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最凶聖女の地獄指導で覚醒した冴えない社畜、勇者パーティーに放り込まれダンジョン無双し魔王軍に挑む  作者: ワスレナ
本編

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第8話 聖女レティシアの試練 ―祈りの中で―

 私は随行する数名の側近たちとともに、聖女レティシア様の夜間巡回に同行している。

 レティシア様たちは寒さ対策で白い外套を羽織っている。


 遠くには山肌の見える山脈が連なっている。

 外は絶えず寒風が吹いている。

 道中はほとんど会話を交わすことなく、澄んだ星のまたたく夜空を見ながら農村の小道を歩いた。


 十五分ほどして、農村の小さな集会所の前でレティシア様たちが足を止める。

 そこには病気の子どもたちや家族が集まっている。


「タクトさん……こちらへ。今日は“癒しの祈り”を捧げます」


「……私はどうすれば?」


 レティシア様はわずかに微笑み、答える。


「隣にいて、ただ手を取っていてください。それだけでいいんです」


「わかりました」


 私は集会場に入り、目に留まった熱に浮かされる子どもの手を取る。

 レティシア様は集まった村人たちに対し、澄んだ声で聖句を唱え、光結晶の聖杖を振る。


「これは大変だ。すぐにでもヒールを……」


「いいえ、魔法は不要です。手を握ってあげてください」


 うなされながらも、子どもがかすかに目を開け、私を見てにっこり笑う。

 苦しげに息を吐きながらのその笑顔に、得も言われぬ残酷さと無力さを感じる。


「ダメだ。こんな目をされたら何もしないなんてできない!」


「いけません!」


 警告するレティシア様の言葉を振り切り、私は呪文を唱える。


「病める身体よ、その元を絶ち健やかであれ――『治癒(キュア)』!」


 魔法が発動し、子どもの身体を温かなオレンジ色の光が包み込む。

 苦しそうに吐く息が整い、目に光が差し始める。


「さらに『ヒール』!」


 今度は黄緑色の光が子どもを包み込む。

 子供の顔色に赤みが差し、肌ツヤがよくなる。


「ああ……! 僕の体、何ともない!」


 子どもの様子に村人がざわつきだす。


「タクトさん! 何ということを……」


「目の前で苦しむ子どもを見て、何もせず黙って見ているなんてできません! できることは全部やってあげたかったんです」


「タクトさん……」


 私のまっすぐな目を見て、レティシア様は返す言葉もないようだ。

 しばしの間、彼女は(うつむ)き何かを思案していた。

 少しして、レティシア様が私に指示を出す。


「わかりました。では次の地へ移動しましょう」


 レティシア様は立ち上がり、側近たちを連れて集会所を後にする。

 私は無言のままレティシア様たちの後を付いていった。

 夜気は冷たく吹き付けるが、私には熱い思いがたぎっていて意に介さない。



 しばらくして着いたのは村外れの氷の泉だった。

 レティシア様が私の方を向いて説明を始める。


「ここで、私は村人の病を“(きよ)め”ます。あなたも……一緒に」


「わかりました」


 私たちは膝まで泉に浸かる。

 吐く息が白い。

 レティシア様が私にささやく。


「タクトさん……。目を閉じて、自分の弱さを認めてください」


「弱さ……?」


「勇者と呼ばれなくてもいい。魔王に立ち向かわなくてもいい。何もできない自分を、認めますか……?」


 私は両足を泉に沈め、少しひんやりした感覚を覚えながら答える。


「……私は、弱さを認めます。過去のトラウマも、前の世界にいた時の無力さも。そして、友と戦場に出られない今の力の無さも……」


「その事実を、(ゆる)せますか?」


「……いえ、無理です」


 レティシア様は私の顔を見て、肩に手をかけ微笑む。


「――それで、十分です」


 レティシア様の光結晶の聖鈴が澄んだ音を立て、泉の水面に光の輪が広がる。



 祈祷(きとう)を終えた私たちは、少し外れの村の老農夫の家を訪れる。

 老農夫は声もなく、泣き疲れている。


 レティシア様は黙って隣に座り、そっと肩を抱く。

