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最凶聖女の地獄指導で覚醒した冴えない社畜、勇者パーティーに放り込まれダンジョン無双し魔王軍に挑む  作者: ワスレナ
本編

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第9話 星霧の聖女は未来の夢を見る

 星霧の森は静かに呼吸していた。

 銀色の霧が夜空へと溶け、瞬く星々が淡い光の粒となって地上に降り注ぐ。


 その中に、一人の聖女が(たたず)んでいる。


「……今日は、未来がうまく繋がらないわ」


 アルーナ王国の聖女、イリシア=フォリエールは、手のひらに浮かぶ魔法陣を撫でるように触れた。

 彼女の肩では淡く光る羽根が揺れ、宙に浮かぶ魔導書【アルス・アルーナ】が静かにページをめくっている。


「タクト=ヒビヤ……エレノーラからの依頼で今日やってくる異世界人、か」


 イリシアの前に、霧から一枚のカードが舞い降りた。

 それは“白紙”のタロット。

 何も描かれていない運命の欠片。


「やっぱり、貴方の未来は霧に隠れてしまうのね……」


 イリシアは、そのカードを静かに見つめる。

 星霧の夢で見た無数の未来。

 そのどれにも、彼の姿は無かった。


 ――そんなはずはない。


 彼女は再びカードを切る。

 霧の中から次々に舞い上がるカード達。

 その中に一枚、“鎖”の絵柄が浮かび上がった。


運命の鎖ザ・チェイン・オブ・フェイト……正位置」


 鎖に縛られた未来。誰もが抗えぬ定め。


「……でも、これが本当に“運命”かしら?」


 イリシアはそのカードを逆さまに裏返す。

 その瞬間――霧が裂け、一人の影が姿を現した。


「……お探しの人間、私でしょうか?」


 静かな声。

 その男こそ、今回の私の客人、タクト=ヒビヤ。


 イリシアの瞳が、かすかに震える。


「やっと……やっと来てくれたのね」


 するとその姿は霧と化し、全体が霧に包まれ暗転する。

 イリシアは眠りから目覚め、ため息をつく。


「……また、夢か。でも今日、すべてが明らかになる。楽しみね」


 イリシアは薄く笑みを浮かべる。

 そして机にあるタロットカードの山を手に取り、再び夢想に(ふけ)るのだった。



◇ ◇ ◇



 私は祈りの聖女レティシア様との邂逅(かいこう)を終え、テレポートで大聖堂の自室へと戻った。

 着ている衣服を脱いだ後、魔法で一立方メートルのお湯の塊を宙に出現させる。

 頭部にヘルメット状の空気の膜を張り、お湯の中に入り込む。

 そうして五分ほど身を委ねて身を清めた。


 その後、一時間の睡眠を取る。

 起きてから食堂で朝食を摂って英気を養った。


 そしてエレノーラ様に報告を済ませ、次の聖女のもとへ旅立とうとしている。


「アルーナ王国の聖女、イリシアはとても面白い存在ですよ。貴方に良い体験を与えてくれるでしょう」


「それは楽しみですね。早くお会いしたいです」


「ふふふ。しっかり学んできなさい。報告を楽しみにしていますわ」


「はい、それでは行ってきます」


 私はエレノーラ様に一礼し、記憶した座標をイメージしてテレポートを唱える。

 魔法陣が足元に浮かび上がり、身体を淡い光が包み込む。

 視界が星屑の粒に変わり、空間が溶けていく感覚――



 次の瞬間、私はアルーナ王国の聖域【セレスティアの間】に立っていた。


「……ここが、イリシア様の居室か」


 王城とは思えぬ、幻想的な空間が目の前に広がっていた。


 床は白銀の大理石でありながら、壁も天井も存在しない。

 代わりに、淡く輝く星霧の粒子が宙を舞い、森の(こずえ)天蓋(てんがい)のように広がっている。


 案内されたのは、どこか神秘的な気配が(ただよ)う部屋。

 私は扉の前でノックをする。


「どうぞ、お入りになって」


 鈴が鳴るような可愛らしい声が耳に心地よく響き、私を迎え入れてくれる。


「失礼します」


 私は丁重に扉を開けると、不思議な(おもむき)のある景色が飛び込んでくる。

 霧の粒子が私の足元を包み込み、部屋全体が静かに呼吸するような感覚を覚えた。


