確定申告
三月某日・深夜。板橋のワンルーム。
擦り切れた畳の上に領収書が散らばっていた。
ガムテープ代、ガソリン代、コンビニで買った軍手10双──そして焼酎のレシートまで混ざっている。
中央には低いちゃぶ台。
鎧姿のまま正座するブリュンヒルデが、額に汗を浮かべていた。
「経費と認められる境界が……わからん……!」
紙の束をめくる音と、鎧のきしむ金属音が交互に響く。
壁際では電卓と虎の巻だけが壁際に積まれている。
「助けを乞うは不名誉……しかしこれは、数字の暗黒迷宮……」
ブリュンヒルデはため息混じりにホットカルピスを啜った。
鎧の胸当てで湯気が揺れる。
彼女が独立して一か月ちょっと。
売上はそこそこ、体力には自信あり──だが確定申告は騎士道の範疇に無かった。
領収書を拾い上げ、裏返しにメモをとる。
ガムテープ 10巻 梱包費? 消耗品費?
「……ガムテープは武器か?いや梱包材……消耗品費とは何だ?」
そこへノックの音。
「俺だけど。まだ起きてる?」
カズキが顔を覗かせた。
差し入れのコンビニハイボールと塩昆布を片手に上がり込む。
「絶賛、決算中か」
「決戦中だ」
「まちがってないけど言い方!」
カズキは畳に正座し、書類の海を見て目を丸くした。
「……領収書が戦場みたいになってるぞ」
「ならば整列させよ。奇襲を防ぐには陣形が肝要だ」
カズキは苦笑しながら一列に並べ始めた。
勘定科目ごとに並ぶレシートの列は、どこか槍兵の隊列めいて整う。
「経費は『必要かつ業務に直接使ったかどうか』で判断ね。焼酎はさすがに私費」
「……心の疲労回復も戦の準備だ」
「却下します」
仕分けを始めて30分。
領収書の束は科目ごとに整列し、手書きの収支一覧に数字が埋まっていく。
「売上高、経費、差し引き利益。概ね黒字……やるな」
「勝利だ」
「まだ終わってないからフラグ立てんな!」
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