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最凶聖女の地獄指導で覚醒した冴えない社畜、勇者パーティーに放り込まれダンジョン無双し魔王軍に挑む  作者: ワスレナ
本編

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第17話 灼熱の聖女と熱砂の回廊

 グラズドとの戦いを終え、私たちは我が家と言える大聖堂へと戻ってきた。

 生きて帰れたことに感謝し、身を清める。

 

 少しくつろいだ後、夕食に呼ばれて食堂で食事をとる。

 その時、エレノーラ様から指示を頂いた。


「タクト、ごめんなさい。この後新たな聖女の元へ行ってもらいます」


「……へ?」


 エレノーラ様は申し訳なさげな顔で続ける。


「これまで調整はしてきたのですが、私も含めてみんな時間が取れないのです。今回の聖女も、この時間だけ何とか取れるということでした」


「そうですか。まあ、会って頂けるだけ有難いです。わかりました」


 私の答えにエレノーラ様がホッと小さく息を吐く。


「ではこの後、私の部屋に来てください。紹介状を渡しますね」


「はい。了解です」


 その後、給仕のクララも含めた聖職者たちと会話を交わした後、食事を終えて準備する。

 エレノーラ様の部屋に通されると、すでに出立の準備が整っていた。


「今回の聖女はマーナテル帝国のサヒラ=ザフラ。”灼熱の聖女”と呼ばれています」


 エレノーラ様はサヒラ宛ての書簡を私に渡すと、見送りの挨拶をしてくださった。


「しっかりおやりなさい。今回の巡礼もきっと貴方によい経験をもたらしてくれるでしょう」


「ありがとうございます。では、行ってきます」


 私は教わった座標を設定し、テレポートを唱える。

 空気が淡い光に満ち、視界が一瞬にして白く塗りつぶされた。


 淡い光が消えたとき、夜の熱を含んだ砂漠の風が頬を撫でた。

 見上げれば群青の空に星々が瞬き、低く黄色い月が砂丘を照らしている。


 足元は温もりを残した白砂。

 遠くに見えるのは朱色と土色の城壁、その向こうに灯りのきらめく都市が広がっていた。


 ――ここがマーナテル帝国か。


 香辛料の匂いと太鼓の音、かすかな歌声が夜気に混じる。

 紹介状を胸元に仕舞い、城壁へ向かうと、絨毯のような装飾の広場に出た。

 中央で、赤と金の光が舞っている。


 ――いや、光じゃない。

 人だ。


  焚き火の炎を背に、長い三つ編みを揺らす女性が踊っていた。

 炎の輪が舞い手の動きに合わせて絡み、金の飾りが耳元や三つ編みの先で細やかに音を立てる。

 その一歩ごとに足首の鈴が砂を鳴らし、深紅の衣の裾が夜の風に泳いだ。


「……貴方が、タクト=ヒビヤ?」


 低く艶のある声が耳に届く。

 その姿に魅入られていた……。

 彼女は私に近づいてくる。


「……はい」


 彼女は長い三つ編みを手で揺らし、私に挨拶する。


「サヒラ=ザフラよ。ようこそ我が聖域へ」


 この方が灼熱の聖女――。

 長く黒い髪に褐色の肌、深紅の衣を揺らし、金の瞳で私を見据えていた。


「はい。聖女エレノーラ様からの紹介で参りました」


 懐から封蝋の施された書簡を取り出す。

 彼女は差し出した手でそれを受け取り、封を割らずに指先でなぞった。


「火は形ではなく熱で見るもの。……確かに、エレノーラの炎ね」


 書簡を胸元に仕舞い、唇に小さな笑みを浮かべる。


「砂の上を歩いて来た足取りに迷いはない。いいわ――私の(ほのお)に触れる資格はある」


 そう告げると、彼女は焚き火の奥にある石造りの回廊へ歩み出す。


「向かう先は?」


「“熱砂の回廊”。訪れる者の心を試す道。砂漠では水より、火を絶やさぬ心が生死を分ける。……あなたがどちらの人間か、確かめさせてもらう」


 松明の炎が並ぶ回廊を抜けると、そこは巨大な円形の闘技場だった。

 地面一面が灼けた砂で覆われ、頭上からは月光と炎の光が交じり合って降り注ぐ。


「これから三つの門を越えてもらうわ」


 サヒラが鞭を構え、床を打つと砂が盛り上がり、赤く輝く門が現れた。


 夜の砂漠から吹き込む熱風が、回廊の奥へと押し寄せた。

 サヒラの三つ編みが揺れ、鞭の金属飾りが小さく鳴る。


「準備はいいか、タクト=ヒビヤ。迷う時間は、砂に呑まれるだけよ」


「はい、行きましょう」


 私はそびえ立つ赤門をくぐり、サヒラ様と共に中へと足を踏み入れる。


「第一の門――灼熱よ。まずは熱さに耐えなさい」


 次の瞬間、足元の砂が急激に熱を帯びた。

 靴底越しに焦げる匂いが立ち上り、熱が脛を駆け上がる。


 息を吸うたびに喉が焼けるようで、肺の奥まで熱気が押し込まれてくる。

 空気はゆらめき、地平線が蜃気のように揺らいでいた。

 エレノーラ様から授かった黒衣がなければ、一歩も動けなかっただろう。


「輝く氷の結晶よ、足を守れ――『アイススパイク』!」


 詠唱と共に極寒の氷がブーツを覆い、ジュッという音を立てて熱を遮断する。

 しかし前方には、炎の幻影が揺らめきながら立ち塞がっていた。

 私は水魔法で冷却しながら突破口を作るが、炎は水を裂き、逆に勢いを増して迫る。


