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秘密の境界線 百合短編小説集  作者: 六格祭
夏の予感、恋の鼓動
1/21

[1] 戸惑いの昼休み

 野宮菜穂はぼんやりと中庭を眺めていた。

 初夏。暑くなってきたせいで外で食べている生徒は少ない。

 ミディアムショートの髪が揺れる。かすかに吹いてくる風が心地いい。

 昼食のパンはすでに食べ終わった。ちみちみとカフェラテのボトルに口をつける。

 午後の最初の授業はなんだったっけ? 思い出した、数学だ。

 身体が消化にかかりっきりで頭が回らない時に、なんで三角関数なんてものについて考えなければならないのか?

 昼食後すぐの授業に数学を配置することを法律で禁止すべきだ。といってもかわりに何をしたらいいかは知らないが。

 体育は食べたすぐ後に運動するのってあんまりよくなさそうな気がする。もっと頭も体も使わない感じの授業、もしくはいっそ昼寝の時間をとるとかどうだろう?


「せーんぱい♪」


 なんてどうでもいいことをつらつら考えていたら、後ろから声をかけられた。

 振り返れば明るい黒のミディアムロングをハーフアップにした少女が、ベンチに座った菜穂を見下ろしている。

 半袖のポロシャツとひざ丈のプリーツスカートからは健康的な手足が伸びる。本人から聞いた話によれば、あんまり運動は得意じゃないらしいけど、ぱっと見はそんな風には見えない。


「こんにちはー、みそらちゃん」

「こんにちはー、菜穂せんぱい」


 気の抜けた挨拶をかわす。彼女の方はなんとなく声が弾んでいるようにも聞こえた。

 すでに昼食はとり終えたのだろう、手には何も持っていない。菜穂に尋ねるまでもなく、みそらはその隣に腰を下ろした。

 距離が近い。うっかり動いたら肘と肘がぶつかりそうだ。

 ベンチの端と端に座れ、というのはさすがに離れすぎている気がする。けれどもこれはこれで近づきすぎだと思う。

 少し落ち着かない気分にさせられる。菜穂の方から離れるという行動をとるほどではないにしても。

 新開みそら。菜穂より1つ年下で1年生。

 別に昔からの知り合いというわけではない。彼女が高校に入ってから出会った。つまりはまだ2、3か月程度の付き合いでしかない。

 きっかけはなんだったのか?

 ここ中庭をなにやらうろうろしてたみそらに、菜穂が声をかけたことだ。なんだか困ってるように見えたから。

 それだけの関係。校内を案内して別れてそれで二度と関わらないのが普通。その時点では互いに名乗ることすらしなかった。

 なのになぜか今では互いの名前もクラスも知っているし、こうして今日も中庭で話をしている。

 菜穂はこの場所が好きだ。昼ごはんを食べたり、何もせず行き交う人々をぼんやり見たり、時には本を読んだり。

 そこによく彼女は訪ねてきた。そうして今に至る。


「何飲んでんですか、先輩?」


 変わらず中庭を眺めてる菜穂の顔を、みそらは不意打ちでのぞきこんできた。琥珀色のまあるい瞳と目が合う。心臓に悪い。


「ただのカフェラテだよ」


 なんだかひどくぶっきらぼうな口調になってしまった。そんなつもりはなかったのに。

 といってもみそらの方では、菜穂の態度をまるで気にしない様子。いたって軽い調子で次のように言った。


「ひとくちくださいよ♪」

「うぇえっ!?」


 変な声が出た。

 何でそんなに動揺したのか、菜穂は自分でもよくわからなかった。けれども少しの間をおいて考えたところ、彼女の要求していることがいわゆる間接キスにあたるからなんじゃないかと気づいた。

 いやいやいやいや動揺しすぎだろ、そんなことで。

 女の子同士だし回し飲みぐらい多少親しい間柄ならやっている。菜穂自身、友人としたことぐらいある。

 けれどもその時は今みたいに心を取り乱したりはしなかった。

 なぜ今、私は冷静でいられていないのだろうか?


「どうしたんですかー、せんぱーい?」


 すぐ隣からみそらが心配そうに問いかけてくる。

 その声音から菜穂は彼女の唇の形を連想していた。意識して、というわけでなく、ほとんど自動的に。

 薄くリップののったピンク色の唇。やわらかそうなそれは、彼女が明るくはきはきとしゃべるたびに、その形を変える。

 心臓が痛い。余計に自身の思考を保ってられなくなる。

 菜穂は何も言わずに立ち上がっていた。みそらの方を見ることはできなかった。


「残念だけど、もう空になっちゃったみたい。じゃあね」


 早口でそれだけ言うと、菜穂は足早に中庭を立ち去った。みそらが何か言っていたような気もするが、何と言っていたのかはよく聞き取れなかった。

 そのまま教室まで無心で歩きつづけて、自分の席に座る。依然としてどきどきと胸が激しく鼓動している。少し早足で運動しただけでそうなっているのだとしたら、あまりにも運動不足がすぎる。

 昼休みの残りの時間をどう過ごしたのか、それについてははっきりしない。ただ再び頭が動くようになったころには、すでに午後の授業が半分ほど終わっていた。

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