1 桐子とおばあちゃん
桐子は24歳。生まれも育ちも徳島だが、合格した大学が東京だったので上京し、本当は一人で気ままなアパート暮らしをしたかったのだが、両親が心配性で、たまたま東京の神田に住んでいるおばあちゃん方の89歳のおばあちゃんの家で同居して6年目になる。
おじいちゃんは9年前に亡くなったので、桐子はおばあちゃんと二人っきりで暮らしている。桐子はおばあちゃんを子供の頃から慕っており、仲良しなのだが、流石に毎日同じ階で一緒では気詰まりなので、普段は別々に気ままに暮らしている。
おばあちゃんは1階、桐子は2階で生活していて、玄関だけ共通でキッチン、トイレ、お風呂などはそれぞれの階にあり、食事など別々である。困った時には助け合うという感じなのだ。
桐子が大学1、2年生の頃はおばあちゃんは大体普通に暮らしていたのだが、3年生になった頃から認知症を発症したようで、杖などなくても何とかゆっくり歩くことができ、トイレも自分でできるのだが、記憶力が極端に弱くなってしまっているので普段の生活が大変になってきたのだ。
認知症の初期は曜日の感覚が喪失し、後期には人や物を正しく認識できなくなると新聞で読んだことがある。親戚に行った時、高齢のおじさんやおばさんから
「あんた、誰?」と言われてショックを受けた覚えがあるが、今のところおばあちゃんはそこまでは進んでいない。
ただ曜日や時間の認識ができなくなってきていて、毎日何度も今日は何曜日なのか、何日なのか繰り返し聞かれる。暮らしている階が違うので、下からおばあちゃんに呼ばれて上から桐子が大声で応えるのだが、桐子が仕事をしているとき、見ているテレビドラマのクライマックス、何か食べている時など何度も呼ばれるのでやっていることが何度も中断されるし、中断されてややイライラしながら階段のところへ行くと、質問が5分前の質問と同じだったりするので、時々頭にきて冷たい言い方になってしまう。
また週に何回かデイサービスに行っていて送迎のマイクロバスが13時から13時半の間に来るのだが、おばあちゃんは12時を過ぎるとソワソワし始め、玄関を出たり入ったりする。そしてまだ13時にもならないというのにイライラしてデイサービスの事務所に電話をして、まだ来ないなどと文句を言ってしまうのだ。
桐子は繰り返し
「13時半くらいまでに来るんだから、イライラしてちゃダメだよ。さっき電話して文句言ってたでしょ。送迎の係の人は一生懸命やっているんだから、そんなことで電話なんかしちゃダメだよ。」 と毎回言っているのだが、一向に改善されず、同じことの繰り返しだ。
大変困ったことだが、これが年をとるということなのか。
桐子は思うのだ。おばあちゃんのような人を毎日相手にするのは大変だ。何か救いが欲しい。息抜きというか、全然別世界で何か違うことをしてみたい。