 そんな中、サヒラ様の声が響く。


「炎は恐れるな、抱き締めろ!」


 その言葉に応え、私はあえて接近した。

 炎の核が脈動し、巨大な壁のように私たちの前に立ちはだかる。


 背後に水と氷、風の魔法陣が次々と浮かび上がる。


「水と氷の調和を以て、吹きすさぶ一陣の風となりて焔に向き合え――『寒波・水吹雪(アクアブリザード)!』」


 猛吹雪が炎の核を直撃し、熱を奪い尽くす。

 轟音と共に炎が霧散し、冷たい風だけがその場に残った。


「吹雪を呼び寄せたか。うまく抱き締められたようだな。――合格だ」


 サヒラ様の口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


 次なるは黄土色に輝く第二の門――蜃気楼。

 門をくぐった途端、砂嵐が巻き上がり、視界が白くかき消される。


 乾いた砂が頬を叩き、耳の奥でゴーゴーと風が唸る。

 足元はふらつき、地面が揺れているように錯覚する。


 その中に、街の影が浮かび上がった。

 石造りの家並み、賑やかな市場……いや、あれは私がかつて歩いた日本の商店街――?


 一瞬、足が止まりかける。

 だが、その姿は次の瞬間には砂塵に溶け、影も形も残らなかった。


 私は目を閉じ、感知魔法を発動する。

 脳裏に、本物の足場が淡い光で浮かび上がる。

 幻影に惑わされず、光の道を辿(たど)って進む。


 サヒラ様は眉一つ動かさず、まっすぐ前だけを見て歩いていた。

 やがて嵐の中心にたどり着くと、彼女が振り返り、鞭を手に取った。


「よく耐えましたね。ここは私に任せなさい」


 踊るように鞭を振るうと、砂嵐が左右に裂け、まっすぐな道が現れる。

 その隙間から差し込む月光が、私たちを第三の門へと導いた。


 赤茶色の第三の門をくぐると、今まで以上に熱を帯びた空気が肌を刺した。


 そこに現れたのは、炎を(まと)った巨大な砂の精霊。

 身体の動き一つで砂が溶け、熱波が押し寄せてくる。


「来るぞ!」


 私は重力魔法を展開し、精霊の動きを鈍らせる。

 同時に冷気魔法を叩き込み、炎の勢いを削ぐ。


 精霊が(ひざまず)いた瞬間、サヒラ様が鞭を振り下ろした。

 炎の軌跡が夜空に弧を描き、核を真一文字に断ち割る。


 眩い閃光と共に精霊は砂となって崩れ落ち、闘技場に静寂が訪れた。

 その静けさの中、砂の匂いと熱だけが残っていた。


 サヒラは額の汗を拭い、私に歩み寄った。


「タクト=ヒビヤ」


「はい、お導きいただき、ありがとうございます」


 金の瞳が、(ほのお)の奥底まで見通すように光る。


「うむ。試練は合格とする」


「ありがとうございます」


 どうやらサヒラ様から信頼いただけたようだ。そのことに安堵する。

 私は深く一礼すると、サヒラ様が私の肩に触れ、まっすぐ目を見て答える。


「聖女とは、炎そのものではない。燃え尽きればただの灰。……私たちは火種だ」


「火種……ですか」


「そう。まだ小さく、(もろ)く、吹けば消えるもの。けれど、それがあれば炎は何度でも蘇る。人に命を繋ぎ、心を温め、希望を渡す。それが聖女の務め」


 彼女は懐から、小さな紅蓮(ぐれん)色の石を取り出した。


「これは私の火種――守護石の欠片。お前の胸の奥で絶やすな。絶やせばお前の火も、私の火も、そこで終わる」


 掌に載せられた欠片は、脈を打つように温かかった。


「……必ず守ります」


「いい目をしている。――その火が、やがて誰かを照らす日を楽しみにしているわ」


 短く踵を返すと、サヒラ様は炎の影に溶けるように回廊の奥へと消えていった。


 私は受け取った紅蓮色の石をインベントリに収納する。

 熱砂の余韻を胸に、私は再びテレポートの詠唱を始めた。


 再び白光が視界を覆い、足元の感触が砂から石床へ変わった。

 一瞬で大聖堂の私室へと戻ってきた。

 夜更けの静けさが広がっている。


 廊下を抜け、エレノーラ様の部屋を訪ねると、彼女はまだ執務机に向かっていた。


「お帰りなさい、タクト」


 ペンを置き、優しい微笑みを向けてくださる。


「ただいま戻りました。……聖女サヒラ=ザフラ様に、確かにお会いしました」


 私は熱砂の回廊での試練と、彼女から託された守護石の欠片を差し出す。

 エレノーラ様は欠片を両手で包み込み、そっと目を閉じた。


「……ええ、確かに彼女の炎。よくやりましたね」


 その声には、どこか誇らしげな響きがあった。


「これで巡礼も半ばを過ぎました。――次は、さらに厳しい道が待っています」


「そうですか、わかりました」


「明日はいよいよ勇者たちとのダンジョン攻略ですか。今日はもう休みなさい」


「はい、ありがとうございます」


 夜の大聖堂は静かで、外の月明かりが石壁を淡く照らしていた。


 寝床に入り、呪文を唱えて寝ようとした刹那、脳裏に記憶が蘇る。

 私は胸の奥にまだ残る砂漠の熱を感じていた。


「今回もいい出逢いだった……感謝します」


 呪文を唱え、深い眠りに(いざな)われるのであった。

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