第2話 勇者は何を思うか【勇者イグノール視点】
ダンジョン第五十層の討伐を終え、俺たちは拠点に戻った。
タクトが俺たちと別れた後も、胸の奥がずっとざわついていた。
――あの黒鉄の騎士を倒したのは、誰だ?
問いの答えはわかっている。
あれを討ったのは、俺じゃない。バルドスでもクローディアでも、メリエラでもない。
タクトだ。
俺の代理で国家の戦争代表に選ばれ、勇者メルキウスに勝利し、俺のパーティー加入の誘いを拒んだ男。
ミレーヌがあの事件で自信を失い、俺がパーティーを立て直すために国王陛下に頭を下げてまで引き入れた男だ。
正直、噂が先走ったハッタリ野郎だと思っていた……。
――だが、実戦の中、目の前で見せつけられた力は疑いようがなかった。
俺の剣は届かず、クローディアの刃は弾かれ、メリエラの魔法は霧散し、バルドスの盾すら押し負けた。
あの瞬間の俺たちの戦いは、何だった?
皆の胸の内は同じだろう。
俺たちは――タクトに助けられたんだ。
誇りにしてきた俺たちの力は、所詮この程度だったのか。
――違う。
断じて違う!
あの時、タクトがいなくても、俺たちだけでいずれ勝てた。
今までだって、そうしてきたんだ。
……だが、心の奥で冷たい声が呟く。
(違うだろう、イグノール。あの時お前は倒れていた。あの黒鉄の騎士の大剣は、確実にお前の胸を狙っていたぞ)
機能不全の聖剣のせいじゃない。
仲間を守るどころか、自分の命すら――保てなかったかもしれない……。
拠点に戻ると、バルドスは大声で笑って言った。
「タクトがいりゃ百人力だ! 俺たちはもっと深層を目指せるぞ!」
「……それでも」
クローディアが口をはさむ。
「ん? クローディア?」
「……それでも、やっぱり私は……ミレーヌがいてくれた頃の方が、戦いやすかった」
一瞬、空気が止まる。
沈黙を破ったのは、メリエラだった。
「……結局、私たちは何も考えずに戦っていたのよ。全部、あの人が整理してくれていたから」
「メリエラ……」
メリエラの言葉に、バルドスがたしなめる。
「おいおい、今さらそんな湿っぽいのやめてくれよ」
「……だからこそ、あの人は去ったんでしょうね」
この空気に、俺は拳を握りしめたまま何も言えなかった……。
「……タクトめ」
デッキに出て皆から距離を取った俺は、小さく吐き捨てる。
あの男に、ミレーヌの影がちらつく。
俺の剣は、まだ錆びついちゃいないはずだ。
でも――奴を見ていると、腹の底が焦る。
あの力を手に入れたいとも思った……。
だが、同時に思う。
あんなやり方で、俺は戦えない。
俺は魔法使いじゃない。
俺は――勇者だ。
だからこそ、次は負けない。
補助魔法? 情報分析?
――そんなものがなくても、俺は俺の剣で勝つ。
自室に戻ると、ミレーヌの残した古びたメモが机の端にあった。
『イグノールへ。私がいなくても、あなたたちなら絶対に戦えます。でも無理だけはしないでください』
もう一度だけ読み返して、苦笑する。
「……あの時は、お前の言葉が鬱陶しかったんだ」
ミレーヌの気配りが、どれほど俺たちを支えていたのか。
今さら痛いほどわかる。いや、十分にわかっていたはずだ。
だが――。
「戻ってこなくていい。今度は俺がやる。タクトの力なんざ借りなくてもな……!」
窓の外、夜空に光る月を睨む。
タクト――お前の力は認める。
だが俺は、負ける気はない。
――勇者イグノールが負けていい理由なんか、どこにもない。
俺は必ず取り戻す。
勇者としての誇りも、剣の意味も――。
すべてを取り戻して、もう一度、あの玉座に挑む。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【まめちしき】
【勇者メルキウス】……サレシアル王国の勇者。冒険者レベル75、S級冒険者。クラヴェールとサレシアルの戦争でタクトの相手となった勇者。国家の勇者たちの中でも強者の部類であったが、タクトに瞬殺された。その後蘇生され国へ帰った後、猛特訓を開始したという噂が流れたとか。




