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秘密の境界線 百合短編小説集  作者: 六格祭
まさか廃墟探索が『〇〇しないと出られない部屋』になるなんて!?
12/21

[4] 決断の時、そして奇妙な結末

 要するにこれは――『〇〇しないと出られない部屋』だ。

 いやでも心霊現象ってそういうの嫌うんじゃなかったっけ?

 霊にも趣味がいろいろあるんだろう。生きてる人間だって下ネタが得意なやつも不得意なやつもいる。なんにしろ随分ぞくっぽいやつだ。

 事態は何も変化してないが茉奈はいくらか気が楽になってきた。状況にわかりやすい名前をつけることができたからかもしれない。

 落ち着いてきた目でもう一度現状を把握する。

 自分の状態、いつもとはあきらかに違うが問題ない。まあこのままあと1時間は余裕で理性を保っていられるだろう。

 悠里の状態、ピアノにもたれかかってぜーぜーと息を吐いている。あきらかに発情が進行している。

 珍しい。基本的に怪異の影響は茉奈に強く表れてきた、これまで遭遇してきたケースではいずれも。霊感があることと関係があるのかもしれない。何か霊による影響を受けやすいところがある。

 これこのまま放置でだいじょうぶなんだろうか?

 茉奈としてはもうちょい状況を見たい。霊の思惑通りに動くのはあくまで最終手段として残すべきだ。

 でも悠里の方はそんなにもつんだろうか?

 目があった。その瞳は涙でうるんで切なげに揺れている。


「茉奈ぁ……」


 蕩けた声で名前を呼んでくる。そうして太ももをすりあわせてひとりで耐えようとしている。

 この感情はそもそも外側から挿入されたものだ。それが強く表れた状態がつづくのは精神に悪影響を与えかねない。だとしたら――

 いやこの結論は自分にとって都合のいいものでしかないのではないか? 単純な欲望に流されて理屈を組み上げていやしないか? 手前勝手に怪異の思惑を読み取って自分のやりたいようにやろうとしているだけなんじゃないか?

 どの問いにも明確に答えを出せない。明確に答えを出せるような精神状態じゃない。

 ただすぐ近くで苦しんでる悠里の姿を茉奈は見たくないと思った。それすら言い訳にすぎないと頭の片隅にちらりと思い浮かべたがそこにとらわれては思考は堂々巡りで思い切って無視することにした。

 大股で歩く。自分の意志が揺るがないように。

 ピアノの前で立ち止まる。かがみこんで悠里の細い肩を抱く。その体は驚くほど熱を持っていた。至近距離でささやく。


「ごめん、我慢できなくて」


 そのまま唇をずらしていって、吐息がほおをくすぐる――ぐいっと肩を押し返された。

 なぜに? いや正直それは想定してなかった。拒否されない自信はあったのに。

 悠里ははっきりとこちらを睨みつけて言った。


「うそつき」

「いや、うそ、ではない、けど?」


 茉奈は思わず目を逸らしていた。なんかこれ完全にこちらの思考を読まれてるっぽい。


「茉奈、まだ全然余裕でしょ。それなのに、私が苦しそうだからって理由で、手を出そうとしてた」

「なんのことかよくわかんないですね」


 とぼける。絶対に100%ばれてるけど。

 さすがは幼なじみといったところ。同じ結論にたどり着いてその後、どういう思考をたどったかもほとんど把握されてる。


「まあ正直全部が全部ほんとってことはないけど」

「ホントとウソの割合比べたらウソのほうが多いでしょ」

「ウソ6のホント4ぐらいかなあ? それでもウソとしても十分すぎると思うよ。すべて完全にホントの言葉ってなかなかないと思うんだよね。だいたいの言葉には本人が意識するしないにかかわらず少なからずウソが混じってくるものだと、そういうものなんじゃなかな?」

「何の話してるの?」


 それは私が聞きたいところ!

 なんだか頭がくらくらしてくる、わけがわかんなくなってきた。

 なんでこんな状況で言葉で責められているのか? 茉奈にはわかっていない。あるいはなんでこの状況で責めているのか? 悠里にもわかっていないのかもしれない。

 ぴしゃりと何かが音を立てた。反射的に振り返れば、この窮地を脱することができたらなんでもよかった、音楽室の扉が勝手に開いていた。

 なんで?


「開いてる!」

「開いてるねー……なんで?」

「私にもわかんないけど!」


 いや多分なんだけど、最初にたてた推測はそこまで間違ってなかったと思うんだけど、その条件は全然満たしてないはずなんだけど、気づけば体の熱も一気に下がって通常通りに戻っていた。

 胸の高鳴りも消えている。まあ悠里の顔を見ればかわいいなとは思うけどそれはそれでいつのものことであって特筆して異常なわけではない。

 2人して顔を見合わせたところで何の答えも出ない。

 ふと人の気配。ピアノの隣に少女が一人立っていた。長い黒髪を後ろで結んで、やぼったい制服を着た、どことなく古風な少女。


「私はこの学校に取り憑いた霊。報われない恋に絶望してこの身を投げ出しました。だからこの廃墟にやってきた百合カップルを監禁しては強制的に関係を結ばせることで、自分が果たせなかったことを、無理矢理ではありますけど、なしとげるお手伝いをしていました」


 なんだこいついきなりめっちゃ語るな。あと私たちは別に百合カップではない。頭の中ではツッコミを入れながら茉奈は静かにその幽霊の話を聞いておいた。


「けれどもあなたたちは今まで私の見てきた人たちとは違った。本当に真摯に互いに向き合っていて最終的にその場の欲望に流されることはありませんでした。私の今までしてきたことは間違いだったのかもしれない。そう気づかされました。私はもうこんなことはやめて消えようと思います」


 そう言うや否や彼女の身体は空中に溶けていってすぐに見えなくなってしまった。

 えーまじで、なんだったんだ、今の?

 帰り道はわりと簡単に見つかった。というか音楽室からベランダに出たら一本道で非常階段までつながってた。それは嘘みたいに綺麗に保存されていてこれが壊れるならこの校舎全体ぶっこわれるだろうとそれぐらいしっかりしているように見えた。

 その後は普通に電車に乗って揺られて帰って駅で別れた。終始2人とも無言で別れるときにさよならと言ったぐらい。気まずいというのも少なからずあったけれどそういうのを通り越してあれはいったいなんだったんだというところに頭を支配されていた。

 いやまじでほんとにあの幽霊? なんだったの? 説明するならもっとちゃんと説明してから消えてくれ!

「まさか廃墟探索が『〇〇しないと出られない部屋』になるなんて!?」了

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