サンタ、トナカイに告白される。
イケおじサンタ×しっかり者のトナカイ
ほのぼのBL
先祖が〝クリスマス前にやって来た慌てん坊〟だが、彼はそれだけ準備が早かったということだ。
サンタにはそれがよくわかる。
202〇年12月。
クリスマスのサンタ工房は修羅場と化していた。
選別が終わったプレゼントは小さなエルフたちによって子どもたちの好きな色や住まいの状況に合わせて梱包されていく。
作業場のあちこちにはリボンやラッピングが転がり、忙しなくエルフたちが走り回っている。
その真ん中でサンタはパソコンを睨みつけていた。
当日になってもプレゼント希望は届くし、その中にも準備が難しく調整が必要なものがある。
サンタは子どもたちのためにギリギリまで手を尽くす。
クリスマス前は部屋にこもりきりになるサンタの世話を焼くのは、同居しているトナカイだ。彼もまた〝赤鼻のトナカイ〟の末裔である。普段は人間の姿で暮らしているが、角と尻尾はトナカイのままだ。
トレイを片手に部屋に入るなり、眉間に皺を寄せた。
「またこんなに散らかして」
「後でやるって。仕方ないだろ」
イライラして、つい乱暴な返事をしてしまう。
トナカイは気にした様子もなく、トレイに載せていた熱いアップルサイダーのマグカップをテーブルに置いた。アップルとシナモンの温かい香りに、サンタはほっとする。
「僕、勝手に片付けますよ」
言い終わるより先に散らばった書類や食べかけのクッキーの箱を片づけていく。
(あっ、それまだ食べてたのに)
内心気になりつつも、サンタはクリスマスの準備に没頭した。
――サンタとトナカイが同居を始めたのは、サンタがサンタデビューをしたときだ。二人ともまだ若きクリスマス配達請負人だった。
あれから、三百年。
サンタもトナカイもいい歳だ。
いつかトナカイもツガイを作って出ていくのだと覚悟していたのに、彼はいまだにサンタと共に暮らしている。――
サンタがチラッとトナカイを見る。と、優しい茶色い瞳とバチッと目があった。動揺のあまり、オラついてしまう。
「……なんだよ、あ?」
「見てきたのはサンタさんでしょ」
「見てねえよ、ばか」
「……そうですか」
いつもならもう!とか言ってプリプリ怒るのに、今日はなんだか気まずそうだ。
(あれ?なんか様子がおかしいぞ)
トナカイは無言になると、片付けを中止して作業部屋から出ていった。
(なんかしたっけ?)
サンタは首をひねる。ガサツだから几帳面なトナカイに叱られるのは日常茶飯事だが、こんな様子を見るのは初めてだ。
視線を床に落とすと、ドアの前に手紙が落ちていることに気がついた。さっきまでなかったから、トナカイが落としたものに違いない。折り畳んでズボンのポケットにでも入れていたのか、皺がついている。
もしトナカイ宛なら返すつもりだったが、宛名は〝サンタさんへ〟だった。裏面には、子どもの拙い字で名前が書かれている。
(これはマヤからのお手紙か)
マヤは隣の家(と言っても三キロ向こうだが)のおしゃまな女の子だ。
トナカイが子供から〝サンタさんへのお手紙〟を預かるのはよくあることだが、渡されなかったことはない。
怪訝に思いながら便箋を開くと、そこには大きな文字で〝サンタさんがトナカイさんの恋人になってくれますように〟と書いてあった。
思わず、アップルサイダーを噴きそうになった。
同時に、慌ただしくドアが開いた。
「サンタさんっ、僕、お手紙を落として……」
サンタが持っている便箋に気がついて、トナカイは目に見えてわかるほどしょげた。
「見てしまったんですね……」
「俺宛てだったもんで、つい」サンタは鼻の頭をかいた。「どうしてマヤはこんなお願いごとをしたんだ」
「それは……マヤちゃんにサンタさんと恋人同士なのって聞かれたから……」
トナカイの鼻先がピカピカ光る。
「違うよ、僕の片想いだよって……答えたんです」
サンタはドキッとした。
同居を始めて三百年。トナカイへの気持ちはとっくの昔に自覚している。
だが、仕事はできても生活能力レベル1で、家事はすべてトナカイ頼みの自分など眼中にないと思っていた。
「お前、俺のこと好きだったのか」
「やっぱり気づいてなかったんですね……」
トナカイが寂しそうに微笑んだ。
その時、けたたましくアラームが鳴った。電話番をしているエルフが焦った様子で駆け込んできた。
