奥渋のオーク
仕事帰り、カズキは同僚と連れ立って、奥渋の裏通りにある焼き鳥屋へ向かった。
以前から気になっていた、ちょっと高級そうな和風の店構え。
白木ののれんに、筆文字で「炭火 銀角」と書かれている。
暖簾をくぐると、すぐに心地よい炭火の香りが鼻をくすぐる。
店内は照明が控えめで、落ち着いた木のカウンターがまっすぐ伸びていた。
(雰囲気……めっちゃいいな。これは大人向けだ)
そして何より、カウンターの前で店主直々に串を焼いてくれるのが臨場感があって良い。
串を焼いているのは、まごうことなきオークだった。
ごつごつとした緑の肌。
鍛え抜かれた巨体で作務衣を着こなしていた。
手にした金串を繊細に回し、均等な焼き目をつけている。
呆気に取られているうちに、一本目のぼんじりが出された。
「オ待タセシマシタ。ウチノ焼キ鳥ハ、マズハ塩デ、ドウゾ」
声は低く落ち着いていて、妙に丁寧だった。
ひと口、かじる。
……旨い。
薄皮がパリッと香ばしく、肉は脂乗りが良い。
それでいてくどくない。絶妙な火入れと塩加減。
(旨……何これ、めちゃくちゃ名店じゃないか……)
隣の席では、常連らしきスーツ姿の男たちが話していた。
「最近、転移者見かけるようになったよな。実家の工場、ドワーフの職人さんに工具の手入れ頼むことにしたらしいよ」
「この店のオークも、すっかり板についてるよな」
「XX商事の広報もエルフだったよ」
「でもそのエルフ、セクハラに遭って辞めてなかった?」
会話を聞きながら、カズキは再び串をかじる。炭火の香りが鼻に抜ける。
「本当にうまいよ、これ」
そのオークは照れくさそうに耳をかいた。
「……資格、取ルノ、ケッコウ大変。講習、ナガイ。防火管理者、食品衛生責任者……デモ、イチバン大変ダッタノ、ヤッパ 確定申告ダナ」
常連客たちは一斉に笑った。
「それは俺たちも同じだ!」
「オークも苦しむ確定申告!」
カズキも思わず笑ってしまった。
「なあ、なんで焼きとんじゃなくて焼き鳥なんだろうな。オークなら豚の方がしっくりきそうなのに」
「どっちにしろシュールだよ。美味いからいいけど」
カズキと同僚は顔を見合わせ、もう一本ずつ追加を頼んだ。
(……そういや、あいつら……大丈夫かな)
ふと頭に浮かんだのは、あの“かつて人だった何か”と、鎧を脱がない女騎士の姿だった。