「待っていたわ……やっと来てくれたのね」


 背丈のそれほど高くない少女が、ミントグリーンの三つ編みした髪をいじりながら、黄緑色の瞳を輝かせ私を見つめている。

 濃紫色と翡翠(ひすい)色のグラデーションのローブを羽織り、周囲には精霊や光の粒子が舞っている。

 机には先ほどまで占っていたと思われるタロットカードが並べられている。


「タクト=ヒビヤです。本日はよろしくお願いします」


 深々と一礼すると、少女のような聖女は鈴のような声で言った。


「堅苦しいのはなし。私のことはイリシアでいいわ」


「いえ、そういうわけには……。イリシア様と呼ばせてください」


 目の前の可愛らしい聖女はきょとんとして私を見つめ返す。


「ま、まあいいわ。好きにしなさいよ。そこの椅子に腰かけて。お茶を出すわね」


「ありがとうございます」


 私は椅子に腰かけると、部屋の様子を見回した。

 お茶が出され、一口頂くことにする。


「ああ、美味しいですね。心が落ち着きます」


「そう。お気に召してよかったわ」


 私がお茶を飲み、一息ついたのを確認したのか、イリシア様のスイッチが入る。


「さて、早速だけど……」


 イリシア様は机にあるタロットカードの説明をし始める。

 ゆっくりと一枚一枚、指し示して私に話す。

 そして最後に彼女は微笑み、手のひらに残る白紙のカードを見せた。


「貴方の未来だけが、いつも白紙のままなの。でも……今日は、貴方自身に引いてもらうわ」


 私は何事かと眉をひそめる。


「私に?」


「ええ。運命のカードを選ぶのは、私じゃなくて貴方。さあ――星霧のタロットを引いて」


 イリシア様が指先を弾くと、宙に星の粒子が舞い上がり、輝くカードが一枚、私の前に降りてきた。


「……選んで、タクト。未来は、貴方が描くものだから」


 イリシア様の指先がふわりと宙をなぞる。

 星霧の粒子がカードの形を取り、私の前に一枚、ゆっくりと舞い降りた。


「さあ、タクト。運命を選んで――」


 私は無言でカードに手を伸ばす。


 私にとって“運命”という言葉は、前の世界で散々理不尽に押し付けられてきた苦い響きだ。

 けれど今、目の前の聖女は「運命を選べ」と言っている。

 その違いが、私を一歩前に進ませた。


「……わかりました」


 私の指先が、カードの端に触れる。

 瞬間、光の粒子が弾けた。


 ――カードは“白紙”。


 私は驚いてカードをよく確認した。

 だが、何も変わらない。


「……何も描かれてないですが?」


「ええ。貴方が“描く”のよ。未来は貴方自身が描くものだもの」


 イリシア様は静かに微笑むが、その声にはわずかな震えがあった。


 本来なら、カードは“象徴”を示すはず。

 けれども、私のカードは何も示さない。


 それは「定まっていない」のか、あるいは「定まることを拒んでいる」のか――。


「一体どうすれば……そうだ! この手なら――」


 私は白紙のカードを強く握りしめ、静かに息を整える。

 その瞬間――私の背後で、霧が割れる音が響く。


 霧の中から現れたのは、鎖に縛られた巨大な影。

 “運命の鎖”の化身――「定められた未来」が、具現化して私の前に立ちはだかる。


「これは……私が見た“貴方が縛られる未来”……!」


 イリシア様の声に重なるように、鎖の影が(うめ)く。


『選べ……(あらが)えぬ運命に従うか、無謀に(あらが)い続けるか……』


 私は迷わず歩を進める。


「違う。そんな選択肢は無い!」


 握りしめた白紙のカードが、私の魔力に反応し、光を放つ。

 その光は鎖を断ち切る刃となり、“運命の鎖”の化身を一閃する。

 砕け散った鎖の残滓(ざんし)が、星霧の粒子となって夜空に還る。


「未来は誰かに選ばれるものじゃない。自分の力で“歩いて選び取る”ものだ!」


 イリシア様はその言葉を聞いて、初めてホッとした表情で微笑んだ。


「……やっぱり、貴方の未来は、私の占いじゃ見えないわ。でも、それが一番嬉しい」


 彼女は、星霧のカードを一枚私に差し出す。


