第21話 虚無の影王シェイドロード
翌日。
私たち一行は朝からダンジョンに潜り、三十三階層の裏ボスまでを攻略した。
そして今、第三十四階層、階層ボス【クロノリッチ】の間。
クロノリッチとの戦闘に突入している。
戦闘中、時の加速と減速が目まぐるしく入れ替わるフィールド。
我々は互いの動きをタイミングで合わせ、ついにクロノリッチを撃破する。
クロノリッチの繰り出す時間ギミックをすべて逆利用して倒すことに成功する。
時間の流れが正常化し、奥の宝物庫が解放される——。
「よし、これで条件は満たした」
バルドスの声に全員が周囲を見る。
壁や床から黒煙が滲み出し、光を飲み込むように広がっていく。
次の瞬間、床の隙間、壁の亀裂、天井の影から——黒い靄がゆらゆらと滲み出してくる。
光を飲み込み、空気を湿らせ、冷たく重く沈む気配。
その中心で、ゆっくりと赤い双眸が開いた。
『時を裂きし愚者たちよ……次は、影の牢獄で朽ちよ』
声は空間のどこからともなく響き、耳ではなく胸の奥を震わせた。
——【虚無の影王シェイドロード】
私は即座に精神干渉無効の結界を張り、仲間たちの足元に光を走らせる。
「幻惑は効かない。だが分身と影移動は別だ……気を抜くな」
赤い瞳が細まり、床一面の影がうねった。
次の瞬間、壁や天井、足元から無数の影の刃が伸び出し、全方位から襲い掛かってくる。
ギィン、と金属を叩くような音が響き、バルドスの盾が火花を散らした。
「任せろッ!」
彼が踏ん張り、全員の前に立つ。
影刃は鋼を裂く勢いで押し込み、盾がわずかに沈む。
私は雷撃を刃の根元へ叩き込み、十数本を弾き飛ばす。
火花と雷光が交錯し、黒い影が煙のように消えていった。
影王は一歩も動かず、赤い瞳だけを揺らめかせる。
その輪郭がぼやけ——次の瞬間、数十の同じ姿が部屋を埋め尽くした。
「全員、散開!」
私は詠唱を短く切り上げ、光雷衝を広げる。
一瞬の閃光と衝撃が影たちの動きを止め、その隙をイグノールが見逃さない。
鋭い踏み込みで一体を斬り裂く!
——だが、それは分身だった。
黒煙となって消えた影の残響が、耳の奥にざらつく声を残す。
床に広がった影が急速に濃くなり、クローディアの足元を飲み込む。
黒い杭が突き出し、足を縫い付けた。
「大丈夫、今外す!」
バルドスが盾で杭を叩き潰す。
その間にメリエラが詠唱を開始する。
『雷の矢』
メリエラが雷の矢で影を焼き切る。
拘束が消えた瞬間、クローディアが踏み込み、影王の背後へ回り込む。
その刹那、影王が私の背に迫った。
振り返りざま、雷閃の楔を胸元へ打ち込み——赤黒い影紋をかすめる。
影王がわずかにのけぞり、赤い瞳が細く歪んだ。
『ゴオオオオォォ』
シェイドロードが口から精神汚染の呪詛を吐く。
一気にフロア全体に黒い呪いが充満する。
だが私がみんなにかけている状態異常無効化のお陰で、みんなの動きが止まることはなかった。
「今だ、行けぇ!」
私の声に、イグノールが正面から突き、影王の動きを押し返す。
「はああああっ!!!」
クローディアが横から影紋へ斬撃を叩き込む。
「聖なる光の輝きよ、『聖光弾』!」
メリエラが聖光弾を連射する。
光が影を裂き、影王の分身の再生が追いつかない。
バルドスはなおも前に立ち、飛び出す影の刃を片端から弾き落とす。
とうとう影王の分身は底をつき、実体だけが我々の前に残る。
「終わりだあぁぁ!」
イグノールの渾身の突きが実体の影紋を貫いた。
影王は耳を裂く絶叫を上げ、黒煙となって霧散する。
赤い光も、冷たい気配も、跡形なく消えた。
フロアを満たしていた黒い呪いが霧のように晴れていく。
慌ただしかったクロノリッチの間に静寂が戻る。
「……今回は、俺たちで押し切ったな。三十四階層でここまで苦戦するとは、思ってもみなかったな」
イグノールが肩で息をしながら笑う。
「ああ。さすがは裏ボスといったところか……。だが俺たちも確実に強くなっているぞ。今までにない力を感じる」
バルドスが盾を軽く叩く。
クローディアが剣を鞘に納め、柄に手をやって言った。
「タクトが隙を作ってくれたからよ……ただ、倒した時の経験の多さは実感できた。タクトの言っていた通りね」
その言葉にメリエラが小さく頷き、同意する。
私は少し後ろでその光景を見守っていた。
「うん、みんないい感じで強くなってるよ。これからもこの調子でどんどん攻略していこう」
「タクト、この後も攻略を続けるのか?」
イグノールが私に尋ねてくる。
「ああ。残された時間はそんなに多くない。一緒に行動できるようになったから、今日は昼食を食べたら、夕方までは潜ろう」
「ええええっ!! そんなに詰めてやるの?」
メリエラが私の言葉に驚き、気後れがちな素振りを見せた。
「ああ。疲れたなら休みながらでいいよ。私たちは六十階層まで踏破しなきゃいけない……しかもそこが最後とは限らないしな」
一瞬、緊張と静寂が流れる。
沈黙を破ったのはイグノールだった。
「その通りだ、みんな。俺たちは生まれ変わり、強くなっている。こんなところで立ち止まってはいられないんだ!」
それを聞いていたみんなが頷き、同意する。
宝物庫の扉が開き、奥から淡い光が流れ出した。
闇が晴れ、【影王の外套】と【虚無核の結晶】が現れる。
その他にも影王がもたらした戦利品がまだ散乱している。
みんなと戦利品を回収していた私は、お目当ての球体を見つける。
インベントリを出現させ、収納する。
戦利品を回収した私たちは、しばし休息を取ることにした。
――その後に待つ、さらに下の階層へと足を踏み入れる準備を整えながら。
【今回の勇者パーティーの成長の記録】
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イグノール……76⇒77
クローディア……73⇒74
バルドス……72⇒73
メリエラ……74⇒75
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【まめちしき】
【クロノリッチ】……第三十四階層のボス。闇と時間を司るアンデッド。時を加速・減速して侵入者を翻弄する。戦闘中に全ての時間ギミックを逆利用することで裏ボスが出現する。
【虚無の影王シェイドロード』……第三十四階層裏ボス。虚無の深淵の主。敵の影に潜み、心の闇を増幅させる。黒煙の人型の輪郭に、瞳だけが赤く輝く不定形存在。常に影の中に溶け込み、分身を無数に生成。実体は極めて脆いが、探し当てないと倒せない。




