第094話 クルキス城塞陥落
クルキス城塞へ向かうその道中―――
ふと横を見ると、フィズルが何やら難しい顔をしていた。
「どうしたんだ?フィズル」
「これから詳細を詰める"カナン星約機構"なんですが、
分からないことがありまして……」
「分からないこと?」
フィズルが首をひねるなんて、珍しいな。
「ラエルノア様に妙な謎かけをされたのです。
"タイラスはこの軍事同盟を切望しているが、
今はまだ加入しないだろう"……と。
この意味が分かりますか?」
「"今はまだ"か……後から加入することで、
ガルフ・バウに利する点があるというのだな?」
そう言いながら、星約機構の草案に目を通す。
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■概要
加盟する勢力が攻撃されれば、
加盟する全勢力への攻撃と見なし、
集団防衛にあたる軍事同盟
■加盟勢力の義務
・侵攻を受けた勢力への即時支援
・兵力の一定割合を常備軍として提供
・補給、情報、作戦の共有
・星約違反勢力への制裁参加
■契約期間
・1年単位での更新
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今まで見て来たガルフ・バウの姿を、
ひとつひとつ思い出す。
冒険者ギルドには、初心者向けに
"郊外に花を摘みに行く"というクエストがある。
俺が最初に受けたアレだ。
最近気づいたのだが、あの花摘みには複数の種類があり、
指定される場所はガルフ・バウを中心に、
まるで網を張るように郊外へ散らばっている。
…あれは、異変が起こっていないかの情報取得を兼ねているわけだ。
ルベル=オーガの水星への派遣を考えると、
その情報網は金星の外側まで伸びていると考えていい。
さらに商人ギルドは隊商の運営に力を入れており、
遠方との取引を積極的に広げている。
その範囲はウェルス地方全域に及ぶのだとか。
そして最近知ったのだが、
商人ギルドはいくつかキャバクラのような娼館を所有しており、
そこで働く嬢達は旅人から得た情報を共有すると、
内容に応じて、インセンティブを受け取れるらしい。
明かな情報の買い取りだな。
こうして並べてみれば、嫌でもわかる。
ガルフ・バウとは、それほどまでに“情報”を重んじ、
徹底して集めようとする町なのだ。
それを考えると……
・兵力の一定割合を常備軍として提供
・補給、情報、作戦の共有
この辺りは早く入ることに利点があるように思う。
ネガティブなのは
・侵攻を受けた勢力への即時支援
……位か?
だが、あの町なら血を流すリスクを取っても
情報の為に喜んで参加しそうなもんだが…
なんなら、"支援"と言いながらちゃっかり
情報だけ吸い上げて行く様子が目に浮かぶ。
「う~ん……分からんな」
まぁ、フィズルに分からん事が
俺に分かるわけ無いわな。
フィズルは"そうですか…"といって肩を落とす。
そんな顔するなよ。
俺にはまだラエルノアやタイラスのような視座は無い。
もう少し成長を待ってくれ。
そんなやり取りをしていると、
前方の道に、ウェアドッグの集団がうずくまるようにしているのが見えた。
こちらに気づいた瞬間、彼らは大きく身をすくめた。
まるで、次に何が起こるのか分からず怯えている子犬のようだ。
フェンリルと共に、フェンリカが彼らの元へ駆け寄る。
観戦隊であること、そして安全を確保するために動いていることを丁寧に説明した。
その後、ガルフ・バウまでの道を案内し、持ってきた補給物資を分け与える。
俺もルビー・ブドウを取り出し、手渡した。
甘い香りに、ウェアドッグたちの表情がわずかに緩む。
「よし、ここに補給テントを張るぞ」
フェンリカの声が響く。
彼らの姿を見た瞬間、すぐに理解した。
比較的若く、その割には目には光がない。
生活のすべてを捨て、人生を賭けて安住の地を求めて逃げてきた者たち
――これが難民か。
胸の奥が騒めきやがる。
いよいよ戦争の気配がしてきやがった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の夕暮れ、
俺達は途中、難民の保護に努めながらも、
遂にクルキス城塞2km手前までたどり着いた。
ここはもう国境付近らしく、この先は神聖ロザリ法王国。
■地図:観戦隊経路
現在はリーシャが鳥を飛ばしクルキスの情報を集めつつ、
俺達はテントの設営の準備中だ。
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★ 魔導書 【八咫の記】
└外練+100 / 魔導+80 / ☆詠唱速度:大↑↑↑ / ★神使
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ここへ来るまでに設置した補給テントは5つで、
観戦隊の人数は、もう50名を切っている。
道中で出会った難民は、300名を優に超えていた。
想像以上の数に一瞬たじろいだが、
フェンリカ曰く、これらはまだ序の口で
これから本格的に増える見通しらしい。
……タイラスが難民対策に打って出る訳だ。
そしてもう一つ、この遠征で気付いたことがある。
世界樹から離れたせいか、わずかに魔素が薄いのだ。
まだほんの少しだが、魔力を練るのに苦労する。
エルフ達が世界樹や月冥樹などの
魔素を生成する樹々を保護する理由も分かった。
樹から遠ざかれば、魔法使いはそれだけで不利になる。
そんなことを考えていた矢先、
リーシャが突然声を上げた。
「旦那様っ…!!これは……
クルキスの外壁はすでに突破されています!
