8 桐山さんと話したい
今日も桐子の苦闘が続く。おばあちゃんは肩こりの時に貼るトクホンが好きで、胸苦しいと言ってはトクホンを貼っているのだが、最近はトクホンが無いから分けてくれ、と言うようになった。
おばあちゃんは毎日近くのドラッグストアに行くので、そこで買ってくれば、と言っても買ってこない。そこでおばあちゃんがドラッグストアに行く時に買ってくるように言ったがそれでも買ってこない。
ストアに行くまでにトクホンを買うことを忘れてしまうようだ。そして毎晩のようにトクホンを分けてくれ、分けてくれ、と叫んでいる。そこで仕方ないので桐子が140枚入りの大きめの箱のトクホンを買ってきて、おばあちゃんが1日のうちで最も長く座っているところの目の前のテーブルにそれを置いた。
おばあちゃんの目の前に置いてある。それでもトクホンが無いから分けてくれと叫んでいるのだから始末におえない。
ただトクホンを買ってきてあげたのは特別で、普通は何か頼まれてもうまく理由をつけて誤魔化したりして断っているのだ。どうしてかと言うと決まって不愉快な思いをすることになるからだ。
例えばある日桐子が車で出かけようとすると
「桐子、どこ行くの?」
「スーパーで買い物」
「じゃ、ついでにキャベツを買ってきてよ。」
「はーい。」
桐子が言われた通りにキャベツを買ってくると、桐子が出かけている間におばあちゃんは近くのスーパーに行ってキャベツを買ってきてしまい、一度に2つになってしまうのだ。
更に翌日またキャベツを買ってきてしまい、冷蔵庫の中は大きなキャベツ3つが場所をとってしまうし、食べきれないので二階で一つもらうことにした。
また大晦日にお昼を買ってきてと頼まれ、嫌な予感はしたものの助六を買ってくると、その間に近くのドラッグストアで20%引きのおにぎり、つまり賞味期限が今日中のものを買ってきてしまうのだ。
夕食は言わずと知れた年越しそばを一緒に食べることになっているので、そのおにぎりはどうするの?また食品ロスかと思うと不愉快になるのだ。
そんな日々の中でガールズバーのバイトの日を一日千秋の思いで待っている。今夜はまたガールズバーにいる。いつものように人気のは沙耶香さんは桐山さんにリクエストされて相手をしている。
沙耶香さんは引っ張りだこだが、桐子は特に人気があるわけではなく、リクエストも無い。美人だし愛想もいいのにいつもヘルプばかりだ。
桐子は別に沙耶香さんと張り合うつもりは全くないし、いつもヘルプでもあまり気にしていない。ただ、リクエストはしてもらえなくても、とにかく桐山さんと話したいな、と思ってしまう。
少しでも桐山さんと話せた日は楽しいし、エネルギーをもらえた気がして、また明日からおばあちゃんのことで大変でも頑張れそうな気がするのだ。
一方で一度も話せなかった日はがっかりして寂しい気持ちで帰ることになる。桐子は時々対面しているお客さんに気づかれないようにさりげなく沙耶香さんと桐山さんの二人の様子をチラッと見てはちょっと羨ましい気分になる。今夜は話せそうも無いな、と諦め気味になっていた時、ママさんから3番テーブルに行くように言われた。
そこは桐山さんの席だ。さっきまで話していた沙耶香さんが他の客にリクエストされたので、ヘルプで行くようにとの指示なのだ。心の中で
「やったー!」
と叫んでしまった。
そうか、物は考えようだ。沙耶香さんは人気がある、従って桐山さん以外のお客さんからもしばしばリクエストがあり、そちらに行っている時には15分から20分くらいは話せるということになる。
ただそういう時のヘルプに誰が行くかを決めるのはママであり、もちろん自分が行きたいなどと立候補するなどということはできないので、そこが運任せというかジレンマなのだ。
そういう悩みはあるが、とりあえず今行くように指示されたので、とってもうれしいけど顔の表情は他のお客さんに対するのと同じような表情で、指示されたから、仕事だから来たよ、という感じで行くのだ。
最近は特に桐山さんのクイズが楽しみになってきている。今夜はこちらから
「今夜のクイズは?」
または
「今夜もクイズ出して、お願い!」
なんて甘えた声でおねだりしちゃおうかな、なんて思いながらそちらへ向かうが、こんな途方もないことを思ったりするだけでも現実を忘れることができているようで楽しいのだ。