第4話 わずかな綻び
あれから三十分後、エレノーラ様の許可が下り、私は何とか生き残った。
命からがらエレノーラ様と共に大聖堂へと戻ることができたのだった。
「師匠、今回はものすごくきつかったです……」
「あら、タクトでもそんな弱音を吐くのですね。新たな発見ですわ」
いや、いつも吐いてますが……。
聞こえてなかったりするのでしょうか。
「まあ、ゆっくり休むといいですわ」
私は自室に戻り、身を清めてからベッドで横になった。
しばらくして、エレノーラ様が部屋を訪れる。
私は何とか目覚め、眠気眼で対応した。
「起こしてしまってごめんなさいね、勇者イグノールから連絡で、貴方に会いたいそうよ」
「……イグノール?」
私は支度を整え、テレポートでイグノールの元へ向かう。
彼は家にいて、ほかのメンバーも集まっていた。
「疲れているところ申し訳ない。入ってくれ」
応接室に通され、みんなが集まる席に着いた。
「みんな、集まってくれてありがとう。十分ほど時間をもらう。今日の戦闘についての反省会をしたい」
イグノールがみんなの前に立ち、話を進行する。
「今日攻略した階層ボスは、以前俺たちが倒したことのある敵だった。だが、今日はみんなが想定していたような戦いができなかった……」
クローディアとメリエラがイグノールの話に頷く。
「だが、タクトのおかげで危機を脱し、敵を倒すことができた。タクトにはみんなを代表して礼を言いたい」
その言葉にバルドスが三度頷く。
だが、場の空気がどうも重い気がした。
「……タクト、ありがとう」
イグノールが頭を下げる。
「いいよ、頭を上げてくれ」
私は思わず返事した。
だが、話はここからだった。
頭を上げたイグノールの目に影が差す。
「もうひとつ、タクト、聞かせてもらいたいんだ」
「……ん?」
イグノールは真っ直ぐ私を見て話し始めた。
「お前から見て、俺たちはどう思う? ……その、強いか弱いか、だ」
みんなの視線が私に向いてくる。
聞かせてくれと言わんばかりだ。
少し考えて、口を開いた。
「……そうだな。S級冒険者なだけあって、みんな強いと思う。イグノールとクローディアの剣技、バルドスの防御、メリエラの魔法。見事だと思った」
みんなの目が少し見開き、口角が上がる。
そんな中、私は続けた。
「だけど、まだみんな本来の力が出せてなかった気がする。きっとそれはみんなにとって、ミレーヌの功績が大きかったんだと思う」
「そんなバカな……」
イグノールが私の言葉に対して呟く。
「私は見ていないから知らないが、今日苦戦していた部分を、彼女が見えないところも含めてサポートしていたはずだ。心当たりはないか?」
「あるわ!!」
バンと両手でテーブルを叩き、クローディアが勢いよく立ち上がる。
ほかのみんながぴくっと反応した。
「的確で行き届いた指示、絶妙な回復と補助魔法、要所での敵へのデバフ。――どれも私たちにとって気持ちよく戦わせてくれるものだったわ!」
彼女の肩が小さく震えている。
クローディアの主張に私は深く頷く。
それにメリエラも続く。
「うん。事前の準備も完璧だった。私たちやイグノールに気を配ってくれて、無駄な緊張をほぐしてくれていた。……戦闘中も結構楽させてもらってたし」
私はメリエラの顔を見ながら頷いた。
「俺もそうだ。ミレーヌが後ろで目になってくれていたから、前でどっしり構えることができていたんだ」
バルドスは目を閉じ、腕組みしながら語ってくれた。
「……みんな、あまり抜けた奴のことを言うな。ミレーヌはもういないんだ」
イグノールが低い声で最後に言った。
しんとした空気が部屋を満たす。
「そうか、わかった。まずはそれが一つなんだ。で、もう一つは……」
私が挟んだ言葉にイグノールが食いついた眼をして聞き入る。
「君たちは強いと思う。今から国軍に編入されても、兵士たちに劣らない働きができるだろう。――たが、まだ足りない」
「……足りない、だと?」
「――ああ、そうだ。魔王軍に立ち向かうには、まだ力が足りないと思う」
「それってどういうこと? 国軍と共闘しても負けるというの?」
クローディアが問い詰める。
「――その通りだ」
私の言葉に一同沈黙する。
「おいおい、そりゃあ俺たちを見くびりすぎじゃないか?」
バルドスが割って口をはさんだ。
その瞬間、私ははっとした。
また昔の悪い癖が出てしまっていた……。
みんなの顔を見て少し間を置く。
「すまない、みんな。つい熱くなってしまった。今言った事は忘れてほしい……」
一同が私の豹変ぶりに戸惑いを見せる。
「どうしたの?」
メリエラが尋ねる。
「……いや、新参者の私が言うことではなかった。悪かった」
私はみんなに頭を下げた。
「ちょっと! 言いたいことは最後まで言いなさいよ!」
クローディアが私に噛みつくが、イグノールが手で制した。
彼女は俯いて席に座る。
「……タクト、頭を上げてくれ」
イグノールが私の目を見て続ける。
「俺の聞き方も間違っていた。だが、お前の考えを聞けて良かった」
「……イグノール」
「ここは喧嘩両成敗ってことで、この話はお開きにしようじゃないか」
「ああ、そうしてくれると助かるよ……」
まだ重々しい空気が流れていたが、イグノールの機転で会談は打ち切られた。
みんなが立ち上がり、それぞれ部屋を後にする。
「タクト、残りなさい」
部屋を出ようとした私の腕を、クローディアがつかんで言い放つ。
その瞳は、先ほどと変わらぬ熱を帯びている。
「え?」
「中途半端に頭を下げて終わり? そんなの、絶対に許さないから」
納得するまで、クローディアは私を放してくれそうにない――。
結局、その後二人きりで、二十分ほど議論を重ねたのだった……。