第18話 勇者パーティー、裏ボスに挑む
翌朝、私は勇者パーティーと合流し、ダンジョン第三十一階層に臨んだ。
私はダンジョンに来る前に、あえて一人ずつに現状のステータスを教えた。
その方が今後みんなが頑張れると思ったからだ。
私が知っているステータスは、ギルドで鑑定士が教えてくれるものと変わらない。
イグノールたちも当然認識しているものだ。
ただ、スキルや魔法などは鑑定士よりも詳細だ。
ただし、ステータスの数値はレベル以外、アルファベット表記でしかわからない。
そして、あくまでデータはデータでしかないと釘を刺しておいた。
みんな納得いかない顔をしつつも、ひとまず理解はしてくれた……。
現在、階層奥の闘技場のような広場で、ボスであるブラックライダーと戦闘中だ。
持っていた大剣は、すでにバルドスが跳ね飛ばし、地面に刺さっている。
「荒れ狂う雷よ、爆ぜよ!『ライトニングボルト』!」
メリエラの放つ魔法が暗黒騎士と馬を直撃する。
高火力の雷撃は、ブラックライダーに致命傷を与える。
馬はその場に倒れ、黒い霧となって消滅する。
馬上にいた暗黒騎士も、力尽きてその場に倒れる。
やがて消滅し、【冥馬の蹄】と硬貨をぶちまける。
「ここからが本番ね……」
クローディアが声を上げる。
その通りだ。
私たちの目的は、ボスではない。
その先にいる、”裏ボス”だ。
すると、闇の気配が一気に変わる。
冥馬の亡霊が浮かび上がり、その背に乗る黒い影が現れる。
それは、死者の魂を集めたような存在、霊的な存在だった。
「出たな?」
イグノールが呟いた瞬間、闇の中から冷気を帯びた声が響く。
『私を呼び覚ましたか……』
その声が響くと同時に、【霊氷の王、イセルド】が姿を現す。
全身が純白の氷霊結晶で構成された人型の巨霊であり、その姿は身長三メートルを超える圧倒的な存在感を放っていた。
背中には氷の王冠のような角が突き出し、氷霊の光がその手から流れ出している。
「これが裏ボスか……まるで氷の冥府の門番だな」
イグノールがその姿を見て驚愕の表情を浮かべる。
イセルドは無言で立ち上がり、その周囲にブリザードが渦巻き始める。
霊魂の光が周囲に漂い、急激に気温が下がる。
「大丈夫だ。今のイグノールたちなら十分やれる!」
私は意を決して声を上げる。
「おう! やってやろうじゃないか!」
バルドスが大声を張り上げる。
その巨大な氷霊結晶の体がさらなる冷気を放ち、周囲の空気は一瞬で凍りつく。
その光景にみんなが身震いするが、イセルドは無言で動き出し、氷槍を振り上げる。
「来るぞ、みんな!」
イグノールが声をかけ、前に出る。
イセルドは、静かにその目を向けると、周囲の霊魂が低く囁きながら現れる。
その囁き声は、パーティーの精神を脅かすものだったが、状態異常に対しては完璧に対策済みだ。
「各自攻撃に備えろ!」
クローディアが叫び、聖騎士の盾を構えて防御の姿勢を取る。
「俺が盾になる!」
バルドスが私の方に向かって大きな声を上げる。
「後衛からサポートを頼む!」
イセルドは氷のブレスを放ち、広範囲に冷気を巻き起こす。
【極寒の嘆き】だ。
周囲に広がる冷気はマイナス五十度に達し、足元が凍りつきそうになる。
クローディアとイグノールはその場から一歩も動かず、凍結を防ぐために魔法や装備で耐えようとする。
「『アースシールド』『イフリートの加護』!」
私は即座に支援の魔法をかけ、バルドスとクローディアの足元に守りの力を加える。
イセルドが氷槍を振りかざし、範囲内のパーティーを次々に攻撃する。
バルドスはその槍を盾で受け止めるが、圧倒的な冷気が盾を凍らせる。
氷耐性と炎の加護を少し上回った分の冷気が、バルドスの腕にが伝わる。
「うぅっ!」
バルドスが耐えきれず、膝をついてしまう。
「バルドス、しっかりしろ!」
イグノールが叫び、バルドスを支えながら盾をかざす。
