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最凶聖女の地獄指導で覚醒した冴えない社畜、勇者パーティーに放り込まれダンジョン無双し魔王軍に挑む  作者: ワスレナ
本編

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第15話 三重領地アザクラド

 翌日、大聖堂の食堂で朝食をいただいている。

 朝の食堂は焼き立てのパンの香りに包まれ、聖堂の大理石の床に朝日が淡く差し込んでいた。


 ふと、隣に座るエレノーラ様が、水を一口飲んでから切り出される。


「私からイグノールに、今日は一日タクトを預かるので、ダンジョン攻略を休みにしてほしいと伝えました」


「えっ、そうなんですか?」


「ええ。了解をもらい、今日は休養にあてると言っておりましたわ」


 エレノーラ様は微笑みならがそう言うと、水を少し飲まれた。


「それで、今日はどこで修練をするのです?」


 私の問いに、エレノーラ様はグラスを静かにおいてから答える。


「ここでは話せませんので、食事が終わったら私の部屋に来てください」


「わかりました。食べ終えたらご一緒させてください」


 私は食事を終え、エレノーラ様の部屋へ同行した。

 部屋に入ると、彼女は人払いをして二人きりになった。

 私は椅子に腰かけてテーブル越しに向き合う。


「さて、それでは今日の予定を伝えます。場所はアビス。アビスへは今日を最後とします」


「最後?」


「ええ。私が戦場へ行くことになったので、今日を含めて二日しか猶予がありません。明日は別の場所へ案内するつもりです」


「わかりました」


「階層は四十五階層から四十七階層に連なる【”三十領地”アザグラト】という場所です。その土地の支配者、グラズドという者と戦ってもらいます」


「グラズド、ですか」


 エレノーラ様の話を聞き、少し嫌な予感を抱く。

 前の世界で経験したゲームでも見たことのない名前だ。


「グラズドはアビスの中でも強い力と権力を持つデーモン・ロードの一人で、”悪魔王”と”暗黒のプリンス”の異名を持ちます」


「王、強そうですね」


「ええ。今までのどの相手よりも強く、狡猾(こうかつ)な相手となるでしょう」


 私は少し覚悟しないと思いつつ、素朴な疑問を投げかける。


「わかりました。なぜその相手を最後の修練に選んだのですか?」


 エレノーラ様は小さくため息を吐いて答えた。


「それは……ここのところストレスが溜まっているからですわ!」


 開き直るエレノーラ様の唇には、困ったような、それでいて少し愉しそうな笑みが浮かんでいた。


「……へっ?」


 私は呆気にとられ、つい驚きを漏らしてしまう。


「私も少し発散しないと、やってられないですからね」


(……この人、本当に聖女なんですよね?)


