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秘密の境界線 百合短編小説集  作者: 六格祭
「これ、生徒会の仕事じゃないんだけど!?」恐怖の首長女、女子高生を追い詰める
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[2]

 ぴたり――2つの目玉の向く先が不意に一致する。その瞳の中にははっきりと2人の少女の姿が映っていた。

 やばい。ようやく思考が回り始める。逃げなくては。その答えにたどり着くのにずいぶんと時間がかかってしまった。

 がたがたと扉が音を立てている。建付けの悪い扉。薄く開いた隙間からはその女の身体がのぞく。古臭い黒のセーラー服を彼女は着ていた。

 れこの手を取って走り出した。もう一方の出入り口に向って。乱暴に扉を開く。盛大にガシャンと音が鳴る。


「走って!」


 振り返らない。振り返ることはできない。廊下を駆け抜ける。

 違和感。何かがおかしい。首長女の実在はさておくとして。

 空の色。どことなく青みがかっている。夕日の赤にまじって。紫色に染まる。あの女の目の色みたいに。

 ぞくりととてつもない不安感に襲われる。ここは本当に自分の知っている学校なのだろうか?

 だれにも出くわさない。放課後の時間帯、昼間ほど人がいないのは当然として、さっきあれだけすれ違ったのに。今は1人もいない。

 どころか人の声すら聞こえない。まだ部活動をつづけてる人がいる時間帯のはず。だのにひっそりと校舎内は鎮まり返っている。

 りりりりりりりりりり。

 耳元で甲高い音が鳴り響く。発作的に振り向いていた。

 息の触れる距離に女の顔があった。舌を細かく震わせている。

 不思議なことに彼女の身体は揺れているようには見えなかった。まるで廊下の上をすべっているみたいに移動していた。

 目を逸らす。今見たもののことは忘れろ。そうした方がいい。どうすればいいのか考えべきだ。

 どこに逃げればいいのか。わからない。ただ美玲の直感は告げていた。この旧校舎から出なくてはいけない。根拠はないがその感覚は当たっているような気がする。

 同時に思う。足を緩めてはならない。先にスタートしたはずなのにすでに追いつかれている。でも捕まってはいない。恐らく走っている間は捕獲されない。けれども足を止めた瞬間に終わる。

 それらはすべて理屈で説明できるものではなかった。けれども美玲はその自分の判断が正しいと信じられた。

 3階2階と階段を駆け下りる。確認しなくてもあの女がついてきているのはわかっていた。

 一応窓にも気を配るが開いている感じはしない。開けてみようとするだけ無駄だろう。

 1階への階段を下っていく。もう少し。階段を下りたらすぐそこが出入口になっているのは覚えている。


「美玲ちゃん」


 きれぎれに名前を呼ばれた。

 つないだままの手。なんとなく気づいていた。それがだんだんと重たくなってきていることに。

 単純に体力で比べたられこの方が大きく劣っている。先に限界を迎えるのは彼女からになる。

 あと少し、ほんの少しだけでいいから頑張ってほしい。それは無理な願いなのだろう。すでにそうしてぎりぎりまで頑張った末に彼女は声をあげたのだから。


「手をはなして」


 残った体力を振り絞るようにして彼女は言った。

 それを聞いた瞬間に逆に強く手に力を込めていた。絶対に離さないという自分の意志を強く確かめるみたいに。

 けれども現実というのは非情なものだ。そうした精神の力によって乗り越えられるものなどたかが知れている。

 ふっと糸の切れたみたいに掴んでいた腕が力を失う。物体へと変わる。急激な重さが美玲の体にのしかかってくる。

 ささえきれない。1階に向かう階段。残すところはあと5段もない。もつれるようにして転がり落ちた。

 冷たい廊下の上。衝撃はあったが痛みはない。れこは目を回してしまってぐったりしている。

 止まるな。立ち上がれ。自分に言い聞かせる。

 長い首の女が2人の少女を見下ろしていた。

 ゲームは終わったのだと理解する。再び立ち上がったところで逃走のための権利はもう失われてしまっている。

 四肢の末端から身体が冷たくなっていくのを感じた。紫色の瞳が視線だけで生物から熱を奪っているのだとわかった。

 このまま温かさを失ってしまえば、心臓まで凍りついてしまえば、自分は静かに終わることになると美玲は確信した。

 立ち上がっていた。一歩だけ前に進む。首長女に近づく。

 どうしてそのような行動をとったのかはわからない。この時にはとっくに頭なんてまともに働いていなかった。

 両手を広げる。その視線を後ろで倒れているれこからさえぎるみたいに。

 涙があふれてくる。がくがくと激しく膝が震える。それらは明らかに恐怖の感情に基づいていた。

 言葉を発することはできなかった。仮にできたとしてその状況において適切な言葉などというものは存在したのだろうか?

 長い時間そうしていた。不意に美玲は目の前にいる女がうっすらと口角をあげていることに気づいた。

 空気が緩む。全身から力抜けていくのを感じる。

 首長女の影が薄れる。その存在がゆるやかに希薄になっていく。それがまったく姿かたちを失ってしまうのにあまり長くはかからなかった。

 空気にとける。最後はあっさりと消え果てた。

 美玲はへなりとその場に座り込んでいた。遠くから何かの掛け声が聞こえてきて日常に戻ってきていることを知った。


「れこ」


 名前を呼んだ。


「なに?」


 返事がある。


「たすかったみたい……?」


 何を言えばいいのかよくわからなかった。とりあえず思いついたことを言っておいた。その言葉を口にして初めて美玲は自分でもそんな風に思えてきた。

「「これ、生徒会の仕事じゃないんだけど!?」恐怖の首長女、女子高生を追い詰める」了

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