コロ……シ…テ…
はじめてのローファンタジー
その夜、佐倉カズキは、ドーナツを買う予定だった。
普段はスナック菓子派だが、その日は妙に揚げ物系の甘いものが食べたくなった。
上司に理不尽な説教を食らい、得意先には「話が違う」と言われ、同僚には気を遣われすぎて逆に疲れる。
行きつけの店で一杯飲んだ後、コンビニの明かりに吸い寄せられるように入り、レジ横のケースを覗いて、チョコドーナツ(税込158円)を手に取った。
戦利品を片手に店を出る。
時刻は23時を過ぎていた。
家までの最短ルートは大通り沿いだが、信号が多くて煩わしい。
カズキは迷わず、裏道を選んだ。
狭い道を抜けていくと、少しだけ気持ちが落ち着く気がする。
街灯の光がまばらな道を歩きながら、彼はドーナツを握りしめた手を軽く振った。
そして、曲がり角の先で、異物と出会った。
ぬちゃり。
聞きなれない音がした。
靴底が何かを踏んだような、しかし明らかに生物的な、濡れた音。
視線を落とすと、そこに「それ」がいた。
灰色とも青白ともつかない、不定形な色をした生き物。
人の形をしてはいる。
腕があり、足があり、頭があった。
だが、その頭はドーナツのように中央がぽっかりと空洞になっており、目や口らしきパーツが輪郭の外側にバラバラと配置されていた。
まるで福笑いの失敗作だ。
目は合っているようで合っていない。
口は微かに開いているが、そこから声が出ているのかさえわからない。
「……コロ……シ…テ…」
その言葉だけが、はっきりと耳に届いた。
「……え?」
カズキは思わずドーナツを落としかけた。
ぎりぎりで持ち直す。
異形の生き物。
それは、地面にうつ伏せで倒れながら、震える手をこちらに伸ばしていた。
「な、なんだお前……人間?いや、人間じゃないな……」
それでも、「それ」は明確にこちらに向けて言葉を発した。
「ウゥ……コロ……シ……テ……」
全身が濡れていた。
体液なのか汗なのか判別できない液体が、道路にじゅくじゅくと染みを作っている。
カズキは震える手でスマホを取り出し、119番を押した。
「……生きてます、たぶん……人じゃ、ないかもしれないですけど……死にそうっていうか、死にたそうっていうか……」
救急車はすぐに来た。運ばれていく「それ」は、カズキのドーナツを見て担架の上でぼそりとつぶやいた。
「ナカ、スカスカ……アレ、頭ミタイ……」
意味はわからなかった。
だがカズキは、その言葉に何故か、胸を締め付けられた。
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