第084話 "竜を統べる"
―――カナン
小さな集落には珍しく、人々で溢れ返っていた。
近隣のドワーフやダークエルフはともかく、
"黒狼の牙"の獣人たちや、オーガの姿まである。
ダークエルフの冒険者パーティ、
アビス=ネザリは今朝、いつものように山へ入った。
そこで耳にしたのは、
ドラコニス山脈中に響いた赤竜の咆哮と、大気を震わせる激しい戦闘音。
ただ事ではないと悟り、即座に撤退。
里長クロエへ報告を済ませると、確認のためカナンへと向かった。
一方、"黒狼の牙"は昨夜の探索中、
ゴブリンの巣で休憩していたルベル=オーガを発見。
いつもの刺々しい感じは無く、
どこか恍惚とした表情を浮かべていたという。
仕方なく行動を共にしていたが、
そこで例の赤竜の咆哮を聞く。
撤退を決断すると、ラグナルの助言もあり、
最寄りのカナンへ避難していた。
こうして今、カナンにはドラコニス山脈から
撤退してきた冒険者達で溢れかえっていたのだ。
やがて、アレクと赤竜が戦闘に入ったらしいとの情報が広まると、
カナンには大きな動揺が広がった。
―――秩序が覆る
そんな不安が、人々の胸を締めつける。
アレクにせよ、赤竜にせよ、
カナンの者たちにとっては欠かせぬ存在。
今日と同じ明日を望む者たちにとって、
どちらかが倒れることなど、決して望んではいなかった。
スカエルヴァは呆れ顔でオリガに言った。
「マジかよ……アタシら全員抱いた後に、
竜をしばきに行ったってのか。
ぶっ飛んでんな、お前の旦那は」
「…オ、オウ//」
オーガの習わしでは、アレを口に突っ込めば
無理やり"番"とすることができる。
ルベル=オーガの間では、
オリガとアレクはすでに"番"と認識されていた。
カナンが大きな影に覆われたのは、そんな時である。
最初に声を上げたのは、上空の赤竜を捉えたフェンリカであった。
「アレク……敗けたのかッ!」
使役するフェンリルに跨り、『星天牙戟』を握り直す。
「チッ……腹決めろ。お前ら」
「…そんなッ!」
赤鬼姉妹はジャベリンを構えた。
アレクの居ない今、神に挑む役割を担ったのは"ミスリル級冒険者"の3人だった。
そんな緊張を破るように、
上空から、聞き慣れた声がした。
「おーい!」
その声に、誰よりも早く反応したのはイヴだった。
「旦那様!」
赤竜がふらつきながらも着地すると、
その背中には、アレクとネイ、
そして行方不明となっていた猫耳探検隊の二人の姿があった。
「王の帰還ニャ!」
「頭を垂れよ!」
「「ニャハハハハ!」」
この騒動の中心、猫耳探検隊の二人にとって反省などどこ吹く風。
誇らしげに勝鬨を上げていた。
「二人とも、無事だったのニャ!」
既に救助されていたミャリスとシャミルの二人が駆け寄ると、
猫耳探検隊、全員集結。
「終わりよければ全てよし!」
「「ニャハハハハ!」」
そしてしれっと勝鬨に加わった。
(一件落着だな)
そんな光景を見ながら、
アレクは力尽きたように地面へ倒れ込んだ。
すると、赤竜も力尽きて倒れ込み、
二人は同じ格好でぐてーっと地面に寝そべった。
「イヴ、すまんが回復を頼む。
こいつにも……”アルバストラス”にもだ」
「っ…はい!」
★ 巫女鈴 【聖鈴・神楽】
※シャン※
※パァァァァァ※
神の慈悲なる癒しが、
瀕死だったアレクと赤竜に命を吹き込む。
「あぁ~気持ちえぇ~」
緊張に包まれていたカナンは、
やがて穏やかな空気を取り戻す。
その空気を破るように、フェンリカが静かにアレクへ声をかけた。
「なぁ…まさか赤竜を"使役"したのか」
「まあ……そんな感じだな」
その答えに、フェンリカは苦笑するしかなかった。
「どういうことだよ(笑)」
赤竜使役の話は、瞬く間にカナンの人々に伝播した。
「竜を…」
「竜を統べる…」
■アレク
―――――――――――――――――――
名前:アレク Lv.158 《保有ポイント:131p》
HP:851↑ / 2390 MP:788↑ / 2390
種類:亜人類 種族:人間 種別:イーシス
性別:♂ 年齢:16歳 身長:186cm
ジョブ:
・戦士 Lv.26
・「ウィザード」 Lv.3
・冒険者見習い Lv.11
・狩人 Lv.26
・野草採集者 Lv.18
・【アドニス】
・【英雄】
スキル:
・闘争心
・「短詠術」
・「三重奏」
・察知
・狩り
・採集
・【ポイント付与】
・◆任命:【愛奴】(2)
・【無詠唱】
・【精密解析】
称号:
・『ミスリル級:冒険者』
・《竜を統べる》
―――――――――――――――――――
そして人々を安堵させた。
アレクと赤竜、二大巨頭をどちらも失うことなく明日を迎えられる。
しかも、同じ方向を向いて。
今日よりも、もっと良い明日が訪れるのだろう。
そして主の成した偉業を、
まるで自分たちの栄誉のように受け止めた。
その思いは表情に滲み、カナンの者たちの顔には静かな誇りが宿っていた。
ドワーフ衆が一歩前へ進み出る。
胸を張り、威厳を誇示するように声高らかに告げた。
「主殿!城が出来ましたぞ!
