第064話 神卸
「"聖女"イヴよ…お主の【巫女】のジョブ…
もう一つの技能はどうした?」
「あの…えっと…」
ラエルノアから追及を受けたイヴはすっかり縮こまってしまい、
助けてくれと目で訴えかけて来た。
そういえば以前、俺も不思議に思ったことがあったな。
改めて、イヴのジョブを解析する。
■イヴ:ジョブ
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・【巫女】
└スキル:【特権解呪】
・野草採集者 Lv.9
└効果:生活:小↑
└スキル:採集
・料理人見習い Lv.16
└効果:料理:小↑
└スキル:料理
・◆【愛奴】
└効果:【能力Lv:特大↑↑↑↑】
└効果:【ジョブスロット+1】
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ジョブはスキルか効果の二つを持っているが、
【巫女】のジョブだけは一つのスキルしか持っていない。
この状態は、ラエルノアから見てもおかしいのか。
一応、助け船は出しておこう。
「あー、イヴは最近まで自分が巫女のジョブを持っていることを
自覚していなくてな。教会にも入れず、
ジョブを知る術も無かったようなんだ」
イヴの姿を見たラエルノアは、一定の理解を示した。
■イヴ
この地に珍しいその黒髪と、魅力的過ぎるその見た目。
教会関係者に警戒されるのも無理はない。
「なんてことじゃ…
教会へ入れなかったことは、周りにとっても不幸じゃったな。
"聖女"イヴよ、折り入って頼みがあるんじゃが…」
教団トップの頼み事に、場の空気が明らかに変わった。
張りつめた空気に、殺気すら感じる。
どうやら断れない頼み事のようだ。
「金星十字軍のトップ、
【将星】アーサー・ロードゲインに掛けられた
特級の呪いを解呪してほしい。
おそらく、呪いを解呪できるのは"聖女"イヴだけじゃ」
来た。月冥樹の情報を出すならここだ。
今にも承諾しそうなイヴを手で抑止して、
クロエに目配せすると、クロエも緊張した面持ちで軽く頷く。
「受ける前に、こちらからもお願いがある。
ここに居るクロエは、見ての通りネザリの生き残りでな…
月冥樹の苗を育てているんだが、
情報が無くて苦戦していてな…
育て方を教えて欲しいんだ」
「ほぉー」
ラエルノアは感心した。
ネザリの生き残りが居た事ではなく、月冥樹の苗を育てている事でもない。
彼女の感心はもっと別のところにあった。
クロエがここに居るということ。
これはつまり、アレクは最初から月冥樹の情報を得るためにここに来た事を示している。
にもかかわらず、アレクは今の今までその情報を口にしなかった。
こちらが頼み事を持ちかけて初めて、ようやくその情報を出してきたのだ。
その機会を待っていたわけだ。
いつだ?いつこちらに頼み事があると察知した?
…ああ、周囲に知らせる為に
わざわざ“聖女イヴ”の名を口にしたあの時か。
若いのに中々やるじゃないか。
賢いやつは嫌いじゃない。
ラエルノアは、少し上機嫌になり、
クロエに苗の状態についてのヒアリングを始めた。
そしていくつかの情報をやりとりし、しばらく考え込むと
ゆっくりと口を開いた。
「ふぅむ。あまりいい状態とは言えんのう。
原因はいくつか考えられる。
一つは、苗同士が近すぎること。
養分の取り合いが起こっている可能性がある。
もう一つは、そもそも世界樹に近すぎること。
これもまた養分の競合を引き起こす要素じゃ。
そして最後に、施肥が足らんということ。
月冥樹の肥やしは、闇の魔法じゃ」
目新しい情報ばかりだ。どれも重要な示唆に満ちている。
もちろん、検証は必要だが、
それでも今は、ただ感謝の気持ちが湧いてくる。
クロエと共に感謝を述べる。
「土の事はここに居るフィズルが誰よりも詳しい。
フィズルよ、見てやってくれんか」
「はい。かしこまりました」
フィズルもしばらくカナンに居ることだろう。
言うことなしだ。
「して、こちらの願いはどうじゃ?」
イヴは勢いよく身を乗り出した。
その瞳には迷いもためらいもなく、ただ強い意志だけが宿っている。
「是非!やらせてください!」
「よぅし!!」
ラエルノアは勢いよく声を上げると、興奮しながらまくし立てた。
「アーサーは堅物な男でな!
解呪を断るかもしれんが、気を悪くせんでくれよ!
タリオン!今すぐグランストンへ向かえ!
"聖女"の出現と、解呪の意思があることを知らせるのじゃ!!」
その声には、上機嫌と興奮が入り混じっていた。
金星十字軍のトップと聞いて、権威的なお願いかと思ったが、
この喜びようを見る限りそうでは無いらしいな。
ラエルノアがこれほど解呪を祈るアーサーという男は、
一体どのような人物なんだろうか。
そしてラエルノア直々にタリオンをご指名だ。
タリオンは自身の事をパシリだなんて卑下するが、
この男はやはり有能なんだろう。重宝されていると感じる。
まぁ、グランストンとやらがどこにあるかよく知らないんだか。
■ロスデア島_ウェルス地方
(任務を終えて帰って来たばかり…
グランストンまで片道約100km…
…で……でで……できらぁ!)
