2 桐子の仕事ー別世界へ
おばあちゃんは一応自分で買い物に行き、適当に買って食べたり、たまに炒め物をしたりして食事をし、週に3回だけ配達されるお弁当を食べるのだが、そのお弁当が気を使うのだ。配達の時間が近づくと2階で気をつけていなければならないのだ。
午前10時ころお弁当屋さんが配達してくれるのだが、その時間に限って買い物に出かけてしまったりするので代わりに受け取ったり、ピアノを弾いていてお弁当屋さんの鳴らす玄関のベルが聞こえなかったりする時は、二階から大急ぎで降りてきてピアノを弾いているおばあちゃんにお弁当屋さんが来ているよ、と呼びかけなければならないし、無事に弁当を受け取った後はそれを冷蔵庫に入れるのを見届けなければならない。
弁当は午後のデイサービスから帰ってくる夕方に食べる。おばあちゃんに「〜しておいてね」は通じない。その場でそのことが成し遂げられるのを必ず見届けなければならない。そしてデイサービスから帰ってくると5時頃には夕食を食べ始めるので、その前に二階から降りてきてお弁当を冷蔵庫から出させ、電子レンジのスイッチを入れるところまでしっかりと見届けなければならない。
そうしないとお弁当があることを忘れて別のものを食べてしまい、結局そのお弁当は二階で桐子が食べるか、場合によっては廃棄することになってしまうからだ。ある時桐子が外出していたので電話でお弁当のことを指示すると、
「わざわざ電話しなくてもそんなこと、大丈夫だよ」
と電話口で笑っていたが、電話を切った後は弁当のことはすぐに忘れてしまい、別のものを食べてしまったのだ。
だからしっかり見届けなければならないのだ。月末にはお弁当の一ヶ月分の支払いがあるのだが、係の人は請求書をおばあちゃんに渡してから
「お支払いは今なさいますか、それとも次回にされますか?」
と尋ねる。
するとおばあちゃんは
「では次回に。」
もちろん10分も経たないうちにそのことは忘れてしまうし、請求書も何処かへやってしまうので、次回来た担当者にとっては面倒なことになる。なので支払日は桐子がおばあちゃんに
「今日は支払いだからお財布出して。」
と言ってその場で支払うのを見届けなければならない。
もちろん振込みでもいいのだが、できるだけ自分でできることはやらせるようにしないとボケがますます進んでしまうので、面倒でもこんなやり方をしているのだ。
こんな調子なので、桐子は自由に出かけることができない。おばあちゃんはいくら言っても出かける時に窓などを開けっぱなしで出かけてしまうので、おばあちゃんがいるときは出かけられないのだ。
そんなわけで桐子は大学を卒業してからは会社勤めは諦めて、自宅でできる web ライター 及びイラストデザインの仕事をしている。オファーは時期によってかなり頻度が違うので収入は不安定だ。
いつも家にいて認知症が進んできているおばあちゃんの世話をしているのはかなりストレスが溜まる。そのままだと桐子自身が病気になってしまうかもしれない。
けれども実は出かけるチャンスが2つあるのだ。一つは、 おばあちゃんが週3回のデイサービス、時間は午後1時頃から4時頃まで、に行っている時だ。この時間に買い物や郵便を出すなどの雑事を済ませなければならない。
もう一つは、週に3回、夜の7時から10時までヘルパーさんがきてくれる時だ。この時間はあるガールズバーでバイトをしている。これが今の桐子にとって唯一の息抜きの場なのだ。
もちろんこれは仕事なのでちゃんとお客さんの相手をしなければならないし、時には嫌なお客さんもいるが、大方は優しいお客さんであり、社会で働いたりしているいろんな人たちと話をするのは楽しいし、また彼女自身の収入が不安定なので、週に3時間かける3日のバイト代も家計の助けにもなっているのだ。