第092話 カナン星約機構
カナンで行われる結婚式に向けて、
俺は日々を奔走していた。
ラエルノア魔法教団の電撃参戦もあり、
参加者は2,000人を想定。
グラントハルのドワーフ衆たちを総動員し、
2000人をもてなすための家具や料理場を
急ピッチで作ってもらうことにした。
大量の馬車を留めるための馬車置き場は
ノーム達に依頼して整備してもらっている
そして、傭兵として依頼している
エル=ネザリのダークエルフ達には
カナンとガルフ・バウを結ぶ道周辺のつゆ払いを任せた。
新郎新婦はアビス=ネザリの二人なので、
当日の警備には配置できない。
そこで当日の警護は俺が請け負うことにした。
だが、万策尽きるのは思いのほか早かった。
まず、2,000人がくつろげる
椅子などの家具が間に合わないことが確定。
さらに、料理を供給する料理人も100人程足らない。
お手上げだった俺はガルフ・バウまで足を運び、
職人ギルドのグルマクと、
商人ギルドのミュゼルの所まで頭を下げに行った。
返って来た言葉は、二人とも同じであった。
「安くしとくよ~」
(ヒエッ……)
やはり、人を動かせる権力者というのは強い。
目ん玉が飛び出るほどの金額であったが、
首を縦に振らざるをえなかった。
何にせよ、ひとまずこれで準備は整ったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――結婚式当日、天気は曇り。
このまま雨が降らないことを祈りつつ、
朝から落ち着かない気持ちの俺の目に飛び込んできたのは…
「なんじゃこりゃあ!」
カナンへと向かって来る、
途切れることのない馬車の大行列であった。
一瞬、どこかの軍隊が攻め込んで来たのかと思った。
中にはミュゼル達に依頼した人や物も含まれていたが
大半がフェンリカに向けた祝いの品だそうだ。
"黒狼の牙"……おそるべし。
大量の焚火台に魔法で火を灯し、
来賓たちを温かく迎え入れる。
前菜の配膳を終え、ぽつぽつと席に着き始めた頃、
あちこちから驚きの声が上がるのが聞こえてきた。
フフン。それもそうだろう。
この日の為に、ドラコニス山脈:最深層で採れた
"奇跡"や"伝説"級の素材をふんだんに使ったんだ。
よーし。人がそろってきたな。
そろそろ、ラエルノア魔法教団を迎え入れるか。
"ワープ"
ワープホールを魔法教団まで直接繋ぐと、
最初に姿を現したのは、タリオン率いる山岳部隊50名であった。
「我々はこのまま警備に就きます」
そう言って、タリオン達は豪華な食事に目もくれず散って行った。
ありがたい増援だ。やはり、訓練されたパシリというのは顔つきからして違う。
そしてその後ろからは、教団君主のラエルノアと
配下のメンバーが続々と姿を現した。
■"イス"ラエルノア
カナンに着くや否や、開口一番、
ラエルノアの口から飛び出したのは、
彼女らしい挨拶であった。
「何やっとるんじゃアレク?
空が曇っとるじゃないか」
ほほぉー、そう来ましたか。
天気が曇りであることを咎めるとは……
さすがは、この金星の【聖杖】。
"偉大なる"ラエルノア様は言うことが違う。
どう返事すればいいのやらと思い悩んでいると、
2人のハイエルフが手をつなぎながら、
魔法を唱え始めたことに気付く。
あれは確か………
魔法教団の序列4位、"暴風"のイルシエラと、
序列5位の"灼熱"のカリシエラ。
■"暴風"のイルシエラ
■"灼熱"のカリシエラ
「強大で広大な嵐の魔法」
……?
なにやら途轍もない魔法を詠唱した気がしたが、
なにも起こらない。いや、細長い魔力が空に向かっているのか?
何をしたのか分からぬまま、空を見上げていると…
突然、雲が一気に吹き払われ太陽が姿を現した。
一瞬のうちに、カナンは晴天に包まれたのだ。
「えええっ!!」
嘘だろう?こいつら、力ずくで雲をどかしやがった。
無茶苦茶だ。ってかそんなこと出来るんだ。
雲をどかすなんて発想すら無かったわ。
俺も後でやってみよう。
視線を元に戻すと、ウッドエルフの少女が目の前に立っていることに気付く。
(うお!ビビった!)