 私も言葉を探せず、ただ老農夫の手を握る。


「……泣くなんて、もう、何十年ぶりだ」


「……いいんです、泣いても」


 泣き声だけが、冷たい夜の空に響きわたる。


「ああっ! (わし)はただ、(つつ)ましやかに生きていたいのに!」


 私はインベントリから銀貨を数枚取り出し、再び老農夫の手を握る。 


「あんた、これは?」


「どうぞ、望み通り(つつ)ましく生きてください」


「……違う。(わし)の望みは畑仕事で生計を立てたいのじゃ……」


 私はここへ来る途中に見た、()せた畑の土地を思い出す。


「そうだったんですね。では共に行きましょう」


 老農夫の手を取りながら、立ち上がって一緒に家の外へ出る。


「な、何を……?」


 側近たちを従え、レティシア様が私たちの後に付いて来る。

 老農夫の畑と思しき場所まで来て、私は彼の手を放す。


「ここで見ていてください。この場所が貴方の畑ですよね?」


「そうじゃ。何をするんじゃ?」


 私は微笑んで、畑の方へ向き直る。

 インベントリから約束された聖杖(プレッジハートロッド)を取り出して握る。


豊饒(ほうじょう)の大地の神よ、その力を少し以て、肥沃な栄養ある土に蘇らせたまえ! 『グローリー・アース』」


 魔法が発動し、広い畑のの土がキラキラした赤茶色に変化していく。 

 私は続けて魔法を詠唱する。


「水の精霊ウンディーネよ、その力を少し以て、適切にこの地に水を貯えよ! 『恵みの雨(グレイス・レイン)』」


 すると上空に雲が生成され、雨を降らせた。


「そんな! これはまさに奇跡じゃ!」


 老農夫が目の前の光景に驚きながらも、心の内を口にする。

 レティシア様もあっけにとられ、声も出せずにいた。


「これは、まさに神のなせる業じゃ。こんなにうれしい事はないのじゃ!」


 老農夫はそう叫ぶと(ひざまず)き、私に深い感謝の意を示した。


「私は少し手助けをしただけです。あとは、あなたがどうするかだけですよ」


「ありがとう……ございますだ!」


 老農夫はぼろぼろと涙をこぼし、手を合わせてじっと私を仰ぎ見ていた。



 巡回をすべて終え、私とレティシア様の一行は礼拝堂に戻ってきた。

 側近たちは席を外し、教会の裏庭で私とレティシアが二人だけで立っている。


「あなたを間近に見ていて感じました。――あなたは、誰かを剣で守る人ではないのかもしれません」


「……どういう意味ですか?」


 これまで目の前で魔法は振るってきた。だがきっとそういう話ではないのだろう。

 そんなことを考えていると、レティシア様は穏やかな表情で語り始める。


「あなたは(そば)にいて、泣く人の手を取る人。それは剣より強い祈りになることも、あるのです」


 私は言葉に詰まるが、その言葉に目頭が熱くなる。

 そしてレティシア様に深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。気づきもしなかったことで、目から鱗が落ちる思いです」


「ふふ……あなたが次に行く場所にも、必ず答えがありますよ」


 ふと熱い思いがこみ上げ、私はずっと胸に抱いていた思いを口にする。


「レティシア様」


「何でしょう?」


「はい。レティシア様は今回の巡回の間、ずっと愁いを抱いていると感じました。よければ話をお聞かせ願えますか?」


「勘も鋭いのね。――まったく、私もずっとあなたに驚かされっぱなしです……」


 レティシア様は小さく息を吐き、話を始めた。


「ええ。あなたの思っている通りよ。私は神がかった力を行使できないのです。ゆえに――【祈りの聖女】と呼ばれているのです」


「え……?」


 思ってもみなかった事実を知ることになった。

 聖女が自らの力を行使できない……なんて。


「私には生まれつきエレノーラやほかの聖女たちのような力もなく、たゆまぬ努力によって聖女になりました。ですが、努力しても魔法が使えるようにはならなかったのです」


「……そんな」


「事実です。私はずっと神に祈りを捧げ、神の声を聴き、民に寄り添ってきました。ですが、先ほどもあなたが見た通り、寄り添ったところで必ずしも病が治るわけではなかったのです」


