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秘密の境界線 百合短編小説集  作者: 六格祭
まさか廃墟探索が『〇〇しないと出られない部屋』になるなんて!?
11/21

[3] 音楽室の密室と、超常現象の真意

 5階、外から見た限りでは最上階、その一番隅。

 他と比べて比較的広い部屋。ネームプレートには「楽室」との表記。おそらくもとは「音楽室」、音の字だけがかすれて消えてしまっている。

 悠里はポケットから途中で拾った鍵を取り出す。まったくすべて予定されていたようにその鍵は綺麗に回転する。するすると音もたてずに扉は開いた。

 その部屋は奇妙なほどに清掃されていた。これまでの校舎には埃がたっぷりと溜まっていたというのに。うっすらと夕日の差し込むその空間にはまったく塵ひとつ落ちていないように見えた。

 広々とした教室の中心にはぽつんとピアノが1台置かれている。

 せめてそこで悠里のことを止めるべきだった。茉奈がぼーっと部屋の中を観察している間に、悠里はすでにその内部へと足を踏み入れていた。

 茉奈もまた音楽室へと入る。瞬間ぴしゃりと音を立てて背後で音楽室の扉は閉まった。振り返って手を掛けるも当然のように扉は開かない。

 全力で体当たりすればどうにかならないこともないか? おそらく無駄に体力を消耗するだけだ。

 茉奈は感覚的に理解していた。これは明らかに日常の範疇を逸脱した状況だ、通常の解決手段を用いたところで徒労に終わるだけ。

 閉じ込められた。

 窓はあるが5階。さすがにそこからの脱出は難しい。

 相手の目的はなんなのか? そうした存在が明確にいると仮定しての話になるけども。

 考えを打ち破ったのはピアノの音で、それは超常現象というわけではなくて悠里が普通に弾いてた。こいつ怖いもの知らずか。そんなことしてられる状況じゃないだろうに。

 悠里はピアノをそこそこ弾ける。中学に入る前はわりと熱心にやってた。今でも趣味でつづけてはいる。そのぐらいの感覚があってるらしい。

 静かな教室にピアノの音だけが響く。曲は知らない。なんか有名なやつ。夕日に照らされて優雅にピアノを奏でるその姿は絵になってた。

 どくんと大きく心臓が波打つ。

 視界が一瞬だけ深紅に染まる。それが自分の中から生じてきた感覚でないことはすぐにわかった。何か外側から強制的に脳内へと電気信号を送り込まれた感じがした。

 若干の息苦しさ。全力で走った後みたいな。異様というほどではない。通常の状態からわずかに逸脱する。鼓動が速い。体温も少しあがっている。

 ピアノの音は止まっていた。椅子に座って鍵盤の上に手を置いたまま悠里は静止している。

 茉奈にとって一番大きな変化はその幼なじみの少女のことが魅力的に映って仕方がないことだった。

 ついさっき至近距離で眺めたパーツのひとつひとつが脳裏にやきついて離れない。そうしてそのひとつひとつが茉奈の興奮を掻き立ててやまない。

 前へと踏み出す。唇をかみしめそこで立ち止まった。あぶない。意志の力でもってその場で踏みとどまる。

 状況を整理しよう。状況を整理するには今の状態を簡潔に言葉で表現することが重要だ。

 要するに私は発情している。

 いやいやいやなんだそれは? 茉奈は自分の言葉に自分でツッコミを入れた。

 でも最初にこの廃墟にやってきた時のやな感じ。それから校舎内に入ってここまで誘導されてきたこと。そして音楽室に入ってからの急激な身体の変化。

 これらはすべて自分の内側から発したものではなくて外側から押しつけられた、しかも通常の科学では説明できない現象の類と考えた方が話がわかりやすい。

 つまり超常現象が最終的にやりたかったことは2人だけしかいない部屋に閉じ込めて発情させることだったわけだ。

 意味がわかんない。意味がわかんないがこれまでのところをまとめてなるべく理解できるように解釈するとそういうことになった。

 そもそも怪奇はそうした人間に理解できるような意志を持ち合わせているものなのだろうか?

 まったく人間と関係なしに生じるものであれば、その意図があると考えてそれを読み解こうとするのは無駄な行為だろう。ただ現象を擬人化してある種の安心を得ようとする試みにすぎない。

 だがその現象がもともとなんらかの形で人間と関係のあるものだったとすれば?

 わかりやすく言えば幽霊、なんらかの強い思念を抱いて死んだ人間のその思念が残って変質していったようなもの。その場合、その元となった思念の意図が現象に大きく影響を与えていたとしてもおかしくはない。

 荒い呼吸の音が聞こえることに気づく。自分のではなかった。悠里は椅子に座ったまま苦しそうに胸を抑えている。その頬は紅潮しきって真っ赤にそまっていた。

 原因なんてのんきに考えてる状況ではない。重要なのはこの状況をいかにしてぬけだすかということ。

 茉奈は不本意ながらこれまでの経験を思い出す。いわゆる霊感があるのに、あるいはあるせいで? 何度か怪異には遭遇してきた。

 このレベルで深みにはまったことも過去3回ほどあった。思い返してみればいずれも悠里に巻き込まれる形だったような気がするが。今はそれについて深くは考えないようにする。

 怪異には発動条件と解除条件がある。何らかの行為によって発動し、何らかの行為によって解除される。

 今回の場合はどこで発動したのか?

 下手すれば校舎に立ち入った時、自動的に始まっていた可能性がある。その時点では引き返す選択肢は残されていただろう。そういう意味ではやさしい方かもしれない。

 じゃあ解除条件はなんなのか?

 大抵の場合それは考えればわかるようになっている。まったく秘匿されているということはこれまでの経験上ありえない。

 なんでそうなってるかは知らない。怪異には怪異なりのルールがあるんだろう。それがなければ怪異として成立しえないのかもしれない。

 ひとつ、思いついた解除条件はあった。しかしあってるかちょっと不安だ。でももう一度最初から考え直してみたところやっぱりそれがあってるらしかった。

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