確か……教団序列6位の"封糸"のセリューネ?
■"封糸"のセリューネ
※私、あっちの方警護するね※
声小っさ!
ひと言ボソッとつぶやいたかと思えば、
そのままスタスタと姿を消してしまった。
まぁ、警護を手伝ってくれるらしいので助かるのだが…
本当に魔法教団は、濃い連中ばかりだ。
俺もそろそろ警護に入るとしよう。
"広範囲の円形の探知魔法"をカナン全域に展開。
これから式が終わるまで
常時魔法を出力しっぱなしにして、警戒に入る。
その直後、背後から獣人族の野郎共の歓喜の声が上がるのが聞こえた。
歓声の方をチラ見すると、花嫁姿のフェンリカが見えた。
■フェンリカ
(おお!美しいぞ!フェンリカ!)
「オウ、ヤロウども。
これからも私について来い」
「ウォォォオオ!!」
美しい姿なのだが、中身はおっさんのままだ。
フェンリカらしいや。
続いて、新郎となったラグナルも挨拶する。
「えー、気が付けば結婚する運びとなっていたラグナルじゃ。
みなさんよろしゅう」
……そんな挨拶あるか!?
ほら見ろ、フェンリカに蹴られてるじゃないか。
まぁ、会場から笑いも起きているし結果オーライか。
続いて、ダークエルフ達の少女達から歓声が上がった。
今度は、花嫁姿のシルフィが姿を現した。
■シルフィ
(おお!シルフィ!綺麗だ!)
「シルフィです。今日、みなさんのおかげで
長いあいだ狙っていた“最大の獲物”を、
ついに仕留めることができました」
ヒューッヒューッと歓声が飛ぶ。
やはりシルフィからの猛アプローチだったか。
隣のカラドクは、ガチガチに緊張している。
声を振り絞って、挨拶を始めた。
「あー……みんな知っている事だとは思うが…
俺はかつて、カナン襲撃に加わっていた。
……今日妻になるシルフィは…
かつての被害者の1人だ」
――は!?
おいおい、いきなり何を言い出すんだ?
この3か月でカラドクについて分かったことがある。
この男、戦闘や狩りでの指示は早く的確だが、
それ以外はてんでダメだ。
いつも難しい顔で何かを考え込んでいる
不器用なオッサンなのだ。
こういう場の空気には、慣れていないのだろう。
カラドクは、固まりながらも言葉を続ける。
「か…かつての…俺の人生には何も残らなかった。
それは、う…奪ってきたからだと教えられた。
これからは……分け与えて生きていく。
かつて刃を向けたこの地で、生きていく」
……愛の言葉ひとつない。
完全にオッサンの人生の決意表明になったな。
だが、カラドクの挨拶が終わると、
会場に拍手が起こり、冷やかしの声まで飛んでいた。
―――もうとっくに受け入れられているだろ。
あの襲撃から、わずか3か月あまりか。
あの2人を見ていると、時間は関係ないみたいだ。
時の魔法にでも掛けられたのだろう。
イヴが★ 巫女鈴 【聖鈴・神楽】を鳴らし、
カナン全域に祝福の回復魔法が広がっていく。
※シャン※
※パァァァァァ※
"神聖魔法"の装備をしているせいか、
バフまでかかってら。
「聖女様ッ!」
「あれが…聖女様……」
安らぎの鈴の音が、心まで祝福を染み込ませていく。
こうして、新しい門出の宴が始まった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結婚式は無事に終えることができた。
あれこれ大騒ぎではあったが、
振り返ってみれば良い人生経験になったと思う。
今は、帰路につく者、カナンの温泉宿へ向かう者、
そしてガルフ・バウの商人たちと商談を始める者など、
それぞれが思い思いに動き始めている。
俺はカナンの入口で来賓を見送りつつ、
引き続き警護にあたっていた。
まだ気を抜くわけにはいかない。
家に帰るまでが、結婚式なのだ。
――その頃、アレクの見知らぬ所では
人払いを済ませた温泉宿の一室にて、
二つの勢力を率いる者たちが向かい合っていた。
「これはこれは、"偉大なる"ラエルノア様」
