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この作品は、ノクターンノベルズに投稿済みの作品を、なろうの規約に合わせて修正したものです
やってしまった、衝動的に。
いや前々から計画していたことではあったんだけど、その実行が今日じゃなかったというか。もっと慎重に日取りを選んで行動に移す予定だったのに。
ベッドの上ではあかりちゃんが二十歳を過ぎたにしてはちっちゃな体を横たえている。その上に私がおおいかぶさっている体勢。簡単に言えば、私はあかりちゃんをベッドに押し倒してしまったというわけだ。
私の誕生日にお互いお酒が飲めるようになった記念に、2人で宅飲みというやつをやってみた。
各々がおいしそうだなと思ったお酒とおつまみを私の部屋に持ち寄って、夕方から。お酒は苦くて飲めたものじゃないものもあれば、甘くておいしいけれどこれジュースでいいのでは、というのもあって、まあまあ楽しめた。
別段酔ったなあというような感覚はなかったのだけれど、はじめてのことだからわからなかっただけで、実際はそれなりに酔っていたのかもしれない。
低いテーブルを挟んで向かいに座ったあかりちゃんの少し上気した肌、いつもの黒のショートカット、大きめのTシャツからのぞく細い手足、それから緩い胸元――ちらりと控えめな膨らみが見えた瞬間、私の体は欲望のままに動いていた。
私は女性にしてはそこそこ身長が高い方で、あかりちゃんと比べればまあ頭1個分ぐらい違ってくる。2人の間には明瞭な体格差があり、力で争えば負ける道理はない。
長い黒髪があかりちゃんの上にかかっている光景を眺めながら、どうしたもんかなあ、と変に冷静に私は考えた。
大学に入って初めて会った時からあかりちゃんのことはかわいいと思っていて、仲良くなるうちにもっと親密な関係になりたいと考えるようになって、言ってしまえば告白のタイミングを図っているような状況だった。
あかりちゃん側から見ても今現在一番仲のいい友達は私のはずで、女同士ということを考慮に入れるとすんなりとはいかないかもしれないけど、案外なんとかなるんじゃないかという希望的観測を私は抱いていた。
今となってはそうした予測はぶっ壊れてしまったが。
冗談で済ませることはできないだろうか?
この場はそれで流すことはできなくもなさそうだ。しかしどうしても相手に疑念を抱かせることになるだろう。
そうなったら在学中に関係を発展させるのはほとんど不可能になる。卒業後もつながりを維持できたとしても次の段階に進めるのに難易度は上昇せざるを得ない。
進むか退くか?
ごちゃごちゃ考えたところで、結局はこの2択。いや進んだところで勝機がない以上、ここで進むのは自殺行為だろう。わずかな希望にかけて、勇気ある撤退を――
下で仰向けに寝転がるあかりちゃんをじっと見ていた私はそのかすかな動きを逃さなかった。彼女のつぶらな瞳がわずかに揺れ動くのを。
もしかして? いけなくもない? かもしれない?
五分五分いや六分四分。ひょっとして今この瞬間こそが求めていたタイミングで賭けにのるべき場面なのか。
この世界は完全情報ゲームじゃない。お互いの手札が全部さらけだされてることなんてありえない。こっそり袖の下に切り札を隠していてもまったくもってルール違反にはならない。
わからないことが多すぎる。だからどれだけ時間をかけても先を読み切ることなんて不可能だ。どこかで思い切って跳躍する必要がある。そのどこかが今まさにやってきているのかもしれない。
決してここでひいても友達に戻れないならいっそ――みたいなわりとひどい考え方によるのではない。
人間は手の流れを考える。この局面だけ抜き出してAIにかければ、AIはひけというかもしれない。だが自分で仕掛けておきながら、局面を穏やかに納めようというのは癪だ。何をやっているのかわからない。
ここは突っ走るところだろうが!
