※※※※



 もし、俺たちがいなくなって随分と経った後。新たに俺たちのような何かが生まれて、そして、奇跡的に俺らが生きていたことを示す何かを見つけたとして、そいつらは、一体何をするか。


 疑問に思うのか、探求するのか。答えは様々あると思うが、きっとまずは、「これはなんだ」と、話題に上げる事だろう。


 そして、見つけた何かについて真剣にあれこれ話したり、不真面目にあれこれと憶測をいったり、そんなことをして、そして、きっと最後には、何でもいいや、と笑うのだろう。


 それが、こんなくだらない笑いのネタを記したものだとも、そのネタにシビアな点数を付けたものだとも、彼らはきっと知ることはない。でも、それでも、彼らはきっと笑うのだろう。



『ぶっ、あはははははははは!!』

 

 ネタが尽いてなおよい点数は出ず、それが無性に悔しかった俺が最後に出した、自分ではくだらなすぎて笑えそうにないそれで、奴は大笑いした。


 点数は、百億点。全てのネタが仕込みだったという、壮大な伏線への評価を含めた点数らしい。


『なんだよ、それ』


 そう言って、不満をたれ、顔にまで露骨に出した後、はあと一つ溜息と共に俺は、いや、俺も、笑った。くすっと笑った。大きく笑った。


 冴えない男が、二人で馬鹿みたいに笑った。


 きっと、その時の俺たちは、寂しくなかった。そんなもの、どうでもいいくらい笑っていた。


 くだらないものを種にして、二人でただただ笑っていた。

 

 終末世界の、俺たちの最後の笑いの種で。


 もしかしたあるかもしれない未来で誰かが見つけるかもしれない、きっと最初の笑いの種で。

最後に、もう一度あらすじを見返してみるといいかもしれません

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