既に城内で戦闘中です!!」
胸が跳ねた。
「フェンリカ!!」
「……よし、行くぞ!!」
黒狼の牙の精鋭10名と俺達ペンドラゴンの6名。
予定を切り上げ、クルキス城塞へと急行する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「何だこりゃ……」
思わず声が漏れた。
目の前に広がる光景は、俺の想像を超えていた。
クルキスと呼ばれた石造りの城塞。
その堅牢さを誇るはずの外壁は、
まるで空から隕石でも降り注いだかのように砕け、
あちこちから黒い煙が立ちのぼっている。
夕暮れの空を背景に、煙はゆらゆらと揺れ、
城塞全体が静かに燃えているように見えた。
大規模な魔法が行使されたのだろうか?
良く周りを見渡すと、城壁から離れたところに、
4基のデカい投石機が設置されている事に気付く。
「あれは、カタパルトですね」
フィズルは、戦況を書物に書き写しながら教えてくれた。
石や火のついた可燃物を放ち、
城壁や人馬を攻撃する兵器なのだとか。
そして城壁にピタリと張り付いた木造の塔と梯子。
「攻城塔と攻城梯子です」
攻城塔は
車輪付きの移動可能な木造の塔で、
城壁の高さまで兵士を運び、
上部の渡り板を使って城内へ侵入するものらしい。
攻城梯子の方は、
城壁をよじ登るための、はしご状の簡易装備で、
突入手段としてよく使われるものなのだとか。
そして、城門には櫓のようなものが張り付いている。
「あのやぐらは何だ?」
「破城槌です。
城門を破壊するための攻城兵器で、
丸太を台座に吊り下げ、前後に振って門を叩き壊します。
あれは屋根付きで、矢や火から操者を守る構造になっていますね」
フィズルの話によれば、
攻城戦では侵攻側は要塞を包囲すると同時に、
まず周囲の森を伐採して攻城兵器を作り始めるのだという。
そうして作り上げた攻城兵器を使い、
およそ1週間~2週間かけて攻め落とすのが一般的らしい。
「これが……攻城戦……」
その時、外壁に不気味な影が掲げられたのが見えた。
?
四肢を切断され、串刺しとなった女の死体だ。
人の尊厳を踏みにじる残酷な証であり、
目を背けたくなるほどの惨状だった。
城内からは絶え間ない悲鳴が響いてくる。
もはや戦いの形を保ってはおらず、
繰り広げられているのはただの蹂躙であった。
「……見てられんな」
腹の底から例えようのない感情が湧き上がってくる。
怒りとも、憤りとも、ただの嫌悪とも違う。
「待て!アレク!!」
何かを察したフェンリカに抑止される。
俺達の目的は観戦であって、戦いに来たのではない。
それはよくわかっている。だが――
「旦那様!」
フィズルも止めるか。
「あの兵士達が持っている
武器を手に入れて来てください!」
「お、オウ」
フィズルは冷静沈着というか…リアリストだな。
この惨劇を前にしても、理性で動くか。
"ワープ"
俺は単身、クルキス城塞へと乗り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
―――クルキス城塞内
城塞攻略に当っていたのは、アムルとルガード。
新教皇:ラフィン・ダンタリオンが信を置く2名の聖騎士であった。
「ギャハハハ!!欲望を"解放"しろ!!」
ウェアウルフのルガードが、獣じみた咆哮を上げた。
先ほど決着した攻城戦は、これからフィナーレを迎える。
彼らにとってフィナーレ…蹂躙とは、
これまでの働きに対する褒賞。
女神ヴィーナスから与えられたご褒美なのだ。
それは、彼らにとって当然の権利であった。
男はじっくりと嬲り、飽きたら殺す。
女は犯し尽くし、飽きたら殺す。
同じ生き物を嬲ることで、
自分が"生きている"と実感できる数少ない時間だ。
そんな楽しい宴の最中、突如雷鳴が会場を貫いた。
空気を引き裂くような轟音が、城中へと響き渡る。
「なんだ!?」
一斉に雷鳴の方へ駆け寄る。
アムルは、冷や汗を抑えることが出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「フィズルが言っていた武器はこれの事だよな?