あとは私の腕次第だ。この判断があってるのかどうかわからない。もうそれで迷ってるような状況じゃない。一度こうと決めたからには自分の感覚を信じて突き進むのみだ。
そっとあかりちゃんの華奢な体に手を伸ばしていく。
どの順番で攻めてけばいいのか、頭の中でしっかり段取りは決まっている。イメトレなら何度もやってきた。
まあだいたいその途中で、こう、1人でしてばっかだったような気がしないでもないけど。
まずは首筋、触れるか触れないかの優しい感じで。くすぐったいのと気持ちいいのの中間。徐々に相手の性感を高めていくのが目的。
あかりちゃんは――何の反応もない。
あれ? おかしい? 私の想像の中だとこの段階で体をぴくんと小さく跳ねさせて、きゃっとかかわいらしい声をあげるはずだったんだけど……。
まだ慌てるような段階じゃない。次に行こう、次だ。次は、えっと――なんだったっけ?
やばい! 頭がうまく回らない。飲酒と緊張のダブルパンチ。綺麗に計画が飛んでいる。だいじょうぶ、問題ない。今から段取りを組み立て直せば間に合う。えっと、だから、あかりちゃんを気持ちよくさせてそれで。
目の奥が熱くなる。自分が泣きそうになっていることに気づいた。いやここで泣いてどうする? 泣いてる場合じゃないだろ? 我慢しろ。全力で押しとどめろ。だめだ。泣いたらだめだ。
そんなことわかっているのに。どうしようもなくて。目の端から涙があふれてきて、それをコントロールすることは私は不可能だった。
終わった。打つ手なし。完全に嫌われた。一方的に迫って、何もできず、とりつくろうことすらできず、勝手に1人で泣き出して。恋人になんてなれなかった。友達にももう戻れない。
「だいじょうぶだよ」
声が聞こえた。あかりちゃんはほほ笑んでいた、私に向かって。
「心配しなくていいよ、どういう状況なんだか私にはよくわかってないけど」
正直すぎる! いやまあ向こうからしたらそうなって当然なんだけども!!
すっとあかりちゃんが私の腰に手をまわしてくる。何? 何? 何? と戸惑っているうちに、くるりと視界が入れ替わって私はあかりちゃんの顔を見上げていた。
一体何が起きたのか? 背中に慣れたベッドの感触、遠くに天井が見えている。
「言ってなかったっけ? 私ちっちゃなころから合気道やってたから」
合気道すごい!
いや体勢が入れ替わった謎はそれで解けたけど、いや全然解けてないけど、いったいぜんたいなんであかりちゃんはそんなことを……?
ぼんやり考えごとをしていたせいだろう、ふひゅっと私の口から変な声がもれていた。完全な不意打ち。細い指先が首の外縁を静かになぞっていった。
「こういうことであってる?」
あってるあってる、すっごいあってる。それこそ私のやりたかったこと。同意を示すのに私は何度も首を縦に動かした。
え、なんで? なんであかりちゃんにできてるの?
「呼吸を読んでそれを乱す、なんだって同じだよ」
いやそんなこと言われても、できないものはできないんだけど。まず呼吸が読めないよ、普通は。
「合気道やってたから?」
合気道すごいな!
生え際、脇腹、膝の裏……あかりちゃんの指が触れるたびに、じんわりと私のお腹の奥に快感が蓄積されていく。
耐え切れなくなって私はあかりちゃんのTシャツのすそをつかむ。彼女はにっこりとどこか妖艶に笑うと私の耳元に唇を寄せてきた。
「すき」
言いながら背後に回った手が背筋を撫で下ろす。私の腰はひときわ大きく跳ね上がって、そして意識を失った。
――目覚めれば、いつもと同じ私の部屋で、ただいつもと違って狭いベッドの中、すぐ隣にあかりちゃんが寝ていた。
ずっと寝顔を見られていたのだろう。私が目覚めたことに気づくとすぐに頬へと手を伸ばしてきた。それだけのことで私の体がざわつくのが感じられる。
「かわいかったよ」
そんな言葉を彼女はささやく。びりびりと弱い電流が神経を流れた。完全に自分が堕とされたことを自覚する。
うーん、なんだろう? 思い描いていた構図とはまったく逆になったけど、結果的にはまあよかったんじゃないかな? 多分おそらくきっと?
私は暖かな手の感触を楽しむようにそれに体重を預けた。
「酔った勢いで親友をベッドに押し倒してしまいました」了