確定申告2
カズキが絶叫した瞬間、襖の陰からひょこりとドーナツ型の影が覗いた。
両腕には中古のノートPCを大事そうに抱えている。
去年カズキが買い替えて行き場のなかった旧機を「もう使わないから」と譲ったものだ。
「……整ッテル……紙、並ンデル……」
「コロシテ君じゃん?」
「入力、手伝ウ……?」
「かたじけない!!!」
「声でっか。てか、お前私服きれいめなんだな」
福笑いのような顔パーツが、パソコンの光を浴びて落ち着きのない位置で並ぶ。
「おっ、お前数字大丈夫なタイプか?」
「数字、安定。縦横、整列。美シイ」
半信半疑でカズキがPCを開いてキーボードを差し出すと、コロシテ君は驚くほど滑らかにテンキーを叩き始めた。静かで規則正しいリズム。
カタカタタタタタ…カタカタタタタタタンッ!!カタカタタタタタ…
「早っ!」
「白イセル、黒イ線。秩序……落チ着ク」
ブリュンヒルデは感嘆の声を上げた。
「見事な筆速。ウィザード級ではないか……」
「ウィ…ザード……?褒メ言葉?」
「魔法使いだ。尊称と思え」
2時間後。
入力はすべて終わり、e-taxの送信ボタンを残すのみとなった。
「この『送信』を押せば完了だ」
ブリュンヒルデは真剣な面持ちでマウスを握る。
しかし鎧の籠手が大きすぎてクリックがうまくいかない。
「…………」
「クリックは……素手でいいんじゃない?」
騎士はゆっくりと籠手を外した。薄桃色のような手が、意外に華奢だ。
カチッ。
画面が切り替わり、送信完了の文字が表示された。
「終わった……?」
カズキとブリュンヒルデが顔を見合わせた瞬間──
「……コロ……シ……テ……」
沈黙を破ったのはコロシテ君だった。
目と口のパーツがごちゃっと崩れ、PCを抱え込むように震える。
「ど、どうした!」
「数字、整イタ。終ワッタ。モウ、死ンデモ良イ……?」
「死ぬな!むしろお前のおかげで助かったんだ!」
ブリュンヒルデが慌てて頭をなでる。
ドーナツの穴を指がほじりそうになるが、必死に踏みとどまった。
「汝、立派に戦功を挙げた。次は仕訳という名の戦で共に戦おう」
「仕訳……次ノ戦……?」
「そのときは消費税と源泉徴収票が敵だ」
「コロ……(遠い目)」
カズキは缶ハイボールを開けて一気に飲み干した。
「確定申告、マジで人もオークも異形も殺しかけるな……」
デスクトップの画面を見つめた後、3人は今度こそ肩の荷が下りて乾杯をするのだった。
おわり!