「『氷解』『ヒール』!」
私は素早く魔法を唱え、バルドスの凍結と傷を癒やす。
クローディアは聖騎士として前線を支え、渾身の打突をイセルドに繰り出す。
「次は私だ!」
イグノールがその隙を突いて、イセルドに接近し剣を振るう。
「【光の一閃】!」
光属性の強力な一撃がイセルドの結晶化した身体にヒットし、亀裂が走る。
だが、みるみる再生し元の状態に戻る。
「何て再生力なの!」
「光ではこの氷霊には効きづらいか……!」
イセルドが反撃に出ると、霊魂の光が一斉に動き出し、パーティーを取り囲む。
それぞれの霊魂は精神力を吸い取るように飛び交い、魔力を奪おうとしてくる。
「激しく燃え盛る火の形よ、球体となって敵を討て――『大火球』!」
メリエラがすかさず火属性の魔法を放ち、霊魂を燃やしながらイセルド本体を狙う。
だが、イセルドはすぐに霊核結界を展開し、業火は散開して消えてしまう。
「無敵なの……!?」
メリエラが驚きの声を上げ、後ろに下がりながら、次の魔法を準備する。
『――氷霊招来』
イセルドは自らの霊魂を召喚し、さらなる精神力吸収と行動制限を狙う。
その霊魂がパーティーの周囲を取り囲み、冷気とともに攻撃を仕掛けてくる。
イセルドの霊魂に囲まれたパーティーは、次々と精神力を吸われ、動きが鈍くなっていく。
「まずい……みんなの精神力が……!」
私は状況を把握し、呪文を詠唱する。
「大地の神々よ、その力を我らに分け与えたまえ!『大地の伊吹』」
魔法が発動し、パーティー全員の精神力と魔力を回復させる。
「私もサポートするぞ!」
さらに、『リフレッシュ』で霊魂による精神的な影響を軽減し、イセルドの霊魂の囁きを無効化する。
その瞬間、イセルドの霊核が一瞬の隙を見せる。
私は見逃さず、魔法を唱える。
『地獄の業火』
イセルドの霊魂は次々に消え去り、ついに霊核が暴走し始める。
その時、イセルドの本体が膨れ上がり、最終形態へと変貌する。
極低温核が展開され、イセルドは力尽きた状態で無限蘇生を開始しようとしている。
「ここで止める。『神聖なる業火』!」
蘇生しようとするイセルドに聖なる白い炎が燃え盛る。
蘇生が止まり、イセルドは苦しみだす。
「今だ、みんな!」
私は全員で集中攻撃をかけるよう叫ぶ。
「【ライトニングストライク】!」
イグノールが雷をまとわせた剣技で、イセルドの霊核を目掛けて一撃を放つ。
「【ヘヴンズシャイン】!」
クローディアが光の力を集め、霊核を刺突攻撃する。
「『火炎地獄』!」
メリエラが火属性の全力魔法を放ち、霊核を焼き尽くす。
「【聖光の盾】!」
バルドスが全力で防御スキルを発動させ、味方を守りながら戦う。
みんなの攻撃が、イセルドに確実なダメージを与える。
だが、まだ致命傷には至らない。
イセルドの咆哮が、空間を震わせた。
イグノールが歯を食いしばりながら、再び剣を構え直す。
その手は汗に濡れ、聖剣アルノールの柄を握る指がかすかに震えている。
「……こんなところで負けてたまるか! 俺は……勇者だ!」
その声は、無理に張った威勢ではなかった。
恐怖を抱いたまま、一歩を踏み出す。
――それこそがまさに、本物の“勇気"。
その瞬間、聖剣アルノールの刃が淡く蒼白く光り始める。
光は恐怖を押し流し、胸の奥に熱い衝動を灯す。
敵の巨影に向けて踏み込むごとに光は増し、まるで勇気そのものが形を得たかのように輝きを放つ。
――まさに聖剣が勇者に呼応した瞬間だった。
「アルノール! ……共に超えるぞ! 揺るぎない勇気で!」
聖剣が共鳴し、刃全体が蒼の光に包まれた。
イグノールが全力で振り抜いた一閃は、敵の黒鉄の装甲を音もなく切り裂き、その背後の岩壁すら裂いていく。
「――【勇者の一撃】!」
斬撃が収束すると同時に、敵は硬直し、鈍い音を立てて崩れ落ちた。