「サンタさん、吹雪の予報で出発が早くなったそうです!」
「よーしてめえら出発だあ!とっとと支度しろお!」
エルフたちが一斉にプレゼントを頭に載せてソリの待つ車庫へとなだれ込んでいく。
「トナカイ、ソリの準備だ!」
「はいっ」
トナカイは踵を返して車庫へ向かう。
サンタは置いてあった赤い帽子を被り、長い白髭を装着すると袋を担いで走り出した。
あっという間に慌ただしくなって、サンタ工房は修羅場と化した。
◇
予定より一時間早くサンタはソリに乗って、獣の姿のトナカイと共に夜空を駆けた。
吹雪で視界が荒れるなか、トナカイは必死に進路を読み、サンタはプレゼントの配達に終われた。が、ふと気づけばトナカイを盗み見てばかり。
(三百年も一緒にいるくせに)
トナカイが自分の気持ちを隠していたなんて、思いもしなかった。
(どれだけ鈍いんだ……)
そんな自己嫌悪を抱えつつ、怒涛の配達は続く。
気づけば夜明け前。最後の街の明かりを背にして静かな山を抜けると、目の前に雲海が広がった。
入り組んだ海外線の向こうから太陽が昇る。
トナカイがふっと息をついた。
「……終わりましたね、今年も」
「おう。お疲れさん」
言いながら、サンタは自分でも驚くほど素直にトナカイの頭を撫でた。優しく角の根元に触れると、トナカイが慌てる。
「ちょ、サンタさん……!」
「昔から、ここ触ると弱いよな」
「覚えてたんですか……」
「三百年一緒にいるんだぞ」
トナカイは視線を落とし、ごまかすように尻尾を揺らした。その仕草がいちいち可愛くて、サンタは厚い胸がぎゅっとする。
「片想いなんかじゃねえよ……」
「えっ」カランとトナカイの首輪の鈴が鳴る。「何か言いました?」
サンタは気恥ずかしくなって「なんでもない」と答えた。トナカイの短い尻尾がふわふわ揺れている。
◇
ソリを車庫に戻し、エルフたちの雪をひとりひとり落として労い、帽子と髭を外して人心地ついた頃には空は完全に白んでいた。
「ふう……」
ソファに身を投げ出すように座ると、パタパタスリッパの音を立ててトナカイがやってきた。
「サンタさん、今年もお疲れさまでした」
「おう、ありがとうな」
差し出されたのは、毎年、配達終わりに二人で乾杯するホットワイン。クリスマス前は飲酒を控えるから、この一杯がご褒美なのだ。いつもトナカイは、サンタ好みにシナモン多めで作ってくれる。
「あー、やっぱりお前のホットワインは最高だな」
にこにこしていると、向かいに座ったトナカイと目が合った。配達前のやり取りを思い出して一気に緊張したが、トナカイはいつも通りだ。
「お風呂沸いてますから、どうぞ」
空いたグラスをさげると、洗い始めた。その後ろ姿をサンタは見つめる。ふわふわの尻尾がしょげている。
堪らなくなって、サンタは立ち上がるとトナカイを後ろから抱きしめた。
「えっえっえっサンタさん!?」
「ソリで言いかけたこと、聞いてくれるか?」
自分に回されたサンタの腕にそっと触れて、トナカイは小さくうなずいた。
「片想いなんかじゃないって言ったんだ」
トナカイの体をくるりと回してこちらに向けると、もう泣きそうな目と目が合った。
「俺もお前が好きだ」
「サンタさん……」
トナカイの優しげな黒い瞳から大粒の涙がこぼれて、サンタの腕に落ちる。
「マヤには、あとで伝えにいこう」
「はい……」
「プレゼントはこれで全部か」
「よかった。マヤちゃん喜んでくれるかな」
涙が止まらないトナカイがいじらしくて、サンタがキスをすると鼻がピカピカ光った。
「もう恥ずかしい……!」
両手で顔を覆うトナカイを抱き寄せて、サンタは目を閉じた。ふわふわ尻尾がぶんぶん揺れていることはかわいいから言わないでおこう。
「おい、マヤの願いごとを叶えるために告白したんじゃないからな」
「えっ……あ、はい」トナカイがテレテレ照れる。「わかってますって」
「俺はな」
サンタは、胸の奥にずっと置きっぱなしだった言葉をつまみ上げるようにして、ゆっくり続けた。
「お前と、来年も……その先も、ずっと一緒にいたいだけだ」
言った瞬間、トナカイの目がまん丸になった。まるで新雪を踏んだウサギみたいに硬直している。
「……ず、ずっと……?」
「ずっと。三百年も隣にいたやつがいなくなったら寂しすぎて死ぬぞ。いやマジで」