「タイラス、少し老けたかのう」
ガルフ・バウを率いるタイラスと、
魔法教団を率いるラエルノアだ。
両者の背後には、それぞれの重鎮たちが控える。
ガルフ・バウ側――
各ギルド長のレオン、グルマク、ミュゼル。
魔法教団側――
序列上位のナイレア、アリス、ユミル。
そして、カナンからは、
仲人としてサクラとフィズルが出席している。
話の口火を切ったのは、ラエルノアだった。
ラエルノア:
「ロザリの動乱、すでに耳に入っとるかの?」
タイラス:
「ええ、つい先日、耳に入ったばかりでして」
ラエルノア:
「この動乱、どう見ておる?」
タイラス:
「まだ何ともですが……この動乱が、
ロスデア全土を巻き込む大火になるのではないかと、
勝手に心配しております」
ラエルノア:
「そうか。ワシの方は確信に近いわい。
…【叡聖】ルシエン・バエル。
あやつが裏で糸引いとるようじゃからのう」
タイラス:
「……確か、ラエルノア様は
"第二回 金星十字軍"で
顔見知りでしたな……皇帝暗殺の噂は本当なのでしょうか」
ラエルノア:
「わからん……証拠もないしな。
じゃが、ワシは黒だと見ておる」
タイラス:
「そうですか…皇帝だけでなく、教皇まで…
となると、ロザリの小火はここまで押し寄せますか」
ラエルノア:
「じゃろうな…
平和とはなんと儚い。ひと時の夢の様じゃの~」
タイラス:
「……そうですね」
そして、ラエルノアは一枚の紙を取り出し、
タイラスの前へ滑らせた。
ラエルノア:
「本題に入ろう。
ウチと、カナンとガルフ・バウ。
これらを連ねる星約機構の提案じゃ」
―――――――――――――――――――
■概要
加盟する勢力が攻撃されれば、
加盟する全勢力への攻撃と見なし、
集団防衛にあたる軍事同盟
■加盟勢力の義務
・侵攻を受けた勢力への即時支援
・兵力の一定割合を常備軍として提供
・補給、情報、作戦の共有
・星約違反勢力への制裁参加
■契約期間
・1年単位での更新
―――――――――――――――――――
紙をタイラスに読ませながら、説明を続ける。
ラエルノア:
「これは理念と義務だけを定義した草案じゃ。
運用するための制度、手続き、指揮系統はこれから詰めるとして…
今回の教皇暗殺な、事前に予想している奴がおったんじゃ」
「……!?」
そうして、フィズルを紹介した。
■フィズル
ラエルノア:
「これの名は"叡智"のフィズル。
昔はワシの所におったが、今はアレクの所で世話になっとる」
フィズル:
「その…皆さんよろしくお願いいたします。
ラエルノア様へお伝えした時点では確度は低かったのですが…」
ラエルノア:
「フィズルはのう、カナン襲撃に聖騎士が紛れておったことを起点に、
教皇暗殺の筋道をワシに伝えて来たわい」
その言葉にタイラスは驚いた。
その情報はガルフ・バウも手に入れてはいたのだが、
教皇暗殺まで予測する者はいなかった。
ラエルノア:
「この星約機構もフィズルが考案した物じゃ。
フィズル曰く、これから戦争になれば、
少数勢力は各々調略されて行き、
ワシらは常に隣人の動きを警戒しながら戦いに挑むことになる。
この機構は、そんな状況に楔を打つものじゃ」
タイラスは思わずフィズルを見返した。
通常であれば、人に笑われる位、先の先を思考している。
だが今日、カナンを見て悟った。
ここは只の集落ではない。
発展へ向かう種が確かに撒かれている。
このような者が、社会を次のステージへ押し上げるのだろう。
("叡智"のフィズル…か…)
ラエルノア:
「この軍事同盟の名は"カナン星約機構"
盟主は、アレク―――」
カナンでの結婚式を機に、水面下では
カナン―魔法教団―ガルフ・バウを連ねる、
軍事同盟の話が静かに進んでいた。
「はくしょんっ!!……寒っ!」
未来の盟主の見知らぬ所で――
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