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〈翁〉遊び百般

〈想ひ述べ友を失ふそれも秋 涙次〉



【ⅰ】


「開發センター」の廣壯な庭にも、そろそろ秋が訪れる。*〈翁〉の櫟の老木には、もう夏の蟲はゐない。だが、葉が紅葉し落ちるまでには、間がある。子供たちはどんぐりを落とす櫟の樹下で遊んでゐた。

〈翁〉はどんぐりで獨樂を作る法を子供らに教へ、旧き良き時代の遊びの使者として、相變はらず親しまれてゐる。



* 当該シリーズ第48話參照。



【ⅱ】


 * 比良賀杜司は、グループホームから彷徨ひ出で、「センター」近く迄歩いて來てしまつた。郊外の面影がある自然は懐かしいものだつたが、ちと歩き疲れた。猫のチャムを抱いて歩いてゐる彼は、人目についた。「おや坊や、こゝら邊では見かけない顔だねえ」と〈翁〉。「僕は中野から來たんです。道に迷つちやつた」‐「おや中野。カンテラ様のゐらつしゃるところと聞いた」‐「お爺さんはカンテラさん知つてゐるの?」‐「おゝ坊やもカンテラ様所縁(ゆかり)の人かな?」‐「一度『相談室』にお邪魔した事があるんです」。



* 当該シリーズ第68話參照。



【ⅲ】


 杜司とチャムは、牧野がバイク(くどいやうだがホンダ LY125fi)で中野まで送り届けた。田咲の家にチャムを預けて、グループホームに帰つてから杜司は思つた。(不思議なお爺さんだつたな、まるで木の精みたいな。あゝ云ふ人を「浮世離れした」、と云ふんだらうな)‐光流と付き合ふやうになつてから、彼はそんな難しい言葉も覺えた。學校の成績も鰻昇りで、クラスにも溶け込みつゝある。たゞ「つゝある」と云つた譯は、無論苛めつ子の存在がそれを邪魔してゐるからだ。彼らは杜司のグループホーム住まひを何かと苛めの種にして、5年生にもなつてみつともないつたらありやしない、と杜司は思つてゐた。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈糸瓜忌は子規なる人の終着驛客観冩生土に還りし 平手みき〉



【ⅳ】


 苛めつ子グループは、車椅子の光流をも標的にした。たゞ彼はいつもテストの成績トップ。苛めつ子たちは押しなべて劣等生だつたから、見返してやる、と光流は氣合ひを込めてテスト用紙に向かつてゐたのだ。全く、クラスのリーダー格、(何せカンテラがバックにゐる)由香梨がゐなければ、だうなつてゐた事やら。先生は所謂自由放任主義で、全く頼りにならない。



【ⅴ】


 或る日(週末)いつものとおり田咲家に、チャムに會ひに行くと、チャムが何を思つたか杜司のシャツの袖を嚙んで引つ張る。その時天啓が杜司に閃いた。「光流、おうちの自轉車借りていゝかな」‐「父さん乘らないならいゝけど、何で?」‐「ちよつと思ひ付いた事があつてね」


 で、杜司、チャムをバスケットに乘せて、「開發センター」の庭にやつて來た。「お爺さん、お爺さん、ゐる?」‐〈翁〉「おやこないだの坊や」‐「お爺さんは木の【魔】だと聞きました。ちよつとお手をお借りしたいと思つて」



【ⅵ】


 と云ふ譯で、〈翁〉、杜司たちのフリースクールに初見參。學校側には祖父だと云つて置いて、〈翁〉主宰の相撲教室が臨時で開催された。

 苛めつ子たちは「へん、あんな爺イの一人や二人」‐ところが、子供の遊びに長じてゐる〈翁〉の強い事、筆舌に盡くし難い。土俵上をまるで根が生えたやうに動かない。苛めつ子グループは手もなく轉ばされ、然もその報ひとして〈翁〉の持つて來たバリカンで、坊主頭にされてしまつた。

「お父さんに云ひつけてやる~」と捨て台詞の苛めつ子たち。だが肝腎の父兄が來ても、〈翁〉は姿かたちもない。校木の一本に攀ぢ登つて、事の次第を髙見の見物。



【ⅶ】


 結局謝つたのは學校サイドだつた。苛めつ子たちの株は下落。勝者は勿論、杜司と〈翁〉、と云ふ事に相なつた。

「坊や、だけど何時までも儂に頼つてゐてはいけないよ。もうぢき秋も深まる。儂は櫟の木を冬支度せにやならん」‐「はい、先生」

 先生と呼ばれて〈翁〉、面映ゆい心地、だつたとさ。ぢや、都會のメルヒェン、こゝ迄としやうか。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂


〈殘暑ばかりあげつらふには藝要らず 涙次〉



 ま、これにて。


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