「これからは貴方が描く番よ。私の“星霧のタロット”に、貴方の物語を刻んで」


 私はそれを受け取り、イリシア様と視線を交わす。


「じゃあ、最初の一枚は“未来を(あざむ)く者”ってことで」


 イリシア様は、柔らかく笑った。


「……素敵なアルカナになりそうね。ん? 通信……」


 イリシア様の身に何かが起こったようだ。

 私は固唾(かたず)をのんで見守る。


「……そんな事が! うん、うん。わかった。伝えておくわ。ありがとう」


 イリシア様はまじめな表情になり、聞いた内容を私に話しだす。


「エレノーラからよ。勇者パーティーが大変なことになったみたい。すぐに戻るようにって」


「えっ! どうなったかは言ってましたか?」


「ううん。詳しい話は戻ったらするって。途中になっちゃったけど、早く帰りなさい」


「わかりました。また改めて……」


「ううん。貴方にはまた会える気がするから……」


 イリシア様の謎めいた言葉は私の胸に引っかかった。

 だが今はイグノールたちの安否が気掛かりだ。


「ありがとうございます。不本意ながら、これにて失礼します」 


 私は受け取っていたカードに念を込め、机に返してからその場を離れた――。



◇ ◇ ◇



「……行ってしまったわね。風のような人だったね――」


 タクトが去った後、部屋には静けさが戻っていた。

 星霧の粒子が窓辺から差し込み、(ただよ)う霧が静かに部屋を満たしていく。

 

 イリシアは、机の上に残された“白紙のカード”を手に取った。

 そのカードの表面を、指先でそっと撫でる。


「……本当に、不思議な人ね」


 彼の未来は、どのカードにも映らない。

 それなのに――彼と話していると、心が満たされていく。


「誰にも操られず、縛られず……そんな生き方が、本当にできるのなら……」


 星霧の粒子がふわりと舞い上がり、魔導書【アルス・アルーナ】が(わず)かに反応を示す。

 新たなページが開かれ、そこに【運命律協会】の紋章――“運命を記す六芒星”が淡く浮かび上がった。


 イリシアの表情が、わずかに(かげ)る。


「……“運命律”の影が、あの人の未来にまで手を伸ばそうとしている」


 彼女は、白紙のカードをしっかりと握りしめた。


「未来は書き換えられる……なら、私がそれを守らなくちゃ」


 ゆっくりと立ち上がり、窓の外――霧に包まれた星空を見上げる。


「“選ばされた未来”なんて、私も、もうたくさん……」


 その瞳に宿ったのは、(わず)かな迷いと、それを越えようとする静かな決意。


「タクト……貴方の未来が見えないのは、きっと、誰にも縛られていない証拠。私、貴方の歩く未来をこの目で見届けたい……」


 魔法書がページを閉じる音が静寂を破り、彼女はやんわりと微笑んだ。


「それが、“星霧の聖女”としての……私の夢」


 そう呟いた時、霧の粒子が彼女の周囲に集まり、再びタロットカードの形を成した。

 その中央に浮かび上がったのは、一枚の新たなアルカナ――



欺く者(トリックスター)



 イリシアはその名を胸に刻みながら、静かに次の一歩を踏み出していた――

 彼女は微笑んだ。

 その顔には、誰にも縛られない“素顔”があった。


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【まめちしき】


【アルーナ王国の聖域『セレスティアの間』】……アルーナ王国の王城奥深くに存在する、“森と星が交わる”異空間。正式名称は『星霧の聖域 セレスティア』。王城でありながら、天井や壁といった“境界”は存在せず、星霧の粒子と精霊たちが空間そのものを織り成している。

 

【セレスティア】……ラテン語で「天空」「天上界」を意味する言葉。アルーナ王国では“聖女と精霊だけが入れる聖域”の名として使われている。


【運命律協会】……世界の「因果律」と「運命の流れ」を研究・観測する魔法機関で、聖女イリシアの所属先として知られる。タロット、夢占い、星霊術、精霊観測などを用い、未来予知や運命干渉の理論体系を築いている。


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