残ったのは、戦場に淡く漂う蒼い残光と、恐怖に屈しなかった一人の剣士の姿だけだった。
そしてついに、霊核が破壊され、イセルドは無力化される。
イセルドが倒されると、周囲の氷霊結晶が崩れ、霊魂たちは解放されて消え去った。
冷気が収まり、回廊の中に温かい光が差し込む。
「やった……アルノール――」
イグノールが安堵の息を吐き、全員が勝利の喜びを噛みしめる。
「聖剣が覚醒したんだな?」
「ああ。ようやく応えてくれた……長かったぜ」
イグノールは聖剣を鞘に納め、笑みを浮かべる。
消滅したイセルドは【霊氷王の冠】や【氷霊核の欠片】などの戦利品と金貨などの硬貨を落とした。
私たちパーティーは次の階層へと進む準備を整える。
私は戦利品の中である物をを探した。
イセルドが消滅した少し先に、それはあった。
「イグノール、ここのボールをもらってもいいかな?」
全力を出し地面に座り込んでいる彼は私に言った。
「ああ、いいぜ。そんな物だけでいいのか?」
「ああ、これがいいんだ。ほかの物はみんなで分けるといい」
私はそう返事し、球体を拾ってインベントリに収納する。
実は目的があって収集している。
この球体は裏ボスを召喚できるようになる一種の“アイテム”なのだ。
以前の【勇ましき翼】パーティーにいた頃から集めている。
私が戦利品を確保していた時、ほかのメンバーたちは自身の変化に驚いていたようだった。
「力がみなぎる。レベルが上がったようだ」
クローディアが己の中に湧き上がる力を実感し、喜んでいる。
「裏ボスは強力な分、階層に見合わぬほどの経験値をもたらすんだ。【勇ましき翼】にいた頃の戦闘でもそうだった」
私はクローディアたちに自分の体験を話した。
「タクト、悪いんだが、あとで俺のステータスを教えてくれないか?」
そう言ってきたのは、ようやく立ち上がったばかりのイグノールだった。
「おい、リーダーが早速約束を破っていたら威厳が損なわれるだろう?」
「でも……知りたいんだ。強くなっているかを」
ほかのみんなもこちらを見て頷いている。
私は深くため息をつき、みんなを見る。
「……わかった。わかりましたよ。じゃあ向こうの岩陰に一人ずつ来てくれるか。自分の能力を晒されるのは嫌だろう?」
そう言ってほかのみんなには待ってもらい、イグノールと共に岩陰へと向かった。
そして一人ずつに現状のステータスを告げたのだった。
ちなみに彼らのレベルだけを以下に示しておく。
みんなこの戦いでレベルを一つ上げた。
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イグノール……73⇒74
クローディア……70⇒71
バルドス……69⇒70
メリエラ……71⇒72
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一通り説明が終わって再びみんなで集まる。
「でも、今回のことで裏ボスが本当に強くて、倒せば強くなれることに気づけました」
メリエラが珍しく流暢に感じたことを話す。
「そうだ。これで納得してもらえたかな?」
私が尋ねると、満場一致で理解が得られた。
「そうだな。俺たちはここから強く変わるんだ」
イグノールは拳を固め、メンバー全員と改めて誓うのだった。
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【まめちしき】
【霊氷の王イセルド】……第三十一階層の裏ボス。氷霊の王にして、死した魂を氷結させて護る「氷の冥府の門番」。寡黙で一切言葉を発しないが、周囲の霊魂が代わりに低く囁く。生者に厳しく、冷気で全ての動きを奪うことを役目としている。
【ブラックライダー】……階層ボス。暗黒騎士が馬に乗り、無数の亡霊兵がその周囲を取り巻いている。突進と大剣での斬撃が主な手段。闇属性の攻撃を多用する。