「はッ!すぐに向かいます!」
その日も、ウッドエルフが1人、
涙を散らしながら森へ消えたという。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ひと通り話がまとまり、場は静かな小休止に包まれていた。
給仕が丁寧にお茶を淹れてくれる。
湯気がふわりと立ちのぼり、香りが空気を柔らかく染めていく。
なんとも優雅なひとときだ。
その静けさの中で、ナイレアがそっとアレクに声を掛ける。
■ナイレア
「ねぇ、アレクさん。
"アドニス"の力、ほんとぉ?」
色魔と名高い、ナイレアの誘いに教団の全員が察した。
ベッドの上で真偽を試すつもりなのだろうと。
誰もが口には出さないが、空気がそう語っていた。
ラエルノアもまた、興味深げにアレクを見つめていた。
先ほど「賢い」と評した男が、この状況でどんな返答をするのか
興味を持って待っていた。
一方のアレクはというと、ドスケベ姉さんの誘いに乗るべく、
何とか二人きりになれないかと頭をフル回転させていた。
そして思いつく限りの最高にクールで知的な回答をした。
「ああ、本当だぜ…?
だが、先ほどの戦いで…くッ…力が……ッ!
会議が…必要だ…ッ!
何が出来て、何ができないのか…
二人っきりでの…会議が……!」
様子のおかしいアレクに対し、
アウラがお前一体誰なんだよという目で見て来る。
「ウフフ。そうね。先ほどお詫びも兼ねて、
私の部屋で会議してみましょうか。大人の会議をね♡」
「ああ、先の先の、そのまた先を見据えて話し合おうか」
二人で席を立って移動しようとしたとき、
アウラが抗議の声を上げた
「なんだよー!アレクのエッチ!スケベ!」
アレクは肩をすくめ、ため息をつく。
「ふぅ、これだからお子様は。
さぁお姉さん。行きましょう。」
「ビビり!」
(おい!それはやめろ!!俺に効く!!
そもそもビビりの称号を得たのは、お前のせいだろ!)
「な…なんのことやら、
さあ、お姉さん。急ぎましょう。
列車に乗り遅れてしまう」
アレクは顔を引きつらせながらも、
イソイソとナイレアと共にその場を後にした。
あっさりと女の誘いに乗せられてしまうアレクの姿を見て、
ラエルノアは評価を改めたようだ
呆れた様子で、アレクの仲間たちに向かってぽつりと漏らす。
「大丈夫かの、お主らの主は…」
だが、ラエルノアに止めるつもりはなかった。
アドニスの力を教団の者が受けるのは良し。
それよりもアレク抜きで皆と話して見たかったからだ。
とりわけ、イヴには興味深々である。
「"聖女"イヴよ、アレクとの出会いを教えてくれんか」
「は、はい!」
イヴは頬を紅潮させながら、少し興奮気味に語り始めた。
「森の中で賊に追いかけられて、もう絶体絶命というところで、
"女神様、お助け下さい"と祈っておりました。
そうしたら、アレク様が全裸で現れたのです!
今思えば、転生直後だったのですね。
アレク様は女神の使者と名乗り、
私を…そしてカナンを救って下さいました!!」
イヴは神を崇拝するかの如く、あの日の出来事を回想する。
その語り口には敬意と感謝が満ちており、
聞いている者も思わず納得してしまうほどだった。
確かに、これほどの体験をすれば、崇拝したくもなるだろう。
しかし、ラエルノアはその話の中に
とても重要な要素が含まれていたように感じた。
今、何か決定的な情報を得たような…
「賊に襲われたという、
少し前…お主は何をしておった?」
イヴは少し照れながら答える。
「実は、カナンが賊に占領された後、
私は救援を求めてここを目指しておりました。
しかし、私の力ではここまで辿り着くことができず、
私にできたのは、ただ祈ることだけでした。
"女神様の使いが現れ、私と集落を救ってくれる"
そう信じて祈り続けて……気を失ってしまいました。
そして目を覚ました時、アレク様が現れたのです!」
「な…なんじゃと…」
ラエルノアは絶句した。
【巫女】のジョブについて、詳しい知識があるわけではない。
だが、古い文献にはこう記されていた
"巫女には神界から何者かを卸す力がある"
過去には獣に取り憑かれたり、悪魔に取り憑かれたり、
中々難儀な逸話が記述されておった。
だが、今になって考えるとこれはおかしな話だ。
なぜ卸した存在をキャンセルしない?
当たり前だと思い込んでいたがゆえに、見落としていた。
思い込みからくる盲点。
【巫女】のもう一つの技能は使い捨てなのではないか?
"女神様の使いが現れ、私と集落を救ってくれる"
まさか…"聖女"イヴが卸したものは…
いや、状況から見て、もはや疑う余地はない。
■イヴ:ジョブ
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・【巫女】
└スキル:【特権解呪】
└スキル:【神卸】(0)
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アレクは…"聖女"イヴがこの世界に卸したか…!!
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