 私は思わずそんな疑問を抱き、大いなる危機感を感じてしまう。


「あ、あまり大暴れしないでくださいね……聖女として節度を持って」


 私がそう言いかけると、エレノーラ様はじーっと目を細めて私を見ている。


「し、師匠。何かお菓子でも食べてからにしましょう。その方がよろしいかと……」


 エレノーラ様は少し(うつむ)いて小さく息を吐いた。


「わかりましたわ。タクトは準備はよろしくて?」


「いえ、少し準備する時間が欲しいです」


「わかりました。では今から準備してきなさい。中広間で待っていますわ」


「了解しました!」


 私は立ち上がり、身支度するために部屋に戻る。

 身を清め、いつもの黒衣に袖を通す。

 十五種類の付与魔法をかける。


「これでよしと」


 私は部屋を出て、中広間に向かった。

 高い天井から吊られたシャンデリアが光を反射し、床の紋章を照らす。

 すでに正装のエレノーラ様が待っていた。


「タクト、行きますよ」


「はい、師匠」


 エレノーラ様は隣に立った私を見やると、ためらいなくグレーター・テレポートの詠唱に入った。

 転移魔法の光がほどけ、私たちは灰色の空の下に立っていた。


 風の音ひとつしない——耳に届くのは、遠くで蛇が這うような(わず)かな音だけ。

 視界いっぱいに、毒蛇のように絡みつく(つた)と巨木が林立している。

 枝の先では、肉色の瞳がじっとこちらを(うかが)っていた。


「ここが四十五階層【フォッグタウン】。無音と毒の森です。……まあ、奴の縄張りの中でも一番鬱陶(うっとう)しい場所ですね」


 エレノーラ様は鼻で笑いながら進んでいく。

 私が警戒する間もなく、森全体がざわめき、黒い甲殻のタナーリの群れが千単位で迫ってきた。


「……師匠、ちょっと多すぎません?」


「まあ、あの男の支配する土地ですからね……。でも、少し汚れていますわね。せっかくですから、掃除をいたしましょう」


 エレノーラ様が微笑むと、頭上に金色の光輪がいくつも展開された。

 次の瞬間、光輪から無数の聖なる槍が雨のように降り注ぎ、タナーリの群れを串刺しにして霧散させる。


「聖杖ルミエール・クラリオン、ここに」


 手にした聖杖をさらに一振り——森全体が柔らかな光に包まれ、毒蛇も腐った木も瞬く間に灰となって消えた。


「今日はついでにここも掃除しておきます。どうせ奴の管理はいつも手抜きですから」


 ——その口調には、明確な軽蔑が混じっていた。

 黄金の光輪がいくつも展開され、雨のような聖槍が群れを一掃する。

 続けて森全体を包む浄化光。

 新たな木が聖なる力で生え伸び、輝く森へと変貌する。


「ふふ……少しはマシになりましたわ」


 これはもはや、完全に嫌がらせ込みだ。


「し、師匠が自ら手を下さなくとも……」


「ああ、まだ序盤ですから、タクトは黙って見てなさい」


「……は、はぁ」


 エレノーラ様が呪文を唱えると、転移陣の光が私たちを包む。

 続いて転移した先は、黒紫の大地が広がっている。


「ここは四十六階層【ガレンガスト】です。”虚ろの広場”や”商人の市場”、”猫の爪”といった場所があります。そして次元界旅行者ギルドがあるのもこの地です」


 こんな危険な場所に旅行する者がいるのか……。

 足元の地面は時折脈打つように光り、影が地表を()い回っている。


「ここの地脈は不安定で、放置すれば瘴気(しょうき)が溜まります。これも掃除の対象ですわ」


 彼女がそう言う間にも、地面の割れ目から無数のタナーリが()い出してきた。

 牙を()く巨大な獣型、鎌を構えた虫型、翼の生えた魔人型——ざっと二千はいる。

 さらに影そのものが立ち上がり、黒い波のように押し寄せてきた。


「ここも汚れておりますわね。では——大規模清掃開始」


 エレノーラ様が聖杖を地面に突き立てると、足元から白金色の波紋が広がる。

 波紋に触れたタナーリは断末魔を上げて消え、大地を(おお)っていた影は煙のように散った。


 次に詠唱と共に、天から光柱が十数本降下——地脈ごと焼き清められ、黒紫の大地が一面、白い石畳へと変わった。

 方々で浄化が完了していく。

 遠くで、ギルドを訪れる旅行者たちが外へ出てきて、その光景に圧倒されている。


「これで多少は見られるようになりましたわ」


(うん、確かにきれいにはなった……けど)


 最後の転移で、私とエレノーラ様は青い太陽が照らす領域を空から見下ろす。

 冷気を吐く青紫の炎が地面を這い、空気は氷のように刺す冷たさだ。


「第四十七階層【ダークフレイム】です。ここは首都ゼラタールに近いので、見栄えも大事ですわ」


 そう言うや否や、空と地平線から同時に軍勢が押し寄せてきた。

 翼を広げた巨人型タナーリが数百、地上からは四足獣型や魔人型が三千以上——私の数える気力が尽きた。

 悪魔王グラズドとはどれほど強大な支配力を持っているんだ……。


「師匠、これ全部掃除するんですか……?」


「ええ、私に任せなさい。まとめて片付けますわ」


 今回私、まだ何もしていないんですが……


 そんな事を思っている矢先、エレノーラ様は聖杖ルミエール・クラリオンを掲げる。

 空中に巨大な魔法陣が三重に展開され、冷炎すら浄化する輝きが(あふ)れ出す。

 天と地から放たれた光の奔流(ほんりゅう)が軍勢を包み、炎も氷も、叫びも、すべて光の中に消えていった。


 残ったのは、氷の彫刻のように澄み渡った都市への一本道。


「ふぅ……これで道もきれいになりましたわ」


(絶対、修練というよりエレノーラ様の掃除日和だ……)


