第30話 国軍への参加【勇者視点】
俺たちがダンジョン第六十階層を踏破した同日、王都では別の動きがあった。
国軍が第五方面軍を新たに編成し、魔王軍討伐のため魔界への進軍を開始したのだ。
そして翌日の朝。
俺――イグノール率いる勇者パーティーはクラヴェール王城に召集されている。
そして王の勅命により第六方面軍へ正式に編入される運びだ。
厚い城門をくぐると、磨き上げられた白亜の石壁と、緋色の軍旗が朝日に照らされている。
廊下には既に鎧姿の将兵が整列し、俺たちに敬礼を送ってきた。
明朝、召集者は国境の東門前に集合する――それが王命だった。
つまり、俺たちには今日一日しか準備の猶予がない。
昨日までのダンジョン攻略で、俺たちは以前とは比べ物にならないほど強くなった。
全員がレベル百を超え、力も技も研ぎ澄まされた。
――だが、それ以上に大きいのは心の変化だった。
死地を共にくぐり抜け、仲間との呼吸は言葉を交わすまでもなく合う。
危機の中で選び取った判断が勝敗を分ける――その重みを、俺たちは身をもって知った。
その中で、とりわけ俺の視線が向くのはタクトだ。
彼の支援がなければ、六十階層の踏破など到底不可能だった。
力任せでは届かない場所に、必ず的確な援護を差し込み、時には俺たちが気づかぬ危機まで防いでくれる。
あの落ち着きと判断力は、戦士である俺がいくら鍛えても得られないものだ。
何より、裏ボス重視のダンジョン攻略を提案したのがタクトだった。
あの時、意地を張って反対しなくて良かったと、今では心から思う。
――感謝している。
口に出せばきっと「大げさだ」と笑うだろうが、それでも今の俺たちがあるのは、間違いなく彼のおかげだ。
――あいつは俺たちを最初から勇者と認めて動いていたのかもしれない……。
タクトの気持ちに報いる為にも、前回の汚名を晴らし、魔王軍を討つ覚悟だ。
◆◆◆
王城の謁見の間で、国王クラヴェール五世は鋭い眼差しをこちらに向け、低い声で告げる。
「勇者イグノール、お前たちの力はすでに国軍の柱足り得る。第六方面軍の先鋒として魔王軍を討て。前回の失敗を跳ね除け、勝利に貢献してくれ」
俺は跪きながら頷き、国王の顔を見上げた。
「必ずや、その命に応えてみせます」
その直後、背後でクローディア、バルドス、メリエラ、そしてタクトが同時に一歩前へ出る気配がした。
戦う理由はそれぞれ違う。だが向いている先は同じだ。
「うむ。吉報を待っておるぞ」
こうして明日、俺たちは新たな戦場へ踏み込む。
前回の戦い同様、――いや、さらに人の血と鉄の匂いが漂う戦場へ。
◆◆◆
謁見を終えると、俺たちは王城の軍務棟へ案内された。
そこでは既に第六方面軍の将官や師団長たちが集まり、大きな戦術地図を囲んでいた。
鎧の擦れる音と、交わされる議論の声が交錯する。
「勇者様、お待ちしておりました」
壮年の将官が深く頭を下げる。
「我ら第六方面軍は五個師団、総勢二万の兵を擁します。勇者様がたには第三師団・先鋒中隊にご参加いただき、突破口を開いていただきます」
「ああ、任せてくれ」
俺が返すと、将官の視線が隣のクローディアへ移る。
「……元近衛騎士団長クローディア殿の参戦、心強い限りです。かつての王城防衛戦でのご武勇、今も兵たちの誇りとなっております」
兵士たちの中にも、彼女を見て直立する者がいた。
クローディアは穏やかな笑みを浮かべ、軽く会釈する。
「お役に立てるよう、全力を尽くします」
将官は続けた。
「なお、聖女エレノーラ様は第六方面軍のみならず、全六軍に分身体を派遣されています。現在四つの軍が魔王国領に侵攻し、魔界へ向かっているとのこと。軍全体が一人の聖女の加護を受けて戦う――前代未聞の布陣です」
その言葉に、室内の空気が張りつめる。
そんな中、緊張が緩んだ顔つきのタクトが一歩前へ出て、落ち着いた声で言った。
「後衛支援はお任せください。必ず前線を押し上げます」
将官は力強く頷く。
「勇者様一行の皆さんの働き、兵たち全員が期待しておりますぞ」
こうして俺たちは、第六方面軍・第三師団・先鋒中隊の一員として正式に編入された。
明日、国境の東門を出れば、後戻りはできない。
だが今の俺には迷いはない――仲間が、そしてタクトが隣にいる限り。
◇ ◇ ◇
夜明け前の王都は、まだ冷たい霧に包まれていた。
東門前の広場には、師団ごとの旗印が整然と並び、数千の兵士たちが待機している。
鎧の擦れる音、馬のいななき、荷車の軋みが、静かな緊張を刻む。
「ガルヴァン将軍、全軍集結完了しました!」
「よし、兵達全員に行軍の狼煙を上げよ」
その直前、第三師団副官が俺たちに駆け寄り、敬礼する。
「出撃の準備がすべて整いました。勇者イグノール様、準備はよろしいか?」
「ああ。万全だ。――共に行こう」
直後、狼煙が上がり、太鼓と角笛が鳴り響いた。
ガルヴァン将軍を筆頭に行軍が始まり、先鋒中隊は第三師団の旗の下、ゆっくりと東門を抜けていく。
兵士たちは道端で見送る市民に手を振り、子どもたちは声を張り上げて応援していた。
クローディアの姿を見つけた衛兵たちは背筋を伸ばし、敬礼を送る。
彼女はそれに静かに応え、淡く微笑んだ。
振り返れば、最後方から空中に浮遊して随行する聖女エレノーラの姿があった。
第六方面軍すべての者の下に、淡い光の魔法陣が輝き、力を与えてくれる。
――優しさと力強さを兼ね備えた“聖女の加護"が届く。
すると、心の中に淡く聖女の姿が映る。
胸の奥が温かくなる。
俺たちは進む。
共に行軍する仲間と、タクトと共に。
――この国の命運を背負って。