……随分短い矢だな」
気を失った兵士たちから武器を取り上げ、
いくつかアイテムボックスへ放り込んだ。
―――――――――――――――――――
機械弓:クロスボウ
└突撃+50
専用矢:ボルト
└貫通+50
―――――――――――――――――――
先程の"雷の魔法"につられて、
人が集まって来た。一応、赤竜も呼んでおくか。
「来い……"赤竜"《アルバストラス》」
俺は完全に包囲されていた。
どこから突破するか狙いを定めていたその時、
人影の中に、見覚えのある輪郭が目に入った。
褐色肌で、がっちりとした体格のスキンヘッドの男。
忘れもしない、あいつは…カナン襲撃のボス。
「てめぇ!アムルか!!」
その名を叫んだ瞬間、相手の目が大きく見開かれた。
「お前は…カナンの……
一体何者だ!ここへ何しに来た!」
「俺はカナンのアレク。
ガルフ・バウ町長、タイラスより任を受け、
難民の保護に来た」
そんなアレクの首元には
赤みがかった金色のドッグタグが輝いていた。
(あれは……オリハルコン級っ!!)
ルガードがクロスボウに矢を装填し、
アレクに向けようとしたその瞬間、
アムルが慌てて抑止した。
「待て!攻撃停止!攻撃停止だっ!!」
「はぁ!?一体どうしたんだよお前?」
同時に、クルキス城塞は影に覆われた。
(―――え?)
上空に姿を現したのは、神獣種:赤竜。
信じがたい光景を前に、その場の全員が硬直した。
~~~~っ!!
ルガードは、不幸にも赤竜の黄金の瞳と目が合ってしまった。
背筋が凍りつき、血の気が引いていく。
生殺与奪、その全てを握られたのだ―――
「あ……ぁぅ……」
絶句するルガードを他所に、アレクは言葉を続ける。
「捕虜は全員俺が貰い受けるぞ。いいな?」
めちゃくちゃな要求である。
通常であれば到底許容できない。
「ああ、分かった。
捕虜は全員そちらに引き渡そう。
だがこの城塞は我々のものだ。これは譲れない」
だが、アムルは承諾せざるを得なかった。
彼らはすでに任務を果たしている。
ここで無用な抵抗をして失敗に転じでもしたら、
取り返しがつかないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
こうして、捕虜の引き渡しが行われた。
捕虜となっていたのは聖騎士や従士、それに修道女。
若いケルティア人ばかりであった。
疲弊しきった捕虜達にイヴが回復を施すと、
それを見た黒狼の牙の獣人たちは、
気の毒に思ったのか声を掛けた。
「これは聖女イヴ様の施しだ。
お前たちは女神ヴィーナスに祝福されているぞ」
(―――聖女イヴ?)
ルガードは、城塞の上から引き渡しの様子をじっと眺めていた。
手出しできず、ただ指を咥えて見ているしかない。
そんな中、視界の端に同じ種族の女を捉えた。
フェンリカだ。
「……いい女だなぁ」
低く漏れたその声には、
抑えきれない恨みが滲んでいた。
ルガードは異様なまでに自分の物に固執する。
今日取り上げられたご褒美、
その代わりを、あの女に求める事にした。
この恨みは忘れない………決して。
―――星歴:993年1の月
クルキス城塞陥落。
新教皇:ラフィン・ダンタリオンは
神聖ロザリ法王国の全土をその手中に収めた。
そして俺達は、
戦争の現実を脳裏に焼き付けながら、帰路へとついた。
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