 エレノーラ様の横顔を見ると、その目にはまだ足りないという気概と物足りなさへの落胆が見えるような気がした。

 私が返す言葉を探す間もなく、エレノーラ様は冷ややかに告げた。


「行きますよ、タクト。——グラズドの巣へ踏み込みます」


 浄化された街道を進むと、やがて視界の先に、巨大な城壁と無数の尖塔がそびえる都市が現れた。

 黒曜石のように(つや)やかな壁面に、青い太陽光が反射して冷たく輝いている。

 その門前には、異形の商人たちや装飾過多な建物が連なり、香辛料の香りと血の匂いが入り混じって鼻を刺した。


「ここがグラズドの首都、ゼラタールですわ」


 私は思わず息を呑む。

 華やかだが、どこか血と陰謀の色が(にじ)んでいる。


「見た目に騙されてはいけません。ここは奴の牙城。商人たちも、ほとんどが諜報員か傭兵です」


 エレノーラ様の声は冷えきっていた。


 門を抜けると、石畳の大通りが迷路のように絡み合い、各所で怪しげな取引や密談が行われている。

 広場では金色の仮面をつけた踊り子が舞い、屋台では未知の果実や輝く鉱石が並べられていた。

 しかし、街角の影には、必ずと言っていいほど武装した影が潜んでいる。


「タクト、気を付けて」


 目に終えぬ死角から暗殺者が私たちを襲う。

 エレノーラ様が軽やかに反応し、暗殺者を撃ち落としていく。


「ふぅ、相変わらずですね」


 エレノーラ様はついたホコリを払う感覚で何人もの暗殺者を床に突き伏せていく。

 ざっと見て、S級冒険者クラスの強さを誇る狂人が襲いかかってきている。


 私とエレノーラ様は『飛翔(フライ)』で速度を早めるが、容赦なく暗殺者が襲ってくる。

 それでもエレノーラ様は一人一人に丁寧に対応し、絶命させながら先に進んでいく。


「師匠!」


「任せなさい。貴方はこの先の相手のために力を温存しなさい」


 エレノーラ様は迷うことなく最奥の宮殿へ向かう。

 宮殿の門に到着した時には暗殺者の姿はなく、三千人以上の命が散って浄化されていた。


「……悪人には、骨も残しませんわ」


 漆黒の階段を登るたび、胸の奥にじわりと重圧がのしかかってくる。


「この感覚……」


「奴の威圧です。弱い者はここに立つだけで膝を折ります」


 漆黒の扉が開かれた瞬間、怒声が広間に(とどろ)いた。


「何者だ……私の領域をあれほどまでに荒らしたのは!」


 (ひづめ)の音を鳴らしながら進み出る漆黒の剣士。

 獣の脚、六本指の手、蛇行剣を携えたその姿——“暗黒のプリンス”グラズド。

 その瞳には燃えるような憤怒が宿っていた。


 だが、次の瞬間——。

 彼の視線がエレノーラ様を捉えた途端、怒りが凍りつく。


「……貴様……また……!」


 低く押し殺した声。

 肩がわずかに震えている。


「まあ、久しぶりですわね。相変わらず下品な庭ですこと」


 エレノーラ様は冷ややかな笑みを浮かべ、わざと周囲を見回す。


「お、お前……何度言えば気が済む……ここには来るなと……!」


「私もお前の顔など見たくありません。外のノイズが酷すぎて、業務もままならぬのです。ここに来るしかなかったのです」


 エレノーラ様の得も言われぬ視線に、グラズドの口元が引きつる。


「相変わらず何を言ってるか理解に苦しむ。わかるのはいつもお前の機嫌が悪いということだけだ……」


「そこまで理解しているなら十分でしょう」


 エレノーラ様の神々しいオーラが少し膨らむ。


「……くそっ、厄介な女が……」


 グラズドの額から大量の脂汗が流れている。

 そして一瞬、深呼吸をして表情を整えた。


「——まあいい。女神殺しの聖女様を本気で怒らせては、領域ごと灰になるからな。お望みなら交渉の席を——」


「結構ですわ。今日は私ではなく、ここにいる弟子、タクトが相手をします」


 エレノーラ様が手で私を示す。

 その瞬間、グラズドの全身から緊張が抜け、安堵の笑みが広がった。


「……ほう、そちらが? ならば話は別だ」


 腰の蛇行剣をゆっくりと抜き、デーモン・ロードとしての殺気を解き放つ。

 邪悪で狡猾な笑みを浮かべて私を挑発する。


「さあ、存分に楽しませてもらおうか。エレノーラの弟子とあらば、容赦はなしだ!」


 ――これが私と悪魔王グラズドとの初対面であり、同時に初対決でもあった。


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【まめちしき】


【“三重領地”アザクラド】……“暗黒のプリンス”グラズトの領地。第45階層フォッグタウンは灰色の空を持つ無音の世界、毒蛇の森が広がる。第46階層シャドウスカイの大地が怪しく光り、空に影を落とす。第47階層ヴォールズトの青い太陽の下で炎は青紫で冷気を放つ。これら3つの階層は首都ゼラタールと“塩の河”などを(くさび)に結合して一つになっている。

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