第35話 魔王城侵攻開始
イリシアと思しき者が去った後も、城門前に魔王軍の残党が集結し、死守している。
「メリエラ、メテオフォールは使えるか?」
私の問いに、メリエラは杖を握りしめながら答える。
「うん。行けるよ」
「よし、同時に発動させるぞ」
私とメリエラは呼吸を合わせ、詠唱を始める。
『メテオフォール』
数秒後、空から大量の小隕石が魔王軍めがけて降り注いだ。
屈強を誇る魔王軍の軍勢も、これには為す術なく下敷きとなり、焼き尽くされる。
城門の柱だけが辛うじて原形をとどめている。
「よし、イグノール。行こう!」
「おお」
私は全員に『飛翔』をかける。
目の前の光景に驚きつつも、イグノールは私たちを率いて先へと進んだ。
おびただしい数の隕石跡の上を通り、魔王城の門の前までやって来た。
十メートル以上はある重厚な造りの門だ。
私は目の前に立ち、呪文を唱える。
魔王城の重厚な扉が、軋むような音を立てて閉ざされた。
直後、壁に刻まれた魔紋が赤黒く輝き、冷たい結界が張り巡らされる。
「……閉じ込められたか」
イグノールが聖剣を握り直す。
広大な玄関ホールは、黒曜石の床と高くそびえる柱に囲まれていた。
天井から滴る燐光が血のように赤く揺らめき、奥の影の中から唸り声が響く。
四つ足の巨影が姿を現す。
血染めの鬣を持つ狼――ブラッディ・ウォルグが牙を剥き、群れを成して突進してきた。
「来るぞ!」
バルドスが盾を構え、突撃の先頭を受け止める。
巨体が激突し、衝撃がホール全体に響いた。
その背後、壁際から鉄角のミノタウロス二体が雄叫びを上げ、角を煌めかせて突進してくる。
「私が受け持つ!」
クローディアが横に跳び、剣を抜いた。刃に纏う聖光が暗黒の柱を照らし出す。
同時に、奥からゴブリンの群れが現れる。鎧を纏った小鬼たちが盾を構え、一体のゴブリンキングが中央で雄叫びを上げた。
その声とともに、群れは統率された動きで左右から襲いかかる。
「群れならまとめて焼いてやるわ!」
メリエラが詠唱を終え、火炎の奔流を解き放つ。熱波が走り、十数体のゴブリン兵が焼け焦げ、悲鳴を上げて崩れ落ちた。
しかしまだ数は多い。残ったゴブリンが散開し、隙を狙って勇者たちに殺到する。
その瞬間――誰にも気づかれぬ不可視の影が、一陣の魔法を放った。
私の目に見えぬ障壁がバルドスの背後を守り、ウォルグの牙を逸らす。
さらに、淡い光弾が走り、ゴブリン兵の足元を撃ち抜いて体勢を崩した。
「今よ、イグノール!」
クローディアが叫ぶ。
「――聖剣よ、導け!」
イグノールが跳躍し、まっすぐにゴブリンキングへ斬りかかる。
聖剣の閃光が振り下ろされ、王の首を一瞬で断ち切った。
統率者を失った群れは混乱し、残るゴブリンたちは散り散りになって逃げ惑う。
ウォルグは次々と仲間を斃され、最後にミノタウロスが咆哮を上げて突進した。
だが、バルドスの盾とクローディアの剣がこれを受け止め、メリエラの雷撃が貫いた。
――ひとつの戦いが終わった。
ホールには獣の残骸と焦げた匂いだけが残り、赤黒い魔紋が消えていく。
重い静寂の中、奥の階段が私たちを歓迎するがごとく、姿を現した。
「……ひとまず突破だな」
バルドスが肩で息をする。
「まだ始まったばかりよ。気を抜かないで」
メリエラが杖を収め、鋭い眼差しを階段へ向けた。
「ええ。気を引き締めましょう」
クローディアが同意する。
イグノールは聖剣を納め、仲間を見回す。
「次は第二階層だ。進もう」
だが、誰も気づかない。
……私を除いては。
不可視の影がその後ろを静かに歩みながら――
胸の奥で、城門前に現れた“仮面の女”の面影を消せずにいたことを。
認めたくはない。だが、あれは確かにイリシアだった。
なぜ彼女が、魔王軍の中に……?
――答えは、まだ闇の奥に沈んだままだった。




