9 誰もわかってくれないー桐山さんのクイズが救い
おばあちゃんとずっといると何度も呼ばれて仕事やヴァイオリンの練習などが中断してしまうし、出かけることもできないので、ケアマネジャーさんと相談してデイサービスの回数を増やし、今では月、火、水、金、土と週5日午後のデイサービスに通っている。
幸にして人当たりのいいおばあちゃんは周囲の人たちから好かれているようで、いつも楽しいと言って通ってくれているのはとても助かるのだが、それでも最近はだんだん大変になってきていて、家にいる時は何度も呼ばれ、やれお米に虫が湧いたからなんとかしてくれ、醤油が見つからない、洗濯機がおかしいとか言って何度も呼ばれる。
何か予定がある日も大変だ。たとえば今は血圧が高めなので月に一度某クリニックに通っているのだが、その日は3時に行くと教えると大変なことになる。
30分おきごとに何度も何度も呼ばれ、何時に行くのか、どうして行くのか、どこの病院に行くのかという質問攻めにあってしまうし、そのあげく予約してある3時頃におばあちゃんをクリニックへ連れて行こうとすると姿が見当たらない。
あんなに何度も質問した時間を忘れて買い物に行ってしまうのだ。だから何か予定がある日は何も教えないでおいて30分ほど前になったらいきなりどこへ行くのかを告げ、すぐにそのまま連れて行くことにしたのだ。
騙し討ちのようでよくないやり方だと非難されそうだが、何度も同じ質問をされるとヴァイオリンや語学の勉強などを何度も中断されるだけでなく、一種のノイローゼになってしまいそうな気分になるからだ。これは我ながらうまい作戦だと思うし、母を認知症専門の病院に連れて行った時に医師にこの話をしたらかなり誉められて嬉しかったのだ。
このようにおばあちゃんとの生活は大変なのだが、ただ対面で世間話をする分には全然おかしなことはなくてまともだ。あれこれと記憶が欠けてはいるが、ほぼ普通に会話することができるのだ。
なのでたまに桐子の妹や親戚の人が来ても特に認知症だとは感じないようで、いろいろと大変になってきていることを話しても全然わかってもらえない。大したことないと思われてしまい、ちっとも同情してくれない。
まあケアマネジャーさんには月1回の訪問時に少しは愚痴を聞いてもらうが、他の誰にも理解されず、おばあちゃん自身も自分は普通に生活できていると思っている、これは認知症の人の特徴らしいが、というわけで、孤軍奮闘が続いていた。
そんな時、砂漠のオアシスが欲しい。心が乾いている。もっと言えば桐山さんと話がしたい。桐山さんは沙耶香さんの馴染みのお客さんだからたまに限られた時間しか話せないけど、それでもいい。それだけが今の桐子の救いだ。欲を言えばあの楽しいクイズ、彼の独特のクイズ、ちょっとエッチなクイズを出して欲しい。