我らの主にふさわしい、立派な城ですじゃ!」
(城?家じゃなくて?)
どうやら、ドワーフ衆は自分たちの造り上げたものを
主に献上したかったようだ。
しかし、返ってきた言葉は彼らの期待とは少し違った。
「おお、ありがとうな。
それじゃ、完成祝いに今日は皆で宴にするか」
「あー!宴は嬉しいのじゃが、違うのじゃ!
これではいつまでも恩返しが終わらんのじゃ!
あー!もう!」
ドワーフがヤキモキしていると、今度はノームが一歩前へ出た。
そして、威厳を誇示するように声高らかに告げる。
「主様!大浴場が出来ました。
お疲れでしょうから体を癒してください!」
しかし、ここでも期待していた返事は返ってこない。
「そうか、それじゃ記念にみんなで入るか」
「なんでだよー!
一番風呂に入って欲しくて待ってたのにー!」
ノームの叫びに、周囲から笑いがこぼれる。
どうやらカナンでは、誰が主に捧げものをするか。
そんな奇妙な競争心が芽生えてしまったらしい。
城を建てたドワーフ衆も、大浴場を整えたノームも、
皆が主に認められたいと胸を張る。
(十分ありがたいんだがな…)
人々に囲まれ、よいしょされるアレクの姿を、
ルベル=オーガたちは少し距離を置いて眺めていた。
その輪の中に入ろうとしないオリガに、
スカエルヴァが痺れを切らしたように肩を突く。
「んだよあいつ…チヤホヤされやがって…
ほら、お前も声を掛けに行けよ」
「いいんだよ…アタシは…」
困ったことに、オリガはアレクに抱かれてから乙女になってしまった。
これだから早めに男を知っておけと言っていたのに。
その時だった。アレクがふと視線を向け、ルベル=オーガに気づく。
そして、群衆をかき分けるようにして、こちらに向かって来た。
「なんだ、お前らもいたのか。
温泉にでも入って行け。それと、今日は宴にするぞ」
突然の呼びかけに、オリガは思わず言葉を詰まらせた。
まさか自分たちまで招待されるとは、思っていなかったのだ。
「う、うん//」
その返事はぎこちなくも、どこか嬉しげだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――カナン北西:15km地点。ラエルノア魔法教団
ユミルより、アレクと赤竜が交戦に入ったとの報告を受け、
教団の上位七席は一堂に会していた。
「どうなった!?ユミル?」
ラエルノアが興奮気味に問いただす。
直近の報告は双方瀕死。戦いは佳境を迎えていた。
「赤竜……使役されました。あぅ…」
「おおっ!」
その報告に一堂はどよめき、ラエルノアは大いに喜んだ。
「なんじゃ!なんじゃ!
一時は借りを返さず死んでしまったと思ったぞ!
カッカッカッ!!」
「さすがはアレク様!」
かつてはアレクに殺意すら抱いていた教団No.2のナイレアも、
今やその偉業を恍惚の表情で喜んでいる。
「目下、懸念は"世界樹"か……タリオン!!」
こうして呼び出されたのは、
"騎士王"アーサーへ聖女発見の知らせを届けるべく、
グランストンまでの往路200kmを走破して来たばかりのタリオンであった。
「はっ!ここに!」
これまでの献身を褒められるのだろうか。
はたまた称えられるのだろうか。
タリオンは胸の鼓動を抑えながら、静かに膝を折った。
「アレクが赤竜を使役したようじゃ。
今すぐカナンへ向かい、アレクを呼んで来てくれ。
共に世界樹へ向かうぞ」
ラエルノアの無慈悲なお願いに、
タリオンは思わず口を開いてしまった。
「…あの、そのような要件でしたら
ラエルノア様がアレク殿の元へ向かった方が早いのでは?」
今まで言わないようにしていた言葉が、ついに出てしまった。
すると、ラエルノアは信じがたいうつけ者を見るような眼差しを向け、
諭すように言葉を重ねた。
「おん?そりゃお前…
アレクをここに呼んで連れて行ってもらった方が
ワシが楽じゃろ」
"楽"…か。……そうだった。
この世界は【聖杖】"イス"ラエルノアを中心に回っているのだった。
「ははっ!ラエルノア様のご賢察…
まこと見事にございます!」
「何をしておる、はよ向かえ」
「……」
その日も、1人のウッドエルフが
涙を散らしながら森へ消えたという。
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