サンタが軽めに笑って言うと、トナカイは震えながらサンタの胸に顔を埋めた。涙と一緒にやっと出せるようになった感情がぽろぽろこぼれる。
「……僕も……サンタさんと……ずっと……」
「聞こえてる」
トナカイの尻尾はすごい速さで揺れている。
サンタは優しく笑って、背中を撫でた。
「ほら、落ち着け。マヤのとこ行く前なのに泣きはらした顔じゃダメだろ」
「む、無理です……今、止まらないんです……」
「じゃあ好きなだけ泣け。泣き終わるまで抱いててやる」
トナカイは小さく「はい……」と答え、サンタの胸に顔を埋めた。
長い夜の後の、静かな光だけが部屋に満ちていく。
しばらくして、ようやくトナカイが顔を上げた。涙の跡はあるものの、瞳は北の夜空のように澄んでいる。
「……あの、サンタさん」
「ん?」
「これからもずっと……、ホットワイン作りますね」
「当たり前だろ?」
照れくさくて、つい乱暴な言い方をしてしまう。ダメだと思えば思うほど声が裏返った。
「アッ、あれを飲まないと年越した気がし、シねえしな……」
「えへへ」
トナカイがくしゃっと笑った。その笑顔があまりにも嬉しそうなので、サンタはまた抱き寄せたくなったけれど、ぐっとこらえる。
「じゃあ、マヤんとこ行くか。願いごと報告してやらねえとな」
「はいっ」
玄関に向かうサンタが着いてくるトナカイにてを差し出した。手をぎゅっと握り返されて、耳が熱くなる。眉間に皺を寄せたが、トナカイはにこにこだ。
「……まあいいけどな」
三百年目のクリスマス。
ようやくサンタにもプレゼントが届いたのだ。
幸せそうに微笑むトナカイの鼻がピカピカ光る。恥ずかしそうに両手で鼻を隠そうとしたから、サンタは代わりに鼻にキスをした
◇
質問:サンタさんはクリスマス以外はなにをしているんですか?
サンタにまあまあよく届く質問だ。
いつもはテキトーにクリスマスの準備と答えていたが、今年のサンタはひと味違う。
村長であるマヤの両親の家を訪ねて、しばらく工房を留守にすることを伝えた。
「次のクリスマスまで休暇をとる。二人で旅行へ行ってくるぞ」
「まあ素敵ね」マヤの母親が目を輝かせた。「まずはどこへ行くの?」
「どこか南の島で日光浴をします♪」
トナカイがほくほく答える。尻尾がふりふり揺れている。
「その後の予定は未定だ」
「サンタさんは、やっぱりカッコイイな」マヤの父親である若き村長が顎髭を撫でて感心する。「男の行先は風の吹くまま、ってな」
「パパ、ダサ~い」
マヤのひと言で涙目になった父親をトナカイがフォローする様子を目を細めて見守る。
同じように優しい眼差しで見守るマヤの母に、「サンタ工房はしばらくエルフたちに任せる」と伝えると彼女は「何かあったら私に任せて」と子どもの頃から変わらない笑顔を返してくれた。
「マヤからサンタさんへのお手紙の話を聞いたときは驚いたけれど、上手くいったようで良かったわ」
「マヤはいい子だな」サンタはトナカイと楽しそうに話す小さな女の子を見つめた。「お前の小さい頃によく似てるぜ」
「そうかもね。私も小さいころ、サンタさんとトナカイさんは恋人同士なのかしらって考えたものよ」
「……マジかよ。嘘だろ?」
サンタは慌てたが、マヤの母親はくすくす笑って答えてくれない。
「サンタさんにも、ようやく神様から贈り物が届いたのね」
「そうだな」
トナカイの横顔を見つめると、胸にぽっと灯がともる。このぬくもりが寒い冬には何よりの贈り物だ。
そうこうしているうちに、日が暮れた。
サンタクロースの旅立ちはいつも太陽が沈んでから始まる。
いつものソリに、トナカイを繋いで、座席に座った。
せっかくの休暇なのだから飛行機や船でいこうと誘ったのだが、トナカイは二人きりがいいからソリで行きたいと言って聞かなかったのだ。
「いってらっしゃい、サンタさん、トナカイさん!」
「マヤちゃん、お手紙送るからねっ。お土産もたくさん買ってくるからねっ」
トナカイは名残惜しそうだ。
サンタは片眉をあげて、手綱を引く。鈴の音を立ててソリは夜空に高く舞い上がってゆく。
「今生の別れじゃあるまいし。たった一年空けるくらいでそんな……」
「三百年も待たせた人の言うことは違いますね?」
「うぐっ」
サンタはおもわず、トナカイの短い尻尾が幸せそうに揺れるのを見て幸せを噛みしめた。
END




