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第1章:予報不可能な雷雲と、僕の耐久戦

2025年4月。スマートフォンのウィジェットが、目黒区の天気を「快晴」と告げている。しかし、僕たちのアパートの居間には、観測史上最大級の局地的な嵐が吹き荒れていた。

「……別に。怒ってないし」

 ソファの上で膝を抱え、タブレットの画面から一ミリも視線を外さない菜摘なつみ。その声はマイナス四十度の冷気を含み、背中からは「半径一メートル以内に近づくべからず」という不可視の防壁が展開されている。

 仕事から帰宅して三十分。僕は玄関を開けた瞬間、空気の密度の違いで悟った。今日は、ヤバい。

 付き合って三年、同棲して一年になる僕の婚約者は、時折こうして「突発的なストライキ」を起こす。理由を聞いても「自分で考えて」と言わんばかりに沈黙を貫く。かといって、放っておけば「私のことなんてどうでもいいんだ」と後で大噴火を起こすのは目に見えている。

 僕はネクタイを緩めるのも忘れ、ソファの横に正座した。

「菜摘さん。僕が今日、デパ地下で買ってきた期間限定のピスタチオプリンを、全権を持って君に献上します。だから、どうかその防壁を解除していただけませんか」

「……プリンで釣られるほど安上がりじゃないもん」

「じゃあ、今度の週末はスマートウォッチのログを無視して、代官山でパンケーキのハシゴをしよう。三段重ねにホイップ追加で」

「……」

 菜摘の肩が、ピクリと動いた。

 僕はさらに畳み掛ける。社内のプレゼンでも見せたことのない、渾身の変顔だ。AIが解析したら「エラー:未知の生命体」と判定されそうなほどの顔面崩壊を披露しながら、彼女の視界に滑り込む。

「……っ、ふふっ。なにそれ、キモい。やめてよ」

 ついに吹き出した菜摘が、クッションを僕に投げつけてきた。

「あーあ、笑った。よかった」

「……健太が昨日、私が楽しみにしてたドラマの最終回、間違えて消したからだよ」

「えっ! うわ、ごめん! ほんとにごめん、配信で今すぐ買い直すから!」

 呆れながらも笑っている彼女を見て、心底安堵する。

 理不尽に思えるかもしれない。でも、この面倒くささにとことん付き合うことこそが、僕に与えられた「生涯パスポート」なのだ。

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