 レティシア様は視線を下に落とし、少し間を置いてから再び私を見て続ける。


「私は変わらず“祈り”を捧げましたが、多くの民たちの苦しみを解くことは出来ませんでした。それがこの私、聖女レティシアの真実です……」


「……そうだったのですか」


 私はしばし考え、改めてレティシア様のもとに(ひざまず)く。

 そしてレティシア様の目をまっすぐ見つめた。


「レティシア様、今宵は私の願いを聞き届けてくださり、感謝いたします。その恩をお返ししたいと思いますが、よろしいでしょうか?」


「何ですの? 急に改まって……」


「いかがでしょうか」


「ええ。よろしくてよ」


 それを聞き届けると、私は立ち上がり、レティシア様に一歩近づく。


「少し失礼します。手を出していただけますか?」


「え? ……これでいいかしら」


 レティシア様は右手を私に向けて差し出す。私はその手に両手で握る。


「えっ!? 何を……」


「私の中にある【聖女の呪い】よ、聖女レティシアに発現し、その力を示せ」


 すると、レティシア様の中にあるオーラが私の中に流れ込んできた。

 そして彼女と意識がリンクし、イメージを共有する。


「これは一体!」


 レティシア様が驚くが、私は為すべきことを継続する。

 【聖女の呪い】の力はレティシア様の奥深くにある原因を探り当て、破壊する。

 パリィィィン! と音を立て、ガラスが粉々に割れ、砕け散る映像が二人の目に映る。


「あああっ!」


 レティシア様が映像の内容に驚き叫ぶ。

 直後、レティシア様自身に奥底に芽生えるエメラルド色の核が覚醒するのを感じ取る。

 そして粉々のガラスは粒子となり、私の身体にすべて取り込まれる。


「くっ!!」


 その刹那、私の体は弾き飛ばされ、手を放して後ろに飛ばされ倒れ込む。

 時間にして三秒にも満たない体験。


「タクトさん、大丈夫ですか?」


 レティシア様が私の身を案じる。

 だが、映像はまだつながったままだ。


「だ、大丈夫です。これも呪いの力か……」


 私は立ち上がり、再びレティシア様に向き合う。


「レティシア様の中にある魂よ、私の中にある知識と技で、必要と思うものを好きなだけコピーし、糧にせよ!」


 呪文の効果が発動し、レティシア様の中で緑の光が膨張する。

 やがて光は消え、平穏さを取り戻す。

 同時に見えていた映像がプツリと消える。


 レティシア様は己の中に起こった変化を感じ取っていた。


「……これは。一体何をしたの?」


「まず、あなたを縛っていた悪しき闇の力を破り、嫉妬心、劣等感なども含めて奪わせてもらいました」


「――!」


「そして、あなたが欲している力をすべて私の中にあるものの中からコピーさせ、与えたのです」


「まさか、そんな事が――」


「これでもう、あなたは立派に務めを果たす聖女、レティシアに生まれ変わりました。あとはあなた次第です」


 私は微笑みを浮かべながら説いた。


「確かに、私の中に何がが息づくのを感じます。ありがとう、タクト」


 その時、聖女の目から涙がこぼれ落ちる。

 私はそれを見逃さず、手で(すく)った。


「――!?」


 私の(てのひら)には小さな結晶がきらめいてる。


「それは、一体?」


 レティシア様が私に尋ねる。

 私にも何なのかはわからなかった。


「少し待ってください」


 私はインベントリを出現させ、白銀の結晶を収納してみる。

 すると情報が浮かび上がる。


「名前は、【祈りの涙】とあります……。あなたの祈りの力が込められているようです」


 レティシア様は私の説明に安堵する。


「……そうですか。ではそれはあなたに差し上げましょう」


「ありがたく頂戴します」


 私はインベントリを閉じ、レティシア様に会釈する。


「タクトさん」


 レティシア様は穏やかな表情で私に語りかけた。


「はい」


「あなたが私に求める答えを授けます。よくお聞きなさい」


「はい」


「……聖女とは、神に祈りを捧げ、神の声を厳粛に受け取り、国や民にその声を忠実に伝える存在。そして、常に民に寄り添い、民と共にある存在なのです」


 私はそのお言葉を聞き、謝意を述べる。

 

「レティシア様、今回お側に同行し、“祈りの力"をとても感じ、理解として心に刻むことができました。今宵のこと、私はずっと忘れません」


「私もです。エレノーラには書をしたため、後ほど送ると伝えてください」


「かしこまりました」


 私は深く一礼し、レティシア様を再び見た。

 そこには確かな威厳と慈愛に満ちたオーラを放つ、穏やかな表情の聖女が立っていた。


 いつしか真っ暗だった夜空の遠くがうっすら白み始めているのだった。


 

 こうして私は、聖女巡礼の最初の答えを手にする。

 ――戦わずとも人を救うことのできる“祈りの在り方”を。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【まめちしき】


【光結晶の聖杖】……聖女レティシア専用の杖。作中に光を降らせる描写があるが、実はこの光自体には何の効果もなく、気休めでしかない。だが覚醒したレティシアがこの杖を握った時は、事情が変わることになる。


【光結晶の聖鈴】……聖女レティシアだけが扱える、光の結晶を核にした神聖な鈴。揺らすと澄んだ音と共に瘴気(しょうき)(はら)い、迷える魂を導く。


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